『かばんちゃん、サーバルと喧嘩する』の巻

桃宮 由乃

仲が良いほど喧嘩する

「それ、サーバルちゃんです」


 ロッジのジャパリまんが妙に減っていることを知らされたかばんちゃん。以前にも似たようなことがあり、すぐにサーバルの仕業と気付くとそう言い切った。そこへ集まっていたフレンズたちの目がサーバルへと注がれる。


「た、食べてないよ! なんでみんなに教えちゃうの!? ひどいよ、かばんちゃん!」


 早速自分で答えを言ってしまっているサーバルは自分に集まる視線に耐えられず、口元にジャパリまんの多ベカスをつけたままロッジを飛び出した。


「あっ、サーバルちゃん……」


 外は雨。どんどん小さくなる背中に不安を感じ、かばんちゃんはきゅっと口を一文字に結んだ。


「ボク、サーバルちゃんを連れ戻してきます」


 帽子を深く被り直し、サーバルに続きロッジを飛び出す。少し心配そうにそれらを見詰めていたフレンズたちは空を見上げる。


 雨は、まだ止みそうにない。


                   ○


「はっはっ……」


 息を切らし、木陰で休むサーバル。彼女の胸中には今までにない何かが渦巻いていた。


 どうしてかばんちゃんはジャパリまんのことみんなに教えちゃうの?

 どうして誤魔化ごまかそうとしている私の気持ちを解ってくれないの?


 しかし、純粋で素直な彼女はすぐに思い直す。悪いのは自分なのだ。ジャパリまんをつまみ食いしたのも事実だし、それを指摘されたからって怒り出すなど言語道断。自分でもなぜこんな気持ちになったのか解らない。


 戻ってきちんと謝ろう。


 そう考えたサーバルは少し肌寒い木々の間を抜け、ロッジへと踵を返した。雲の上の微かな光、太陽の位置はロッジを飛び出してから大きく動いている。いつの間にか相当な時間が経っていたようだった。



「お、サーバル。かばんは一緒じゃないのか?」


 ロッジへと戻ったサーバルを見てタイリクオオカミがそう聞いた。


「え? かばんちゃん? 一緒じゃないよ」


「そうか。さっき君を連れ戻すと飛び出して行ってしまってな……」


「またそうやって~。そんな話にだまされないよ!」


 いつもの冗談だと思った。外はこんなに雨が降っているのに。こんなに身体が冷えてしまうのに。悪いことをして飛び出してしまった私なんかを連れ戻そうとなんてするはずがないのに。


 だが、周りのフレンズの表情を見ればそれが嘘ではないのだとすぐ分かった。


「……かばんちゃん!」


 そう感じた時、サーバルの毛が逆立つ。彼女は濡れた身体を拭う間もなくロッジを飛び出していた。


                  ○


 ここはどこだろう?

 サーバルちゃんの背中を追っていたはずなのに見たことのある景色はもう周りにはない。ボクの足がもっと速ければ……なんでボクはこうなんだろう。


 サーバルの足にヒトであるかばんちゃんが追いつけるわけもなく、更に周りは視界を覆う木々。陽は既に落ち、ろくに遠くを見渡すこともできない。


「サーバルちゃーん! サーバルちゃーん!」


 雨が木々を打つ音とサーバルの名を呼ぶ自分の声しか聞こえない世界。サーバルを傷つけてしまった自分の不甲斐ふがいなさとその寂しさがかばんちゃんの心を支配する。


「サーバルちゃ……うぁっ!」


 ぬかるんだ地面に足を取られ、かばんちゃんは緩い崖の下へと転落した。

 幸いにも膝を擦りむいただけで済んだが、それはかばんちゃんの心に影を落とすには十分な出来事だった。


 いつも眩しい笑みを自分に向けてくれるサーバルの笑顔が脳裏に浮かんでは消える。サーバルはヒトとしての経験がまだ浅い。真っ白な彼女をボクは守り続けなくてはならないのに。

 

 彼女の太陽のような笑顔にかげりをもたらしてしまったのが自分であることに情けなさが込み上げる。


 その時、目の前の木陰が大きな音を立てた。一瞬ボスかと思った小型のそれは一つ目でかばんちゃんの姿を捉えた。セルリアンだった。


「う、うわあぁ! た、食べないでください!」


 痛む足を引きずりかばんちゃんは必死に逃げる。


『ジャパリパークの掟は自分の力で生きること。自分の身は自分で守るんですのよ』


 昔カバに教わったことを思い出すが、恐怖がそれを上回る。

 それでも……

 かばんちゃんは木の枝を拾い上げ、セルリアンと対峙した。自分自身の殻を打ち破るために。


「えいっ!」


 力一杯枝を振り下ろすがセルリアンの身体の弾力に弾かれ尻もちをついた。

 目前に迫るセルリアン。


 ああ、今度こそボクはダメかもしれない。せっかくみんなに助けてもらったのに。最後に見たサーバルちゃんが困り顔だったことに後悔が押し寄せる。ボクは……ボクは……


「うみゃみゃみゃみゃー!」

 パカァーン!


 聞き慣れた声。弾ける光。

 ぎゅっと瞑っていた目を開けると、そこには爪を振り下ろしセルリアンを退治するサーバルの姿。


「サーバル……ちゃん……」


「ごめんね! かばんちゃん、ごめんね! 私のせいで、こんな……」


 サーバルは倒れているかばんちゃんに覆い被さるように抱きついた。

 雨で冷えたお互いの身体に温かさがじわりと広がる。


「ううん、ボクの方こそ、ごめんね。それに、ありがとう。サーバルちゃん」


「かばんちゃん……かばんちゃん! 違うの! 私が悪いの! かばんちゃんは私を解ってくれてると思ってた。でも、少し違くて……なに言ってるのか自分でも解らないけど、でももっと私を解ってほしくて……それで怒っちゃって……」


「サーバルちゃん……うん、大丈夫。これからもっとお互いを知っていければいいね」


「……うん!」


 温かさがわだかまりを溶かすように、二人は素直な気持ちを伝え合い、暗い森の中に明るい笑顔という花を咲かせた。


                  ○


「なぜ助けるのを止めたんだ?」


 木々の合間に二人を見詰める幾つかの眼光。

 かばんちゃんの身を案じ後ろを追っていたライオンがコノハ博士へと尋ねる。いざという時のために夜目の利くコノハ博士とミミちゃん助手もかばんちゃんを見守っていたのだ。


「二人はフレンズともだちから、より親しい者に成ったのです」

「これは一つの試練なのです」


 二人にライオンは聞き返す。


「試練?」


「はい。仲が良くなり距離が近づけば近づくほど衝突するということもあるということです」

「あるということです」


「喧嘩したのにもっと仲良くなったってことか? う~ん、わかんないや」


「雨降って地固まるということですよ」

いさかい果ててのちぎりということです」


「もっとわからなくったよ。まぁ、いいや、早く帰ろうよ~」


「そうですね。明日は晴れることでしょうから料理パーティーの準備なのです」

「新しい料理をあの二人に作らせるのです」



 翌日、朝方まで続いていた雨は止み、博士の目論見もくろみ通り料理パーティーが開催された。無事戻った二人に周りのフレンズたちも笑みをこぼし、今もはしゃいでいる姿を温かく見守る。


「そういえばサーバルちゃん、どうして昨日はボクの居場所が分かったの?」


「私がかばんちゃんの音を聞き間違えるわけないよ! この大きい耳は飾りじゃないんだから」


「へぇ~、すごいんだね。でも、昨日は本当にごめんね。ボク、一人でセルリアンと戦おうとしたんだ。けど、勝てなくて……」


「だいじょうぶ! かばんちゃんの敵は私の敵なんだから! いつだって助けにいくよ! だから、これからもよろしくね、かばんちゃん!」


「……うん!」


 そんな二人の耳に声が聞こえる。


『お~い、こっちの料理、数が少なくなってるぞ~』

 

「あ、それはサーバルちゃんがつまみ食いを……」


「あ~、また! ひどいよ、かばんちゃん!」


 高らかに笑い合うフレンズたちの声がどこまでも響く。

 その頭上には、大きな虹が燦然と輝いていた。





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『かばんちゃん、サーバルと喧嘩する』の巻 桃宮 由乃 @Yuno_Momomiya

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