650 アルウェウス迷宮前の冒険者ギルドにて
新しい冒険者ギルドは、見た目からして分かる頑強っぷりだった。
「万が一を想定して作ったそうです。ここが最前線になる可能性もありますので」
「お、鉄格子が下ろせるようになっているのか」
ククールスが窓の上部を見る。
「支えを外せば自動で落ちる仕組みなんだな」
「冒険者なんて暴れ者もいるだろうに、事故が起きやしないかねぇ」
「レーネなら支えを腕一本で外せるよな~」
「ロトスだって外せるさ! ははは!」
「いや、俺、褒めたんじゃないんだ」
自由すぎる仲間たちは置いておき、シウは目を白黒させる案内人を促した。
「ギルドにも地下に避難場所があるんですか」
「え、ええ。武器庫もありますよ。それに何ヶ月も籠城できるようになっています。迷宮に取り残された冒険者を助けに行くための前線でもありますので」
「助けに行ってもいいんですね?」
「ええ、驚きますよね。本来は見捨てるものだと聞いてます。しかし、この街を作るにあたり、冒険者ギルドの方々や国の方でもいろいろ意見が出たそうです」
スタンピードが発生したという理由で迷宮を閉じて中に残った冒険者を見捨てる。その考えでいけば、地上に魔獣が溢れた際はアルウェウスの街も見捨てていいということになる。
これに納得できない者が声を上げた。
王都に住む人々だって、いつ見捨てられるか分からない。そう、思われては困ると考えたのだ。
アルウェウスの街に住む者の多くが王都出身者になる。最初に募集したのが王都だからだ。応援で集められた役人も王都出身者になる。一旗揚げようと、あるいは暖簾分けで独立する若者も多い。
冒険者ならば各地から集まるかもしれないが、やはり一番近い場所だからこその有利性がある。現地にも逸早く慣れるだろう。ここで上手くやれると感じたなら根を下ろすはずだ。王都を出てアルウェウスに居を移したとしても当然繋がりは残っている。
そんな彼等を蔑ろにはできない。
「緊急事態には王都から飛竜便を優先して送るなど、規則作りも頑張りました」
「新しい規則を作ったのですか。大変だったでしょう?」
「はい。ですが、街作りは楽しいと同僚たちは話していました」
「あなたは文官なんですよね?」
「はい。僕のような新人でも参加できたんです。大型の事業計画に参加できる機会なんてそうはありません。本当に良い経験を積ませてもらいました」
ロトスがまた後ろからボソボソと呟く。肘で背中も突いているようだ。
シウはチラッと振り返った。
「街の設計、誰が作ったのか聞いて」
「はいはい」
ロトスに言われたとおりに質問すると、案内人はパッと笑顔になった。
「魔法省の建築部で活躍するダミアン=カロッサ伯爵です。まだ三十歳という若さで任されたんですよ。一から街を作るのですからすごいです」
「そうですね」
シウが相槌を打つと、ロトスがまたも背後でゴソゴソしている。振り返ると、ニヤリと笑う。
「名前、覚えとこーな?」
「はいはい」
呆れ顔のシウに、ロトスは不満そうな顔だ。
「絶対フラグ回収するってば」
「分かったから。ほら、皆と見学してきなよ。冒険者ギルドの中が気になっていたんだよね?」
「おう。こんな綺麗なの、最初だけだもんな! いろいろ見てくる。地下牢と武器庫なんて今しか見られないだろうしな~」
そう言うと、ロトスはフェレスたちを連れていった。
建物内にはギルド職員もいたが誰も自由に動き回るロトスたちを気にしていない。招待されていることはもちろん、この迷宮を発見したのがシウだと分かっているからだ。妙な真似などしないと分かっている。仲間が興味本位でウロウロするぐらいは許容範囲のようだった。
ギルドの内外を見学していると、一時間ほどで後続の見学者が続々と集まってきた。
迷宮の案内はギルド職員と担当冒険者が行う。一人だけ上級冒険者がいた。王都の出身者で本拠地も同じらしい。パーティーメンバーはすでに迷宮内にいるという。彼等のように中級以上の冒険者が安全確保のために動いている。
リーダー格の男性一人が案内役になったのは、二級という肩書きのためらしい。メンバーは三級や四級だという。
シウは彼とは初見だった。互いに挨拶すると「君がここの発見者か!」と驚かれた。
「応援が来るまで見張りを続け、その後も『隻眼の英雄』と共に討伐を進めたのだろう? すごいな」
「いえ、僕は騎獣に乗って見ていただけですから」
「いやいや。俺だって上級冒険者だ。情報は持っている」
「ええと、まあ」
「謙遜するなよ。俺はあの時、遠征で王都にいなかったんだ。いつか会えたら礼を言いたいと思っていた。ありがとうな」
自分の家族が住む王都に被害が及ばなかったことへの礼だ。シウは照れながら、その言葉を受けた。
「君も冒険者なんだろう? 成人しないと昇級できないはずだが、今は、あー」
言い淀む男に、シウは胸を張った。
「成人してます。四級です」
「もうすぐ三級なんだよな?」
とは、ロトスだ。ニヤニヤ笑っている。
「ええ? 三級になるのか?」
「依頼をこなせば、です」
「へぇぇ。確かに『英雄の養い子』なら当然かもな」
「……待ってください。それ、なんです?」
「『隻眼の英雄』が跡取りに欲しがった子供って、君だろ? 断ったと聞いて、そりゃまた剛毅な奴だと、俺たちがよく行く居酒屋で話題になってたんだ」
シウは半眼になった。
ロトスが背後で肩を震わせている。
ククールスが間に入った。
「お、その話、俺も飲み屋で聞いたぞ。やっぱ、アルウェウス迷宮の話題が出るんだよ。そりゃぁ、盛り上がったもんだ。となると、発見者の話も飛び出るってなわけでな」
「あたしも行ってみたかったねぇ。今のシウ様の活躍についても語りたいじゃないか」
「それは止めて」
アントレーネまで話に交ざってきたので、シウは溜息を漏らした。
上級冒険者の男は笑った。
「なんだなんだ、やっぱり魔獣スタンピードを目の当たりにしても逃げない奴ってのは、元々からして違うんだな。どうだい、夜にでもあんたらの活躍の数々を教えてくれないか? 良い店があるんだよ」
彼はククールスとアントレーネに話を振った。シウではダメだと思ったのだろう。またも背後でロトスが笑う。
「お、いいね。どうせ俺らは暇してるんだ。行こうぜ、レーネ」
「そうだね」
「俺も~」
ロトスまで賛同している。三人は上級冒険者の男とワイワイ話し始めた。
こんな話ができるのも、なかなか前に進まないからだ。貴族がいるため動きが遅い。
シウがレオンに視線を向けると、彼は肩を竦め「俺は行かない」と答えた。
「エアストがいるし、明日は式典だろ。そのあとに前夜祭だ。一日中忙しい。しかも、その次の日は迷宮の解放日だ。俺はその準備をする」
さすがはレオンだ。真面目な理由が飛び出た。
「僕も行かない」
「拗ねるなって、シウ」
聞こえていたらしいロトスが、からかうためにか近くに寄ってきた。
「そんなんじゃないって。作りたいものがあるんだ。ちょうど魔術式を考えたいと思っていたから」
「へぇ」
「信じてないね?」
ロトスは答えなかったが、その目が笑っている。
シウは小声で続けた。
「ジルヴァーを運ぶための魔道具か、魔法を考えたいんだ」
「うん? ブランカに乗せるんじゃダメなのか?」
シウは曖昧に首を振った。
「そろそろ、急激に大きくなると思うんだ。ブランカにも乗せられない。それだと移動に困るでしょ。成獣になればジャンプ力も上がるし、鍛えれば飛行種と遜色ない速さで移動できると本には書いてあった。でも、フェレスのトップスピードにはついていけないんじゃないのかな。足場の問題もある。ジルだけ留守番になるというのも可哀想だからね」
「そっか。ジルなら賢いから《転移用腕輪》と《小型魔力庫》も使えるようになって移動の問題なんてないだろーと思ってたけど、やっぱ無理だよなぁ」
「転移魔法を見られるリスクより、多少目立っても巨体を乗せられる魔道具を作った方がまだマシじゃない? あとは単純に、移動の間もなるべくなら一緒にいたいだろうし」
「まあなー。成獣になれば留守番も平気になるとはいえ、主とは一緒にいたいもんよ」
ロトスが聖獣でもあるからこその意見だ。
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