652 アルウェウスの街散策と移動魔道具




 案内人は一瞬躊躇ったあと、語り始めた。

「いえ、そのうち分かることだと思いますので正直にお話します。当初の計画では中心地に高級宿を配置する予定だったんです。上級冒険者が使うであろうこと、彼等なら真っ直ぐに迷宮へ入りたいだろうからです。ところが、式典で使用するのは貴族ばかりになります。そこで式典担当が『迷宮に近いと危険だ』と言われるのではないかと危惧しました。上の方々も、ほとんどが貴族出身者ですから反対意見が多く、工事が一時中止になったんです」

「結局どうなったんですか?」

「迷宮とは反対側の森方面に台地を作って建てている最中です。二棟はなんとか街開きに間に合いました。お招きするほとんどの方はそちらに泊まっていただく予定です。オスカリウス辺境伯爵様はお気になさらないとのことで、中心地の宿になりました」

「なるほど。中級や下級の冒険者は迷宮の左右にある通りの宿屋を使うんですね?」

 街を案内してもらった時に通った場所だ。飲食店もある。少し離れた場所に道具屋や鍛冶屋などが集まっているそうだ。

 迷宮側が冒険者たちの街になる。役場を中心として、反対側に観光向けの大きな店が並ぶ。その奥に中流家庭向けの集合住宅が続く。オシャレなカフェやパン屋もあった。貴族たちなら楽しめるだろう。通りをずっと進めば丘になった場所に高級宿が建ち並ぶそうだ。

 アルウェウスの街は最初から棲み分けを考えて作られていた。



 宿で遅い昼食を摂ると、シウたちは街を散策するために外へ出た。

 午後なら迷宮内に入ってもいいと案内人に言われたが、ククールスたちは「ズルになるから」と断った。

「夜は飲みに行くの?」

「おう。だから、冒険者街は見なくていいな。どうせ通るだろ」

「僕は図書館に行きたいかな」

「あ、俺も」

 レオンが手を挙げた。残りのメンバーは飲食店探しをするようだ。二手に分かれた。

 ちなみにスウェイは宿の部屋で寝ている。

 フェレスたちはシウの方に付いてきた。ブランカにはジルヴァーが乗っており、エアストは自分の足で歩いている。

 ジルヴァーはエアストを見て、更に空を飛ぶクロに視線を向けた。

「くるるるる」

「歩きたいの?」

「くるる」

「んー、じゃあ、歩こうか」

 ジルヴァーは自力でブランカから降りると、安全帯も器用に外した。それをシウに渡す。

「こういうところはやっぱりアトルムマグヌスだよな。細かい作業もできる」

 レオンが感心する。

「騎獣には無理だね」

 ただ、フェレスは首から提げている魔法袋から器用に物を出し入れしている。ブランカもできるが、繊細な物に触れるのはまだ慣れない。

 クロも嘴を使って出し入れできるため、工夫次第だ。

 エアストも皆を見ているから案外と上手になりそうだ。シウは想像して笑う。笑ってから、ふと真顔になる。レオンに「魔法袋を希少獣に配るな」と怒られるところまで想像したからだ。


 図書館は思ったより小さかった。蔵書数はもっと少ない。空いている棚が多かった。そのうち増えるのだろうか。

「街に迷宮と同じ名前を付けるぐらいだから、てっきり力を入れていると思ったのになあ」

 迷宮関係の図書が多いと期待していた分、シウはがっくりした。

「魔獣関係の本もない。入り口や中も綺麗すぎだ。冒険者の使用を想定してないだろ」

「冒険者ギルドの資料室には揃ってるといいんだけど」

「さすがにあるだろ。ていうか、この街、そのうち分断されるんじゃないか」

「住宅側と迷宮側で?」

「あからさまに線引きされてるからなぁ。ロトスじゃないが、街造りってのは難しいよな」

 そうかもしれない。シウは頷いた。

 図書館を出ると、案内人の説明にはなかった部分を見て回った。たとえば排水処理の行く先だ。

 粗探しをするわけではないが、ロトスの言葉が気になった。

「一旦ここの地下に集めて処理すると言っていたね」

「浄化装置か。カスパル様が見学したがりそうな施設だ」

「見学に来るかもね」

「式典より、こっちの方がメインになるぞ」

 シウは苦笑した。その通りだと思った。

 他にも街全体を徒歩で見学する。

「これだけ分かりやすいと迷わずに済むな」

「住宅街の方は逆に迷うかもしれないよ」

「そうか?」

「同じような建物が続くと、自分が何番地にいるのか分からなくなるんだって」

 方向音痴の人の意見だ。

 そんな話をしながら、夕方には宿に戻った。ちょうどロトスたちも戻ってきたところらしい。

「お、そっちはどうだった~?」

「ロトスのために街の様子を確認してきたよ」

「マジか。シウでも冗談言うんだな」

 冗談ではないのだが、ロトスが楽しそうなのでシウとレオンは笑った。


 彼等はこれから飲みに行くという。話はまた明日だ。

 シウたちは部屋に戻り、夕食は部屋で摂ることにした。ルームサービスが可能なのも高級宿だからだ。

「僕はここで研究をするけど、レオンはどうする?」

「勉強しとく。休む間もやっておかないと飛び級できないからな」

「分かった。フェレス、エアストの面倒を見てあげて。そっちの部屋なら遊んでもいいから」

「にゃ!」

「ブランカはジルヴァーを見てね」

「ぎゃぅ」

「寝ているスウェイの邪魔はしないように」

「ぎゃ……」

「邪魔しないように」

「ぎゃぅん」

 怪しい返事にシウは半眼になった。仕方ない。

「クロ、お願いね」

「きゅぃ!」

 希少獣組に自分の部屋も明け渡し、シウとレオンは応接間でそれぞれ作業を始めた。

 この部屋自体、騎獣を入れてもいいように作られている。特に騎獣の寝室となる部屋は頑丈に作られているそうだ。とはいえ遊ぶとなると狭い。シウに割り当てられた部屋にも入っていいと許可を出した。もちろん部屋の全てに結界を張っている。これで暴れても問題はない。

 高級宿には騎獣用の部屋があるものだ。貴族であれば騎獣を持つ者も多い。上級冒険者然り。特に迷宮近くの宿だ。

 一階にはもっと広いスイートルームもあるという。今回は王族が使う予定だと聞いた。聖獣を連れて泊まるのだろう。


 シウはまず、ジルヴァーを運ぶためにどういう形がいいのかを考えた。

「最終的にはブランカよりも大きくなるんだから、騎乗する形だと見た目におかしいよね」

 騎乗帯や椅子を軽量化したとしても、見た目に変だ。小さな子に乗る大人、といった感じだろうか。見る人がギョッとする様子を想像し、シウは首を振った。

「荷車のように引かせてもいいんだけど……」

 空を飛ぶときに目立つ気がした。引かせること自体は重力魔法を使えば簡単だ。あるいは、飛行板の魔術式を改良してもいい。ただ、騎獣の後ろに大型希少獣が並んで飛ぶと、より目立ちそうだった。

 空間魔法で囲って運ぶという手もある。その場合はシウが一緒でないとダメだ。

「うーん。ジルが自分で移動できて、なるべくなら騒ぎにならない形となると」

 腕を組み、思い付いた案を書いては消す。魔術式も同時に書いてみるが、納得がいかない。全部を叶えようとするから難しいのだ。

 シウは天井を見上げた。

「ロトスがインビジブルの話をしてくれたっけ。ゲームか、映画だったかな。見えなくする技術、あれは魔法だよね」

 シウが編み出した空間魔法の一つに「空間壁」がある。透明な箱で頑丈な牢にもなれば薄い壁にもなった。弾力をもたせてクッション代わりに使ったこともある。他に幻惑魔法といった魔術式を付与し、周囲から見えないようにもした。

 この話を聞いてロトスが「インビジブルじゃん」と教えてくれたのだ。

 つまり、空を飛んでいる時だけ隠せればいい。そもそも、フェレスかブランカの推進力を頼みにしなくたっていいのだ。魔力を惜しむものでもない。

 仲間にも《小型魔力庫》を渡してあるのだから、ジルヴァーにだって使わせても問題ないだろう。特に彼女は賢い子だ。無茶はすまい。自力の魔力も相当あるだろうが、今はまだ幼獣だ。外部魔力を使った方がいい。

 これで動力の問題は解消できた。

 次は容れ物だ。シウは腕まくりした。


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