晴天、一機

@kazunewaon

晴天、一機

 “彼”が配属されたのは幾つかの山嶺が並ぶ地区の一角だった。

 彼が管理者から命じられたのは、山頂に登る為のロープウェイのメンテナンスと、それに乗ってやってきた来園者を出迎える喫茶店のアシスタントであった。おおよそ、彼と同モデルの各機体と似たような内容の仕事に従事していた。いや、従事する予定だった。

 高山の頂上は雲の上にある。常に太陽に照らされ、喫茶店の屋根に取り付けられたソーラーパネルは安定した電力の供給を行える。

 いつも通り彼はパネルからの蓄電が滞り無く行われているかのチェックから、一日の仕事を始めた。しかしその電力は店内の照明以外に使われたことがない。唯一の例外は、本部からの調査員がここを訪れた際に湯を沸かす等をした、それくらいなものだった。それがどのくらい前の出来事だったか、彼が思い出すことは無い。彼に記録を懐古する機能が備わってないからだ。

 ロープウェイのテスト作動、正常。雑草処理、終了。店内の掃除及び破損箇所修理。備品、食材チェック。賞味期限の切れたものを破棄、地下の保存庫から新品を補給。入り口の扉に掛けられた『CLOSE』の看板を『OPEN』へ裏返す。本部へのバックアップデータ送信、エラー。データ送信、エラー。送信、エラー。

 彼は、喫茶店の客が来るまで店内のカウンターの上で待機した。太陽が頂点に達し、そして傾いていった。彼は看板を『OPEN』から『CLOSE』へ裏返した。一日が終わる。彼は地下の一角でスリープモードに入った。そしてまた、日が昇る頃に再起動する。

 彼は繰り返している。客も従業員も、あの日以来一人として来ない。


 似たようなある日、雑草処理中に彼は上空を見上げた。微かに生体センサーが反応したのだ。山頂からでも遥か彼方の青空の中を、何かの影が通り過ぎていった。

 大きさから見て、元の鳥類ではない。何らかの“フレンズ”であることは彼のセンサーも感じ取っていた。それは特に彼と喫茶店に気付くことなく、密林方面へ飛んでいった。映像から何の鳥類か判別しようとしたが、距離と逆光ではっきりとせず、それは叶わなかった。

 フレンズ達がある地方から別の地方へと移動することは緩やかにではあるが制限されている。鳥類にはほぼ移動が許可されるがしかし、それらの移動パターンは全てデータ化されているはずであった。だが、この山嶺群を跨ぐ移動パターンは彼の持っているデータには無かった。

 彼はフレンズ達の生態の変化を本部に送った。エラーの表示が返ってきた。


 似たようなある日、ロープウェイのテスト作動中に搬器が轟音を立てて麓の密林の中へ落ちていった。

 しばらく待つと、索条と搬器を繋ぐ鉄棒だけが山頂へと運ばれてきた。彼がその鉄棒の折れた部分を精査してみると、風雨による錆と経年劣化が原因であることが分かった。

 大事故である。本来ならば、ロープウェイと喫茶店の営業を一時停止し、業者を呼んで本格的な修復工事に入らなければならない。

 しかし、本部との連絡はもう長いこと繋がらない。緊急用の人力搬器は、彼ではなく従業員用、すなわちヒトの為にあるものだった。彼にはそれを動かす機能も権限も備わってはいない。

 彼に自力で高山を降りる能力は無い。高所作業用に他の機体よりバランス機構は優れているが、それは落下しないようにする為だけで岩肌を登り降り出来るようなものではない。

 レンズを明滅させ、彼は現状を把握するよう努めた。自身の整備状態及び今後の活動における故障可能性を計算した。結果、何がどうなるでもなかった。

 彼は孤立した。


 似たようなある日、除草中に雑草の根がカッターに絡まる。モーターに異常発生。移動が困難になる。救援を要請。応答無し。内部から異常音。作業を中止。

 ゆっくりと、ぎこちなく彼は店内に戻る。地下へ降り、保存庫内でメンテナンスモードに移行準備。本部へ現状を連絡。応答確認出来ず。再三試みるが、やはり結果は変わらない。

「本体ニ異常ヲ感知シタタメ、コレヨリメンテナンスモードニハイリマス。修理点検ハマニュアルヲ参考ニシテクダサイ。ユニット交換等ハ、電源カバー裏ニ記載サレテイル連絡先マデ。コレヨリメンテナンスモードニハ」

 彼は眠りに就いた。管理者が来るまで彼が目を覚ますことは無い。

 

***


「あら?」

 その日、常連客の“トキ”がまず、それに気付いた。

 ここは“アルパカ・スリ”のフレンズが提供している喫茶店『ジャパリカフェ』である。

 長らく誰にも手入れされていなかったこの施設を、アルパカが勝手に引き継いだ形で営業している。複数聳え立つ高山の一角に居を構えるが、その利便性と知名度の低さ故になかなか客が入らない状態だった。しかし最近行われた幾つかの環境改善により、鳥類のフレンズが時折休憩がてらに訪れるようになっていた。

 トキはその最初の一人である。かつ、最も頻繁にカフェを訪れている彼女は、その変化に真っ先に気付いた。

「ねえ、いつの間にここにもボスが来るようになったの?」

「ん?」

 紅茶を淹れていたアルパカがトキの方へ振り向いた。トキはレジカウンターの上に置かれたパークガイドロボット『ラッキービースト』、愛称“ボス”指差していた。

「あぁ、その子ねえ。この前下で見つけたの」

「下?」

「そこの階段を上ると屋根の上に出るでしょ? で、その階段の近くの床に扉があってね、そこを開けたら今度は下に降りる階段を見つけたの。そしたら、この子がいてね」

「へえ」

 トキはボスの顔を覗き込んだ。他の場所で見かけるボス達とは違い、動く気配を見せない。いつも彼らがフレンズ達に配っているジャパリまんもどうやら持っていないようだ。

「寝てるのかしら」

 指でつんつんとつついてみる。反応は無い。

「みたいだねえ。一度はかせにも持って行って診てもらったんだけどね? 何だかよく分からないんだけど、身体の悪いところは治せたって。でも起きてもらうにはかばんちゃんと会わせないといけないんだって」

「あの子に? そういえば、あの子と一緒にいたボスはお喋りできてたものね。何か関係があるのかしら」

「どうなんだろうねえ。はい、どうぞ。いつものでいいんだよねえ?」

「ええ、ありがとう」

 トキは紅茶を受け取った。カップから漂う湯気の先に、光無く沈むボスの眼が見えた。それはどことなくトキ自身によく似ているように思えた。

「寂しそうね、その子」

「そうかなあ?」

 アルパカはボスの顔を覗き込んだ。やや俯いた体勢から動くことなく、レンズは無機質にアルパカの姿を反射する。

「そう見える?」

「何となくよ、何となく」

「トキがそう言うんなら、そうなんだろうねえ」

「……私、外で歌の練習してくるわ」

「いってらっしゃい」

 トキはカフェから出て行った。来客を知らせるベルがチリンと鳴る。紐が修復されたばかりの看板はゆらゆらと揺れ、表になったり裏になったりを繰り返す。

「早くちゃんと会えたらいいねえ」

 アルパカは“彼”の頭を優しく撫でた。

 山頂は今日も穏やかに晴れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

晴天、一機 @kazunewaon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ