あなたというたった一つの色彩

神田 るふ

あなたというたった一つの色彩

何かになりたい、というのは、フレンズにとって場違いな、否、罪な望みなのだろうか。

 ハカセによると、私たちフレンズには元になった動物があるのだという。私たちの姿形、行動様式、思考パターンはその動物の生態に由来するらしい。

 空を飛翔するフレンズも、大地を駆けるフレンズも、海原を巡るフレンズも……その全てにモデルとなった動物という存在があるのだ。

 私は思う。

 それは枷であり、檻であると。

 私たちの過去、現在、未来の全てはあらかじめ定められたものに過ぎない。

 なぜなら、私たちフレンズの存在は、元となった動物の存在そのものを超えることなど決して無いのだから。

 空を飛ぶフレンズは早くは走れず、早く走れるフレンズは水の中では長くは持たず、水底に達するフレンズは水面より高く達しえない。

 フレンズの個性とは、フレンズを縛る宿命なのだ。

 その宿命にあらがうことを、罪と言わずして何と言えばいいだろう。

 それでも、私はなりたい。

 私の存在に意味と価値を、いいえ、存在そのものという一点の彩を、この世界に残すものに私はなりたい。

 きっかけになったのは、あるフレンズとの出会いだった。

 それまでの私は、私というものがなかった。

 周りに合わせ、周りに溶け込み、周りの一部になっていた。

 私という個は単体では個を成し得ず、周囲の色によって彩を与えられ、染められることでしか自分の個性と特性を発揮できない……つまり、己を無くすことが私のフレンズとしての存在価値だったのだ。

 この自己否定としか言いようが無い私のフレンズの個性は、やがて、私自身の個そのものを否定していくようになった。

 私は次第に自分を否定するようになり、周囲からの視線を避けるようにさらに自分を消失させるようになっていった。周りのフレンズから隠れていくうちに、どのみち姿を消しても消しなくても私自身の存在価値は無なのだと思うのが当たり前になっていくことにそう時間はかからなかったと思う。私がいてもいなくても周囲のフレンズたちは気にも留めなかったから。

 雨でひしゃげた草花のような顔で、周りの世界を伏目と横目で眺め続ける。

 私がいなくても世界はただあるがままにあり続け、運行し巡り続けていく。

 私は私である必要など、ない。

 無色透明な姿と自我のまま、自分を無くしていこう。

 ずっと、そう思ってきた。

 あのフレンズと出会うまでは。

 そのフレンズは早く走ることもできなければ空を飛ぶこともできないし水にも長くは潜れない、要するに何もできないフレンズだった。

 しかも、自分が何のフレンズなのかすら知らなない有様だった。

 私ですらちょっと不安に思ってしまうくらい、全くもって無能力なフレンズとしか言いようが無かった。

 なのに、そのフレンズは私と違って他のフレンズたちとすごく仲良くやっていたのが不思議でならなかった。 

 さらに不可解だったのは、彼女の前向きな精神だ。

 私が姿を消して潜んでいた時、私に気づくこともなかった彼女は一生懸命木登りの練習をしていた。何度もずり落ちて、何度も尻餅をつきながら、それでも彼女は木登りを続けていた。なぜ、あのフレンズがあんなにまで木登りに夢中になっていたかは知る由もない。ただ、私と違って人気者な上に向上心に満ちた彼女の姿は、誰からも無視されて何事にも後ろ向きな私とは真逆だった。私と同じ、たいして秀でた能力を持ったフレンズではないのに、この差はいったいなんだろう。

 嫉妬以前に、そんなことばかり思ってしまう自分が情けなくてしょうがなかった。

 やがて、彼女と出会って間もなく何時ものごとくヘラジカ様とライオンとの合戦が始まり、彼女の作戦で私たちの陣営は初めてライオンたちと引き分けた。

 私自身、合戦の最中、ライオン陣営のツキノワグマと引き分けるという快挙を成し遂げることになったが、きっかけは私の能力の有用性に気が付いたあの無力なフレンズのアドバイ詩すだった。

 ヘラジカ様はもちろん、シロサイやヤマアラシ、あの無口なハシビロコウまで私の健闘を称えてくれたことに恐縮しつつも今まで感じたことのない充足感を、私は初めて感じることができた。

 姿を消せる能力。

 何の役にも立たない、自分の存在価値すら否定する能力。

 それが、視点と使い方を変えることで自分の存在を肯定することになるなんて夢にも思わなかった。

 あの何もできないフレンズが、私の力も存在もガラリと変えてくれたのだ。

「姿形を消せるってことは、何にでもなれるってことじゃないですか?それってすてきなことだとボクは思いますよ?」

 バスという不可思議な動く箱に乗る直前、見送りに来たフレンズたち一人一人に声をかけた彼女が私に投げかけた言葉だ。

 遠くに走り去っていく黄色い箱に手を振りながら、私はようやく気が付いた。

 檻や枷をはめていたのは、自分だったのだと。

 自分で自分の能力や存在をつまらないものだと思い込み、自縄自縛していたのだ。

 見方や立ち位置を変えれば、自分と他者、世界との関わりは幾らでも変化する。

 私はずっと周囲や周りのフレンズが私を規定するものだと思い込んでいた。

 何という思い違い。

 私が変われば、世界も他者も変わるのだ。

 何色にも染まれる、何物にも変化できる。

 それが、本当の私の能力。

 だから、私はなりたい。

 世界や他者に形や色を与えられる自分ではなく、私が世界に彩を描くことができる存在に。

ほんの一滴でもいい。

 世界というキャンパスに一点の雫を落とせたなら。

 誰かが一瞬でもその彩に気を留めてくれたなら。

 それだけで、私は十分だ。

 私がこの戦いで私を失っても、きっと誰かが私のことを覚えておいてくれる。

 私という自我は消えても、私という存在は鮮やかに残り続けるだろう。

 姿形は問題ではない。

 世界や他者を恐れて陰に隠れてはいけない。

 私という記憶と物語を世界と他者に残すことが、きっと生きるということなのだ。

「いい顔してるじゃん、アンタ。じゃ、あたし、先に行ってるから」

 微笑みながらそう言うと、私の隣に立っていたジャガー殿は漆黒の大型セルリアンに向かって雄々しく、美しく、跳躍した。

 その眩しさを目で追いつつ、私は自分の姿をゆっくりと消していく。

 姿は消えても、私の存在と志は消えない。

 この身と命に代えても、あなたを救ってみせる。

 かばん殿。

 カメレオン、只今、参るでござる。

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