3分間ミステリー(カップラーメン殺人事件)

冬野 周一

3分間ミステリー(カップラーメン殺人事件)

 男性の死体の傍らにはカップラーメンが転がっていた。発見が数時間経ってからだったので、床に転がったカップから溢れ出た麺はふやけ、放射状に流れ出た冷めたスープの「海鮮だし」の香りだけが今も部屋の中に漂っていた。

「うーーん、男性はこのカップラーメンを食べて死んだ。つまりこのカップラーメンに毒物が混入されていた。その毒物を混入した者が犯人と推測される・・・」と捜査一課の『まんぼうデカ長』と呼ばれる「北海康夫(きたみやすお)」課長が身体を揺らしながらノッソリと呟いた。

『まんぼうデカ長』と呼ばれているのは、その巨体とのんびりとした動作が『マンボウ』に似ているので、同僚がいつしか呼ぶようになってしまって捜査一課内ではその愛称で呼ばれている。

「まんぼうデカ長、やはりホシは女でしょうかね?」と大川流平刑事が口を向けた。

「どうしてそう推測するのかね?」

「男性はパンツ一枚の半裸姿、ベッドにはティッシュペーパーが散乱していますし、被害者の首もとにはキスマークが残っています。多分終わった後の腹の足しにでもと女が用意したんじゃないでしょうか」

「うーーん、まあ妥当な線だが、決めてかかると誤った方向にいってしまうから慎重にいこう」といつもののんびり口調で身体を揺すっている。


 鑑識が採取したカップラーメンのスープから『青酸カリウム』が検出された。これで毒物による殺人事件として捜査一課内に捜査本部が設けられ、「北海課長」が陣頭指揮にあたった。

 まず被害者の人間関係、特に女性との交遊関係を調べていった。すると一人の女性が捜査線上に上がった。聞き込みによるとこの女性と親密な関係にあったという情報を得た。

「まだ証拠は何も挙がっていないから、任意同行を拒否されたならば事情聴取でゆっくり洗っていくしかない」と。

 最初から職場を訪ねるのは失礼になってはと、夜の帰宅を待って自宅のマンションへとまんぼうデカ長と大川の二人が訪れた。手帳を見せると予想していたのか、すんなり部屋に案内されて彼女の方から喋り始めたのだった。


「私は彼に殺意は持っていました。あの夜私がカップラーメンを2つ用意して行きました。『あっさり醤油味』と『すっきり海鮮味』の2種類のカップ麺を」

「彼がトイレに入っている隙に『すっきり海鮮味のカップ麺』の中に青酸カリを入れました。でも彼がどちらを選ぶかは私には分りませんでした」

「特段彼の好みはなかったと思います。どちらを選ぶかは彼の運命次第だったと思います」

 北海デカ長と大川は一瞬顔を見合わせた。そこで大川刑事が尋ねた。

「それでは男性が『あっさり醤油味』を食べていたら、あなたはどうするつもりだったのですか?」

「私は死ぬ覚悟が出来ていました。もし私が毒入りのカップ麺を食べることになれば、それは私の運命であり、彼に対する見せつけの復讐として死ぬつもりでした」

「ですからどちらのカップ麺を手に取るか、私自身も本当は恐かったのです」

「お湯を注ぎ、どっちが良いと尋ねました。すると彼は『すっきり海鮮味』を手に取ったのです」

「それからの3分間はとても長い時間に感じました。彼との3年間を振り返りながら思い止まろうかとも考えました。いっその事なら彼が『あっさり醤油味』を選んでくれたなら私は楽になれると思いました」

 と語り終えた瞬間、彼女の身体は崩れ落ち、肩を震わせながら嗚咽を漏らしたのである。

 2人は3年間の深い付き合いが続いた、ところがこの半年の間に男性は他の女性と付き合っていることを突き止めた。男性は知らぬ顔で彼女の身体を求めていた。彼女はそんな男性に『殺意』を抱いた。しかし彼を殺すよりも自分が死んだ方がましかとも考えながら毒物だけを入手した。

 そしてその毒物をどちらに仕込むかはあの夜まで、彼に抱かれるまで決めていなかった。

「もうあとは運命に委ねるしかない」と彼女は決心したのだ。そして『死の運命』を引き当てたのは男性だったのである


 決して計画的殺人ではなかった。ロシアンルーレットならぬ『カップ麺ルーレット』だったのである。確立は50%。

 彼女はもう一度囁いた。

「やっぱり私が『すっきり海鮮味』を食べればよかった」と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

3分間ミステリー(カップラーメン殺人事件) 冬野 周一 @tono_shuichi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ