第05話「あなたは しにました……」
ラダトームの城の1階は広かったが、操作自体を2階で覚えた
そこに居る全員と話をしようとする任からコントローラーを奪い取り、
城の2階のように苦労するかと身構えていた彼女たちは「ザッザッザッザッザ」と言う音と共に簡単に暗転した画面に、ちょっと拍子抜けした。
オカリナのような物悲しいBGMが流れ、広い草原が目の前に広がる。
今まで30分以上もウロウロしていたラダトーム城が、わずかキャラクター1個分のマークで表示されているのを見て、彼女たちはこのゲームの壮大さに驚いていた。
「すごいです……」
「ほんまやなぁ……ここからどうしたらええんやろね」
「あ! あの真っ黒い地面の真ん中にあるお城! あそこに『りゅうおう』居るよ! 絶対怪しいって! やっつけに行こう!」
ドラゴンクエストは、スタート地点であるラダトームの城の対岸にゲーム開始直後からラストダンジョンが見えていると言う劇的な演出がなされている。
浅海の直観は正しいのだが、当然ながらすぐ行けるほどドラゴンクエストは甘くはなかった。
「この水色のところ、海ですね。渡れないです」
「どこかで船を手に入れるんちゃうかなぁ」
「右の方から回り込めるんじゃない?」
浅海の言葉に従って右に移動しようとすると、画面中央に渦のような模様が表示され、恐ろしい音と共に青い水滴のような可愛らしいモンスターが現れた。
「ひゃああ!」
『スライムが あらわれた!』
急な展開に驚いた
すかさずそれを拾った浅海は、Aボタンを連打した。
「やられてたまるかぁ!」
アクションゲームではないので焦る必要はないのだが、画面上では『たたかう』が選択され、勇者たけるは
――ティリリッ……ザシュ!
リアルなダメージ音に両手で目をふさいでいた任がびくんと跳ねる。
『スライムに 1ポイントの ダメージを あたえた!』
その後、交互に攻撃を繰り返した勇者たけるは、ついに素手でスライムを叩き潰した。
経験値とゴールドを得て、浅海と絵里のテンションが上がる。
指の間から画面をチラ見した任は、ほっと息をついて座りなおした。
「こ……怖いですねぇ」
「たえちゃんは怖がりやねぇ」
「私のテクニックにかかればさ、ぜんぜん大したことなかったよ!」
戦闘はスーパーマリオより全然簡単だと確信した浅海は、竜王の城めがけて山沿いを進む。出てきたスライムを素手で千切っては投げ千切っては投げ、HPが残り1になって画面がオレンジ色になっているのも気にせずに、彼女は勇者たけるをどんどん進ませて行った。
『スライムベスが あらわれた!』
「おお! 赤い! これこのステージのボスかな?!」
「どうやろね?」
今までと同じように、『たたかう』を選択された勇者たけるは、HP1のまま素手でスライムベスへと殴りかかる。
しかし、当然ながら反撃を受けた勇者のHPは0を下回った。
画面が赤く染まり、勇ましく流れていたBGMが止まる。
『あなたは しにました……』
シュールにも思えるその画面を呆然と見つめている任の前で、浅海は「あぁ~! やられた~!」と転がった。
「……ああ~!
「死んでもうたねぇ、尊……」
浅海がボタンを押すと画面は切り替わり、死んでしまったはずの勇者たけるはゲームを開始した時と同様に王様の前にいた。
『おお たける! しんでしまうとは なにごとだ! しかたのない やつだな。 おまえに もう いちど きかいを あたえよう!』
「おお、死んでへん!」
「ほんとだ! 生き返りました!」
「王様すげー! 尊、よかったー!」
にわかに脚光を浴びる王様。
しかし、ここでの復活に「所持金の半分」と言うやくざのような料金がかかっていることに、彼女たちはまだ気づいていなかった。
ここで初めて、尊敬する王様の話をちゃんと聞いた彼女たちは、町の宿屋で体力を回復させながら戦わなければならないことを知り、経験値をためるとレベルが上がることを知る。
初期の所持金の半分と言う高い授業料を支払って、勇者たけるは竜王への長い道のりをまた一歩前進することが出来た。
「……あさみちゃん、えりちゃん。たえは分かりました」
「なに?」
「ちゃんとみんなのお話を聞かなきゃダメです」
「え~? いいよめんどくさい」
「ダメです! 最初から宿屋さんで体力を回復することを知っていれば、尊は死ななくて済んだんです!」
「ほんと、そうやねぇ」
可愛がっている弟と同じ名前の勇者が死んでしまったことが余程堪えたのだろう。任はラダトーム城中の人に話を聞きまくる。
隣の町で武器や防具を買い揃えること、宿で回復すること、扉を開けるには鍵が必要なこと、洞窟に入るときにはたいまつが必要なこと、人々に話を聞くこと、旅を一度やめる時には王様から復活の呪文を聞くこと。
全てを聞き終わり、さぁ次は隣の町だと言うときになって、彼女たちはもう金曜の太陽が沈んでしまっていることに気付いた。
「あー、あんなぁたえちゃん。うちもう帰らんとあかん時間やわ」
「え? あー! わたしも帰んなきゃ!」
ゲームに集中するあまり、部屋の中が薄暗くなっていることにも気づかなかった任が部屋の電気をともす。
集中しすぎてしばしばする目頭をつまんだ彼女は、大きくため息をついた。
「しかたないです。続きは明日にしましょう」
「せやなぁ。ほな王様に復活の呪文聞きにいかな」
「おお、そうそう。王様呪文も使えるんだよね。すげー」
もう壁に「ドゥ」とぶつかることもなく、『かいだん』もすいすいと進んだ勇者たけるは王様に謁見する。
気さくに『おお たける! よくぞ ぶじで もどってきた。 わしは とても うれしいぞ』と声をかけてくれる王様の株はまた上がった。
『がぼめろが いまそきがれみ ほべられし むひれ』
「……え? なんですか? これ?」
「呪文だよ! 呪文! あっはは、わけわかんねー」
尊敬の対象だった王様の訳のわからない短歌のようなセリフに戸惑う
それをしり目に、浅海ははははっと笑いながらボタンを押した。
『これを かきとめておくのだぞ』
「え? 書きとめるん? セーブとちゃうのん?」
呪文なんて雰囲気を出すための言葉で、実際はメモリーにセーブされるものだと思っていた絵里たちは慌てることになった。
任はノートとペンを探しに机へと向かい、浅海はもう一度復活の呪文を表示させる。
任がテーブルの上にノートを広げていると、浅海の方から「カシャ」と言うシャッター音が聞こえた。
「よしっと。この画像、SNSに共有しとくね」
復活の呪文が表示された画面をスマホで撮影した浅海が、画面をスイスイと操作して画像共有する。
このレトロゲームを貸し出してくれた
「あさみちゃん、あたまええねぇ」
「あったりまえじゃん! って言うか、書きとめるってさぁ……。まぁ古いゲームだから仕方ないけど」
「でもなんか、呪文で復活するって面白いですねぇ」
「ほんとやねぇ。雰囲気でるなぁ」
過去、ドラゴンクエストで遊んだ何人もの子供たちを絶望の淵につき落とした「ふっかつのじゅもん」を、スマホのカメラと言う最新のガジェットでたたき伏せた現代っ子たちは、明日のゲーム再開を約束して解散する。
玄関では
「ほんならまた明日ね。ばいばい、勇者たける」
「じゃーまったねー! 勇者たける!」
「うん、またきてね。えりちゃん、あさみちゃん」
「もう、どうして尊にばっかりあいさつするんですかぁ」
少し不満げながらも笑って手を振る任と一緒に、尊はにこやかに手を振って姉の友人を見送る。
玄関が閉まった後、ゆっくりと手を下ろした彼は不思議そうに姉の顔を見上げた。
「……ねぇお姉ちゃん、勇者たけるって僕のこと?」
「そうですよー。尊は勇者なんだから、もっと強くてかっこよくならなくちゃいけないんですよ」
姉の説明に納得できない尊は「なんで?」と質問を返したが、その質問に帰ってきた「竜王を倒して光の球を取り戻すためですよ」と言う答えは、余計に彼の頭を悩ませるだけに終わったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます