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加藤イノリ

第1話 当たり前の日常

 そう、僕は気づいていた。いつかはこうなってしまうことを。


「どうして?ねえ、答えてよ!セン!」

「嘘…だよな?何とか言えよ、兄弟!」


 この一歩を踏み出したら最後、もう二度と戻れない。


「い…嫌だ!行かないで!!」

「待て、セン!」


 白い光に足を踏み入れる。色彩のない、真っ白な世界。先ほどまで絶えず響いてきた二人の声も、もう聞こえない。耳に入ってくるのは自分の足音だけ。

 ゆっくりと歩みを進める。ああ、僕たちはいつ、どこで道を違えてしまったのだろう。そんなことを一瞬だけ考え、そのまま光のトンネルを抜けた。


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 西暦2450年、世界情勢は安定を保ち、世界中の人々が平和に暮らしていた。それを支えているのは間違いなく、科学技術だ。特にここ最近の発展は著しく、おかげで一昔前のような発展途上国は存在しない。しかし、いくら技術が発展しようと、資源が無限に沸いてくるわけではない。それを求める国が増えれば、もちろんその消費も加速する。ただ、現在の予測では向こう2,300年は問題ないとされていて、その頃には他の惑星に移住できるだろう、というのが通説だ。


 僕の名前は高木(たかぎ)セン。星乃瀬(ほしのせ)高校に通う、高校二年生。特に何かの才能があるわけでもない、ごく普通の高校生。学力はそこそこ、部活は入っていない。クラスの中でも目立つ存在ではないし、かといって極端に地味なわけでもない。だから‟普通‟という言葉が一番しっくりくるし、自分もそれでいいと思っている。ただ当たり前に、平凡な生活が送れればそれだけでいい。


「おっす!相変わらずしけた顔してんなぁー。」


 こいつは清水(しみず)ムツキ。僕の幼稚園からの幼馴染。典型的なお調子者で、僕とは違い、目立ちに目立ちまくっている。これでいて意外に勉強もできるし、スポーツ万能。そのうえ185cmの高身長。これだけ揃えば女子からちやほやされるはずだが、そういった噂はあまり聞かない。今は別のクラスだが、少しでも時間が空けば僕のところにやってきてこの調子。


「ムツキが朝から元気すぎるんだよ。はぁー、眠い」


 あくびとともに大きな伸びをする。


「まあな!今日も5時起からの筋トレだったし!」


 そういってどや顔をするムツキに、僕は心の中で‟どんな生活だよ!‟と突っ込みを入れる。こいつは最近、筋トレにはまっているらしく、二言目には~筋が、などと言っている。全く興味のない僕には、何を言っているかさっぱりだ。


「あーあ、また朝からうるさいのがうちのクラスに。」

「嫌だなぁ、中学からの仲じゃないですか。玲奈ちん!」

「ちょっと!気持ち悪いからその呼び方と喋り方やめて」


 彼女は木藤玲奈(きとうれいな)。玲奈とは中学の時からずっとクラスが一緒で、ひょんなことから仲良くなった。三人とも家が近所で、登下校も基本的に一緒だ。しっかり者の彼女はクラス委員長を任されている。容姿端麗で学年一の秀才、そして次期生徒会長候補とも言われている。当の本人は立候補するつもりはないらしいが。

 そんな感じで、さっきのやり取りも中学の時から見てきた光景。当たり前の日常って感じ。


「なあなあ、それより見たかよ!今日のニュース」

「えっと、火星への最短渡航記録更新ってやつよね?」


 ムツキの話題転換に玲奈がすぐに反応する。実際、このニュースはかなり大々的に取りざたされていたから、まず知らない人はいないだろう。


「そうそう!いやぁ、俺が火星に行く日も近いな!」

「人類初!火星で腕立て伏せをした男!!ってグネス記録に載ることが俺の目標だ」


 ムツキはそう言って腰に手を当て、胸を張る。


「いや、他にもっとやることあるでしょ」


 僕はムツキのあまりにマニアックな発言に、苦笑しながら突っ込みをいれる。


「なら、お前はまず何するんだよ?」


 ムツキに素朴な疑問を返された。ああは言ったものの、いざ自分はと考えると、なかなか思いつかない。


「んー…」

「誰かと一緒に写真を撮るとか?」


 我ながら、あまりにつまらなすぎる答えだったかな、と思っていたら案の定、


「やることがちっさいなぁ、セン君よ。うん、‟セン‟スがないな!がははははっ」


 とまあこの調子。そのギャグセンスはどうなんだよ、とは突っ込まないでおく。

 ムツキの寒いギャグには一切反応せず、


「私は良いと思うな。」

 と玲奈が小さく呟いた。


「そうだ!もし一緒に火星に行けたら、その時は二人で写真撮ろうね、セン!」


 そう言って、とびきりの笑顔を見せる玲奈。もちろん断る理由などない。


「そうだね。‟二人で‟一緒に撮ろうか!」


 玲奈の提案に僕も笑顔で返す。


「ん?待て待て、何で今‟二人で”のところ強調したの??俺は?!仲間外れにしないでよーーー」


 僕の言葉の意図に気づき、泣きまねをしながら訴えるムツキ。


「あんたは一人で腕立て伏せでもしてなさい」


 そんなムツキの態度は気にせず、玲奈は容赦のない言葉をぶつける。先ほどに引けを取らない満面の笑みで。玲奈さん?ちょっと怖いですよ?そうこうしているうちに結構時間が経ったらしく、始業のチャイムが鳴る。


「やべ、早く戻んないと足立先生に怒られる!」


 それだけ言い残して、ムツキは僕たちの教室を走って出ていった。僕と玲奈もそれぞれの席に戻る。それから間もなくして、担任の加地先生がやってきた。


「さあ、ホームルーム始めるぞー。委員長、号令かけて」


 先生からの指示に、玲奈が声を出す。


「起立、礼」



 事態が動き出したのは、それから一か月ほど後のことだった。

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