帰ってきたミライさん

みうらゆう

第1話

一月一〇日

 明日いよいよジャパリパークへ調査に入る。全員退去から二〇年振り。去年三月にキョウシュウ地方でサンドスター・ロウのモニタリング数値が跳ね上がり、現地にいたラッキービーストから全島に警告が発せられたが、結果としてピークがこの時で、以後の環境は安定したとみられる。

 島への上陸は、ヘリコプターで南側の港から。安全重視なら火山から遠い北西からにすべきだが、私が希望して南からで本部承認。


一月一一日

 大事故発生。ヘリコプターがサバンナ地方に墜落、無線機も衛星電話も使えなくなった。パークの施設に通信機が遺ってる可能性もあるが、ジャパリ図書館やインフラ施設に辿り着ける目処が立たない。

 ヘリコプターのフロントガラスに穴がいくつも開いており、火山の噴火でサンドスターが飛び込んだと考えられる。まず私に当たって気絶、サブパイロットの大石くんが懸命に着陸を試みたものの、サンドスターが飛び交う中で上手く着地できなかったのだろう。

 なぜ二人にサンドスターが当たったと確信してるのかといえば、私も大石くんもフレンズ化したからだ。まるで子供のような外見。青と緑の中間のような髪の色に、赤い服に白い半ズボン。二人ともまるっきり同じ姿だが、違いもある。記憶の有無だ。私はこうして文章も書けているように墜落時以外の記憶がある。他方、大石くんは何も覚えていない。墜落時のショックによる記憶喪失だろうか。

 私たちはヘリコプターに積んであったサバイバルキットを携行し、ジャパリ図書館を目指して移動することにした。


一月一八日

 サバンナ地方(サーバルはいなかった)を抜け、ジャングル地方へと入った。移動手段は今のところは自分たちの二本足のみ。ここで一体のラッキービーストと遭遇した。フレンズ化した私たちをヒトと認識しパークの案内を始めた。私がかつて同行させたのとは別物。

 思いがけない道連れ。ラッキービーストは私たちの分までジャパリまんを運んでくるようになった。ちょうど手元の食糧が尽きていたので助かった。ジャパリまんの工場は今も動いているのね。ジャングル地方のあちこちで照明が点いてるのも見られた。

 川にかけられた簡易な橋を発見。私たちがいた頃にはアンイン橋があったところのよう。しかし一度壊れた橋の残骸を使って橋をかけなおした風‥‥? フレンズが?

 川で首を捻っているところにジャガーが泳いで現われた。なぜか彼女に「カバ」と呼ばれる。「この橋をかけたのはカバさんじゃないの」みたいに言われたが、意味不明。


二月一日

 森林地方へ向かって砂漠を横断。ただし気温の低くなる夜に移動する。それでも不慣れな砂漠の暑さに、私も大石くんも意識朦朧となって砂漠を歩いていると、スナネコと出会った。彼女は私たちに興味を示し、住居にしている洞窟へ案内してくれた。

 スナネコの話によると、1年ほど前に知り合った「かばん」というヒトのフレンズに私たちが似ているという。カバじゃなかったんだ。でも、ヒトのフレンズなのに「かばん」なんて不思議な名前。機会があったら私も「かばん」に会ってみたい。それと、サーバルがこの子と一緒に旅してたんだって!


二月二二日

 森林地方に到着。島の長であるコノハ博士と対面した。私と面識はあったはず、でも私がミライだとは最初分からなかったみたい。

 私がヒトだから料理を作れとか言われた。でも私は料理が苦手だからスパイスから調合するのがどうも上手くいかなくて、作ったカレーは博士たちの口に合わずまた作り直し。結局は炊いたご飯を炒めて、さっきのカレーで味付けして、適当に香辛料をぶち込んだらドライカレーらしきものが出来た。これは気に入られた。

 博士の話によると、今ヒトのフレンズが私たちを入れて四人いるらしい。皆同じ外見。同一種の別個体がフレンズ化することは珍しいのだけど(でも無いわけではない)、ここまで同時期に何人も見るのは博士も驚いていたみたい。ヒトのフレンズの一人が「かばん」。もう一人はやはり一年ほど前に、森林地方に棲むニホンオオカミが山の中で発見した「ゆみ」。そして私と大石くん。ただ、フレンズ化する前の記憶があるのは私だけみたい。

 残念ながら、ジャパリ図書館にあった通信機はすべて壊れていた。


三月一五日

 温泉から少し離れた山中のロッジで宿泊。フロントで私の名前がミライだと言ったら、アリツカゲラが驚いた顔をしていた。同じ名前の知り合いでもいるのかしら。

 宿泊客のアミメキリンと話していて、ふとサーバルを思い出す。そうか、彼女の声がサーバルに似てるんだ。それで思い出したのか。偶然なんだろうけど。


三月二二日

 ジャパリパークは今後どうすべきか。フレンズたちの自由を尊重? また人が上陸して暮らせるようにする? 距離を置きつつ交流する? 少なくとも、この先を見極めるためもっと調査が必要だ。せめて彼女たちが今の生活を維持できる手伝いはしたい。

 港の施設に通信装置の残骸を多く発見、それらを組み合わせて何とか本部と連絡を付けた。


三月二九日

 脱出。平原地方に本部からのヘリコプターが到着。幸い、火山の噴火もこのときには収まっていて、救出に来た人たちはサンドスターの影響を受けずに済んだようだ。ライオンのプライドの面々が飛び立つ私たちを見上げていた。見送りをしてくれたかのよう。

 これからはきっと、事故調査に協力する毎日になる。大石くんの今後も心配。私の責任が問われることになるかも知れない。


四月一六日

 ジャパリパークにいた間の記憶が今も鮮明に残っている。私は完全に元の身体に戻るまで数週間かかってしまった。サンドスターとフレンズ化の関係には未だに不明な点が多い。

 残念ながら、大石くんは記憶も身体もフレンズ化したときのまま。大石くんは奥さんに引き取られた。娘を育てるつもりで一緒に暮らすとは言ってたけれど、夫がかつてとは似ても似つかない姿で戻ってきたその心中は察するにあまりある。私自身、あの事故に対する気持ちの整理が付いていない。


四月二九日

 事故調査の過程で、衛星写真を見せられた。私が昔ジャパリパークを離れたときの桟橋で見送るサーバルの写真。いや、相当高い場所から写したものなので彼女はポツンと小さく写っているだけだったが、一気に記憶が甦ってきた。私がパークを離れてからしばらくは、彼女は毎日のように桟橋に来ていたようで、衛星写真が何枚も残っていた。

 実は一年前の今日も、同じ桟橋でサーバルの姿が捉えられていた。他にも多くのフレンズらで集まって船を見送っているようだ。そうか、これが「かばん」のゴコク地方への旅立ちだったのね。コノハ博士の話だと、サーバルはこの後ほかの船で「かばん」を追いかけたという。私のときのサーバルとは違って、ここで別れないことを選んだのだ。

 私は、自分と重ねながら「かばん」とサーバルとのいつまでも続く旅を想像していた。


(ジャパリパーククロニクル編集部註:サンドスター研究所主任研究員・ミライ氏提供の日記から、第一次ジャパリパーク上陸調査に関する部分のみ抜粋した)

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