アルパカの「食を求めて三千里」
ゆきまる
アルパカの「食を求めて三千里」
アルパカはある日、博士たちに呼び出されて図書館へとやってきた。
「ツバメの巣?」
伝えられた単語にまるで聞き覚えがなく、ただ繰り返した。
「われわれはとっても疲れているのです。なので、おいしいスープが飲みたいのです」
「スープと言ったら、ツバメの巣なのです。お前にはそれを手に入れて料理してほしいのです」
頼むにしたって難度が高すぎる。それを見越してか、二人は一冊の本を用意していた。タイトルは『大図解! 誰でも作れる中華百選! 全工程写真入り!』と書かれている。中を開くと、たくさんの写真で調理の手順がすべて紹介されていた。
「へ~。これはすごいねぇ」
アルパカはその本を見て、うれしそうに目を輝かせる。
「それを見て、スープを作るのです。カフェに導入したIH調理器の力を存分に活用するのです」
火の出ないIHならば、アルパカも簡単な料理が作れるようになっていた。
カフェがリストランテにレベルアップする日もそう遠くない。
「あれ~? でも、博士たちの食事係はヒグマさんじゃないのぉ」
毎日のようにご飯をたかられている、かわいそうな存在を思い出した。
「あれはダメなのです。何でもかんでもハチミツで味付けしようとして、われわれグルメの舌には合わないのです」
「しょせん、生きたままサケを頭から丸かじりしているワイルドイーターなのです。繊細さが足りないのです」
さんざんにこき使っておいて、この言いぐさである。ヒグマも浮かばれない。
そして、アルパカは高級食材ツバメの巣を求めて、かいがん近くの険しい場所にやってきた。岩場は海に向かって大きく張り出し、海面近くでは打ち寄せる波でしぶきが上がっていた。その飛沫が吹き付ける風にあおられ、上空へと運ばれている。
食材となる巣を作るアナツバメは、高い場所の洞くつに営巣しているはずだ。
「うーん。ちょっと足元が滑ってこわいなぁ……」
本来は高いところへ上るのが得意なアルパカではあるが、さすがにこれはいつもと勝手が違っていた。何より、水にぬれた岩場が危ない。その場で躊躇していると、上空から見慣れた影が下りてくる。
「アルパカ、大丈夫かしら? ずいぶん、困ってるようだけど……」
やってきたのはトキだった。渦巻く風をもろともせずに、見事な着地技能を見せる。
「ふああああ! トキさん、きてくれたんだねぇ! うれしいよぉ!」
友達の来訪に心からうれしそうな声を出した。
「博士たちに、もしかしたら一人じゃ危ないかもしれないので、そのときは協力するよう言付かったの。何かお手伝いできることはあるかしら?」
トキの言葉に、アルパカは上を見あげながら答える。
「あ~。それだったらぁ……」
「うわぁ、すごぉい、すごぉい!」
トキに抱かれながら身体が宙を舞う。海上を飛びながら、洞くつへたどり着けそうな場所を探した。
「は~。飛んでる、飛んでるぅ!」
「あの辺の岩の上なら降りられそうだけど、大丈夫かしら?」
トキが比較的なだらかな岩場を見つけ、アルパカに打診する。そこからは少し登れば目的地へ到達できそうだった。
「あー。あれくらいだったら、荷物もってても余裕だよぉ」
アルパカの返事にトキがゆっくりと高度を下げ、切り立つ岩の上へ降り立った。
「それじゃあ、いってくるよぉ。トキさんはここでやすんでてねぇ」
言い残し、さっそく岩場に足をかける。下を見れば、気も遠くなるような断崖絶壁だった。それなのにアルパカは気に留める様子もなく、どんどんガケを登っていく。
「よいせっ、よいせっとぉ……」
ついに、洞くつの入り口へと到着した。静かに内側をのぞく。陽の差さぬ穴の中には無数のアナツバメの白い巣ができていた。そこにはまだ育成中のヒナ鳥と、甲斐甲斐しく世話をする親鳥たちの姿がある。
「ふわぁ〜。たくさんだよぉ」
入り口に足をかけ、湿ったほら穴に身体を入れる。鳥たちが一斉にざわめいた。慌てて外へ逃げ出すもの、ヒナ鳥をかばうように大きくさえずるもの、と実に様々である。
たくさんある巣の中で、すでに放棄されたものがいくつか散見できた。繁殖を終えて早々と飛び立ったか、なにかの理由で別の場所に巣を作り直したのか……。いずれにせよ、そこにはもうアナツバメの姿はなかった。
これだったら採取しても構わないだろう。手を伸ばしかけた瞬間、一羽のツバメが巣に降り立ち、アルパカを激しく威嚇した。この巣の以前の持ち主か、あるいは別の場所にいるヒナを守るためなのか……。
「そうだよねぇ。誰も使ってないからって、勝手に取っちゃダメだよねぇ……」
そして、きびすを返し、来た道を引き返す。途中で口を大きく開けてエサをねだるヒナたちを見た。
「たーんと食べて、早く大きくなるんだよぉ」
アルパカは何も取らずに洞くつを出ていった。
ガケを降りて、ふたたび岩場に戻る。
「何も採らなかったの?」
そこで待っていたトキが小さくたずねた。
「やっぱり、無理だったよぉ。あたしには難しいねぇ」
ほがらかに答える。
「そう……。だったら、しょうがないわね……」
深くは聞かない。彼女も元は鳥である以上、暗に事情は察しているのだろう。
「でも、博士に頼まれた件はどうするの?」
問題は、あの我欲にまみれたフクロウたちである。
「あ〜。それだったら、さっき海でいいもの見つけたんだぁ。多分、大丈夫だよぉ」
アルパカは笑顔でそう語った。
「こ、このぷるぷるとした食感! スープなのに食べるという逆転の発想! これは、実に見事な料理なのです!」
「さらに加えられた豆や野菜の歯ごたえ! サラリとした固形スープの味わいを引き立てるのに一役、買っているのです!」
お手本のような食レポを口にしながら、博士たちはお皿に盛られたスープを平らげていく。
「おかわりです! もっともっとよこすのです、われわれは食欲旺盛なので」
「こちらもです! 久しぶりに遠出をして、お腹がすいているので」
ここはジャパリカフェ。
博士たちは依頼したスープを食べるために、朝早くからここへやってきた。
供されたのは、豆や野菜入りのスープ。だがその表面は液体ではなく、スプーンで突くと、わずかな弾性を感じさせた。
アルパカが使用したのは『寒天』だった。海中に生える特定の水草を湯がくと、表面を覆う分泌物が水に溶ける。それを冷やすと、全体が凝固し固形物となるのだ。
「それにしても、よく知っていたわね、こんなもの……」
博士たちから離れたテーブル。そこで紅茶を飲んでいたトキが不思議そうに問いかける。
「以前、食材探しに行ったとき、海のフレンズにおしえてもらったんだぁ」
「そう……。でも、味付けは? ここでは、そんなに難しいお料理はできないんでしょ?」
「んー? 倉庫にあった『コンソメスープの素』を溶かしただけだよぅ。あとは茹でた野菜と豆を足しただけ。簡単、簡単!」
ジャパリマークのついたエプロンを身に着け、アルパカが紅茶のおかわりを持ってきた。
「でも、博士たち。とってもおいしそう」
スプーンでスープを掻き込む二人を微笑ましく見つめる。
「チョロイネー、スゴクチョロイネー」
からかうようにアルパカも続いた。
「おかわりするのです!」
「こちらもなのです!」
博士と助手がスプーンを掲げて、おかわりを催促した。
いそいそと駆け足でアルパカが調理場に戻る。
「はいはいはーい! たーんとお食べぇ」
今日もジャパリカフェは大忙しの予感がした。
おわり
アルパカの「食を求めて三千里」 ゆきまる @yukimaru1789
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