651 迷宮内の見学と街の様子




 迷宮の一階部分はがらんとしていた。何もない空間だ。シウが前世のテレビで観た地下の治水施設に似ている。こちらは柱の部分がもっとまばらだ。柱は天井を補強する際の足場代わりで、保守用に残しているだけだという。

 この一階部分に魔獣は出てこない。

「例のスタンピードが起こった時に盛り上がった場所だ。当時はすり鉢状になっていたところを埋め立てた」

 そういえばそうだったと、シウは内心で頷いた。溢れてきた魔獣をなるべく留めておこうと、返しのついた壁を作ったのだ。

「実際の地下迷宮は三階からになる。ここは予備の避難場所だ」

 前方では冒険者ギルドの職員が貴族たちに説明しており、後方を上級冒険者が担当していた。一行は前後に分かれており、後方に平民やシウたちがいる。

「魔獣が溢れて出てきた場合に大型魔法を撃っても平気なよう、補強してある。申請すれば訓練にも使えるぞ。端の方に黒い線があるだろう? あそこがそうだ」

 待避場所を訓練施設にもするというのは考えたものだ。皆が感心して声を上げる。

 一階は簡単な説明で終わり、足早に地下二階へと移動する。二階は一階とは様変わりしていた。

「ここもまだ予備階になるんだが、前線でもある。簡易の屋台や店で冒険者向けの商売ができるようになっているんだ。宿泊所もあるんだぜ」

「どうしてまた、迷宮内に?」

 誰かが質問する。上級冒険者の男は頷いた。

「地上の街は綺麗だっただろ? 整備担当者や建築家さんが、冒険者にも綺麗さを求めたのさ」

「え?」

「地下二階で綺麗にして、それから地上へ戻れって話だ。だから風呂場もあるんだぜ」

「そうだとしても、地下一階と二階の配置が逆じゃないのか? 休むにしたって危ないだろうに」

「だよな。少しでも猶予が欲しいもんだが、なにせ決めたのは上だ。俺たちにはどうしようもない」

「僕らは冒険者じゃないけれど、なんだか納得いかないよ」

「はは、ありがとうな。まあ、できちまったものは仕方ない。冒険者たちには気をつけて活動するよう伝えるさ」

 平民たちと話す冒険者を見ながら、ロトスがシウの横に立った。

「ほら。こういうとこだぞ」

「はいはい」

「どうせ街を作るなら職員じゃなくて現場で働く冒険者の意見も聞けっての。なぁ、シウ」

「うん。それには同意」

 話しているうちに三階へ到着した。

 魔獣の姿はない。事前に狩り尽くしたようだ。

 前方から「せっかく見学に来たのに」と抗議の声が上がっている。しかし、護衛の数も少ない以上、こうなるのは当然だ。

 ギルドの職員は騒ぐ人々を宥めた。

「大声を出すとゴブリンが来ますよ。奴等は徒党を組んで動く上、狡猾です。飛兎も危険だ。当たり所が悪ければ即死する場合だってある。気をつけてください」

 三階は、降りてすぐは何もない固い地面だった。しばらく進むと草原になっている。岩場もあって、遠くには森だ。いつの間にここまでしっかりとした迷宮になったのだろう。以前はただの地下道だった。

 疑問を感じたシウに気付いたわけではないだろうが、説明が始まった。

「景色に驚くだろ? 人工の迷宮核を配置したことで徐々に活動するらしい。この時にある程度設計しておくと、ほぼほぼ計画通りの迷宮になるそうだ。詳しくは宮廷魔術師や研究者に聞いてくれ。おっと、迷宮が無尽蔵に増殖するんじゃないかと不安になったか? 大丈夫だ。二階と三階の間にも、出入り口に設置された門と同じ仕組みが施されている。空間魔法がどうとか聞いたが、よく分からん。知りたい奴は魔法省に問い合わせてくれ」

 早口で告げると、次は草原に向かって指を差した。

「四階への階段は森の奥にある。あそこはゴブリンの巣になっていて下級冒険者には難しい。手前の草原か、遠回りして川沿いに飛兎狩りをした方がいい」

 これは冒険者寄りの説明だった。彼はそのまま草原に進んだ。

「ほら、ここにスライムがいる。一般人だと倒すのは難しいが、冒険者にとっては簡単だ」

 と、目の前で倒す。

 平民たちは「おおーっ!」と手を叩いた。

 抗議していた貴族の一行も落ち着きを取り戻してやってくる。

 上級冒険者の男が何匹かの魔獣を倒して見せると、やんやの喝采だ。満足したらしい。

 ギルド職員はホッとした様子だった。


 迷宮内でスタンピードが起きた時の対策については帰路に説明があった。

「階層ごとにも門扉があるぜ、ほらここだ」

「埋め込み式の門だね。壁と同化している」

 シウの気付きに、上級冒険者の男が得意げに笑った。

「宮廷魔術師の研究成果らしい。非常ボタンがあるんだ。追われて逃げる最中に壁際のコレを押す。十秒後に閉まるって寸法だ。ただし、面白半分に押されちゃたまんねぇ。仲間である冒険者を陥れるバカがいないとも限らない。だから、スタンピードでもないのに押したバカには重いペナルティが課される。非常ボタンはギルドのタグに反応するそうだ。見学途中で押すバカがいるかもしれないってんで、急遽修正したんだと」

 門扉を内側から開ける方法もあるというが、それも二階までらしい。万が一を想定し、一階部分は内側から開けられないようになっている。二階と一階には避難場所も作ってあった。これは一般人の店員や訓練に来た新人らのためだ。どこまで持つかは分からないが、ないよりはマシだろうと上級冒険者の男は話を締めくくった。



 迷宮の見学と聞いていたシウは、もっと先に進めると思っていた。残念ながら事前にルールが変わったようだ。結局、皆と一緒に地上へと戻ることになった。

「本格的に迷宮で活動するには解放日を待たないとダメなのか」

 ククールスも残念そうだった。

 レーネは「いいじゃないか」と笑う。

「なんでだよ」

「平等に競争できるんだよ? その方がいい」

「ほーん。なるほどな」

「誰が一番早く最奥に到達するか競争しよーよ。希少獣組も別々にな。絶対面白そう」

 ロトスも話に交ざる。

「パーティーメンバー内で競うのかぁ? まあ、それもアリっちゃアリか」

「いいねぇ。あたしも久々に本気を出そうかね」

 やる気の三人に対して、案内人が目を丸くする。

 レオンは呆れ顔だ。

 シウは皆に注意した。

「せっかく街を見学してるんだから、迷宮の話は置いておこうよ」

 案内人が小さく頷いた。先ほどから覚えた内容を一生懸命語っていたのだ。真面目に聞かねば可哀想である。

 ククールスは「へいへい」と軽く答え、視線を外に向けた。彼はアントレーネたちと話すのに夢中で景色を見ていなかった。

「外を見ながらの馬車移動ってのは不思議なもんだな」

「背もたれの裏に荷物置き場か。あまり人は乗れそうにないね」

「小さな子は外が見えなそう~」

「抱っこしたらいいんじゃないか?」

 レオンが思わずと行った様子で口を挟む。

 ロトスが難しい顔になる。

「急ブレーキなんかで外に落ちそう。怖いじゃん」

「あー、それな。あと、荷物に視線が届かないから掏摸に遭いそうじゃねぇか」

「誰かが見てるさ。それより騎獣たちが乗れないのは可哀想だねぇ」

 またも思い思いに話し始める。

 シウは諦めて案内人に小さく頭を下げた。


 街を見て回り、最後に役場へ戻った。

「昼食は宿にてご用意しております。すぐ近くですので歩いてのご案内となりますがよろしいでしょうか」

「はい。僕らはオスカリウス家と同じ階になると聞いていますが……」

「そうです。オスカリウス辺境伯爵様からは宿の貸し切りを希望されましたが、今回は他の方々とご一緒になります。申し訳ありません」

「いえ、大丈夫です。それより、宿が足りないんですか?」

「高級宿の場所の選定が二転三転したらしく、工事が遅れてしまったそうです」

 言いづらそうな雰囲気を感じていると、ロトスがそそそと近付いてきた。

「なになに? 揉めたとか?」

 街作りのゲームをしていた経験から一家言を持つロトスは気になって仕方がないようだ。

 とはいえニヤニヤしすぎである。シウは「ロトス?」と声を掛け、彼を止めようとした。


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