649 アルウェウスの街へ




 金の日、シウたちはアルウェウス迷宮を見学するため朝のうちに王都を出た。

 シウだけは遅くまで起きていたので睡眠が足りていない。キリクの仕事を手伝ったからだが、ほとんどは愚痴を聞くだけで終わった。多少書類の整理はしたが、次から次へとやってくる書類を見ていると手伝いになったかは不明だ。お疲れ顔のキリクに、シウはいつものポーションを差し入れした。もちろん竜苔の芽を使った《動作補助薬》は渡していない。小さな切り傷に重症用の薬を使うようなものだからだ。


 アルウェウス迷宮までは馬車だけでなく地竜便も出ている。招かれている立場だから案内もあったが、シウは断った。

「騎獣の方が早いしなぁ」

 とは、ククールスだ。彼はスウェイに乗っている。地上から一メートルほどの高さを飛んでいた。

 アントレーネとロトスはフェレスに、シウとレオンがブランカに乗った。エアストは自分の足で駆けている。

 ジルヴァーはスウェイに同乗した。シウとは離れているが気にした様子は見られない。

「意外と平気そうだな」

 とは、スウェイが相手だからだろう。彼は単独行動を好み、他の希少獣たちのように転げ回って遊ぶような真似をしない。それでも幼獣たちをこっそり見守っているのだから愛情はあるし仲間意識も持っている。

「スウェイも家族の一員だし、安心するんじゃない?」

「それもあるだろうな。けど、お前に背負われているよりも離れている方が顔を見られていいと思ったんじゃないか? 嬉しそうだぞ」

 レオンの視線の先にはジルヴァーの笑顔があった。

「ジル、偉いね」

「くるる」

「シウ、あんま甘やかすなよ?」

「レオンに言われたくない」

「いや、俺だって本当は甘やかしたいのを我慢してるんだ」

「……え、我慢してる?」

 レオンがジルヴァーを見ていたのは一瞬だ。ほとんどの時間を併走するエアストに向けている。この日はレオンが騎手役だったから、いくらブランカがルートを分かっているとはいえ手綱を握ったままの余所見は良くない。

 レオンは振り返り、シウの呆れ顔を見て前方を見た。

「街道上だし、障害物もないから」

 小声で言い訳するレオンに、シウは笑いを堪えながら返した。

「そうだよ。街道には障害物なんてない。だからエアストも問題なく走れてる」

「うっ、まあ、そうだよな」

「心配する気持ちは分かるよ。そろそろ遅れが出てきてるしね」

 速く飛びたいフェレスには「ゆっくり進むようにと」と指示してある。一行の速度はいつもよりずっと遅い。それでも幼獣のエアストにとっては速かったようだ。体力はあるが、ここで使い果たすと午後まで持たない。

「そろそろ乗せようか」

「あー、そうだな。あいつ、最近は走りたくてうずうずしてるから言い聞かせないと」

 言い聞かせるというが、口調は甘い。

 シウは皆に声を掛けた。

「先に向かってて。エアストを乗せてから追いかける」

「おう。前方に地竜便が見えるから高度を上げるぞ」

「あたしらは森の様子を見ながら向かうよ」

「レーネ、森に魔獣はいないってば。王都の依頼を見ただろー。俺たちに割り込む余地なんてないの」

 ロトスに突っ込まれ、アントレーネは渋々遠回りを諦めたようだった。今日は子供三人を置いてきている。数日ぶりに羽目を外せると思ってか元気が良すぎた。

 シウは偵察で上空を飛んでいたクロを呼び戻し「皆がバラバラにならないよう見張ってて」と頼んだ。頼りになるクロは「きゅぃ」と鳴き、まるで牧羊犬のように仲間を追い立て始めた。


 のんびりとした移動のつもりでも地上を行くよりは速い。

 現地に着いた頃には多くの馬車や地竜便を追い越していた。彼等の多くが招待された貴族や有力者、一般から抽選で選ばれた人である。

 アルウェウスの街にはすでに多くの人がいた。プレオープンのために働いている人たちだろう。

「こりゃ、見事なもんだな」

「綺麗な街じゃないか」

 ククールスとアントレーネが褒める。

「えー、なんか綺麗すぎるって」

「俺も居心地が悪い」

 レオンがロトスに賛同する。

 シウは苦笑いで皆に降りる場所を指示した。

「地図によると、あそこだね」

「お、役人っぽいのが待ち構えているぞ。シウにも担当者がいるんじゃないか?」

 ククールスの言葉通り、一人が走り出てきた。本当にシウ担当らしい。他の人はシウたちの後方を見ている。馬車と地竜便が着くにはまだかかりそうだ。

 担当の役人はシウの名を確認すると案内を始めた。

「騎獣はこちらで預かるようになってます。どうされますか。迷宮にも連れていらっしゃるようでしたら今日は構いませんが」

「では一緒に行きます」

「はい。希少獣の取り扱いに関しては王都と同じだと思っていただいて結構です。では、こちらへ」

 歩きながらいろいろと教えてくれる。少々緊張した様子なのは、今日が彼にとって本番になるからだろうか。この日は式典前に一部の関係者を呼んで迷宮を見学する。貴族もいる中、失敗は許されない。

 案内は迷宮だけではなく街も見て回れるようだ。専用馬車も作ったというから驚きである。

「観光馬車ですか」

「はい! 街並みをご覧いただけるようになっています。席が外に向かっているんですよ」

「へぇ、それは面白いですね」

 説明を受けながら、迷宮の入り口までを進む。

 ちなみに、到着した建物は式典会場でもある。式典が終われば役場として機能するそうだ。貴人を迎え入れるための広間や部屋も用意しており、豪華な造りだった。

 その役場前の道を進むと地下迷宮の入り口がある。

「思ったより迷宮が近いですね。魔獣が溢れ出てきた場合はどう対処するのでしょうか」

 シウの疑問は問答集にあったらしい。案内人からハキハキと答えが返ってきた。

「迷宮には第一門から第三門までありまして、異常があれば冒険者ギルドの担当者が手動で閉めます。これはギリギリまで中に残った冒険者を保護するためです。とはいえ、魔獣を街に放つわけにはいきません。そこで最後の第三門のみ、魔獣の数を検知して自動で閉まるようになっています。門は特殊な製法で作られておりまして、よほどのことがない限り壊れる心配はありません」

「フラグじゃん」

「ロトス?」

「へーい」

 ロトスがレオンの影に隠れたので、シウはまた役人との会話を続けた。

「よほど、というのはたとえばどれぐらいの魔獣を想定していますか? 以前ここから出てきた魔獣なら閉じ込めてしまえるんですよね?」

「は、はい。魔獣スタンピードで現れた魔獣のリストを元に、宮廷魔術師を中心として専門家の方々がランクを決めたそうです。最下層には地底竜ワームが棲んでいると聞いておりますが、理論上は彼等も閉じ込めておける頑丈さがあるとのことでした」

「なるほど」

 余裕を見て製作しているだろうから、地底竜より上位になる火竜や水竜でも耐えられるだろう。水晶竜となると厳しい。もっともアルウェウスは寒冷地ではないし、水晶もないので水晶竜が来ることはない。

 火竜を防げるのなら大抵の魔獣は押さえ込める。

「では、安心ですね」

「はい! 他にも地上の安全対策は幾つも取られています。各区画ごとにゲートで囲む仕組みがあり、地下にも頑丈な避難場所を用意しました。警邏の巡回も王都より頻繁です」

「それはすごいですね」

 随分と費用が掛かっている。

 ゲートや避難場所はともかく、見回りの頻度はそのうち下がりそうだ。シウと同じように考えたのか、ロトスがそそそと後ろにやってきて呟く。

「最初だけだぞ。式典あるし、張り切ってんだろうな」

「そうだね」

「それよか、迷宮内でスタンピードが起きた時の対策が知りたいなー」

「あ、俺も」

 レオンが手を挙げる。

 案内人は頷いた。

「では、向かいましょう。できるだけ人数をまとめて中に入りたいと思っています。後続の方が来られるまで、入り口前に作られた冒険者ギルドを先に見学してからとなりますがよろしいですか?」

「もちろん!」

 ロトスがワクワク顔で答えると、レオンも目を輝かせた。


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