第5話 秀忠の忠誠
予想外の言葉に呆然とする秀忠を見据えて、更に言葉を続ける秀吉。
『そうして大納言殿に忠と孝を尽くすことで、後継者としての地位を盤石にせよ。さすれば、そなたが天下人じゃ』
言葉もない秀忠に、ニヤリと笑いかける秀吉。
『のう、儂は言ったな。お市様の孫を天下人にしたかった、と。それは、別に茶々の子、お拾いでなくとも構わんのじゃ』
『あっ!』
全てを理解した秀忠に、今度は満足げに微笑みかけ、親しげに肩を叩き、悪戯っぽく
『じゃから、そなたは絶対に天下人になり、それをお江との間の子に継がせよ。これは、儂からの密命じゃ。決して、大納言殿には気取られるなよ』
そして、再び真面目な顔になって秀忠に言う。
『儂は、しばらくそなたを見ておった。そなたは、秀次のような粗忽者とは違う。己の器量を知っておる。儂は、そこを買った』
そして、秀忠の目を見つめて、言葉を重ねる。
『儂を真似るな。大納言殿も真似るな。そなたらしく、天下人になればよいのじゃ。己を信じよ。そなたなら、唐国相手に勝てぬ戦を始めてしまった儂などよりも、遙かにまともに天下を導くことが出来るはずじゃ』
その言葉に秀忠は震えた。まだ若輩の身を、そこまで買ってくれているのか、と。そして、秀忠は心の底から秀吉への忠誠を誓った。
『その密命、必ず果たしてご覧に入れましょう。殿下に頂きました、この秀忠の名にかけて!』
その感動と誓いは今も忘れてはいない。
最後の切所を乗り切った今、我が子、竹千代が次期将軍となる事は確定した。家康の孫にして、お市の方の孫。その子が天下人になる。密命は果たされたのだ。
だが、彼はそれに満足せずに、更に次なる手を考える。秀吉の後を継ぎ、この天下を導くために。そして、秀吉が果たせなかった夢を、更に一歩進めるために。
父、家康が考えた武家諸法度と禁中並公家諸法度も、実際の成文化と公布、施行の監督は彼が行わなければならない。実務は老中や奉行の仕事にせよ、采配を振るうのは彼なのだ。法による秩序を打ち立てねばならぬ時期なのだ。
謀反の芽は摘む。弟だろうが甥だろうが容赦はしない。豊臣家に親近感を抱く大名も潰す。それが、偉大なる太閤、彼の心の主君である秀吉の縁戚である福島、加藤の両家であろうとも。すべては、天下を安定させるため。
そして、彼とお江の娘、和子の入内。お市の方の孫を国母にするのだ。秀吉にさえ出来なかった事をなし、公武の関係を緊密にすることで、幕府の支配を更に揺らぎのないものとする。
これらはすべて、彼自身が行わなくてはならない事なのだ。何しろ、父、家康は最後の宿願を果たして満足し、もはや死を待つのみ。
これから、この国を導くのは天下人である彼、秀忠なのだから。
なぜ、秀忠? 結城藍人 @aito-yu-ki
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