第03話「スはマリオのス」

 じゃんけんは浅海あさみが勝った。


「よーっし! 覚悟しなよー!」


 手首をぐるぐる回してコントローラーに手を伸ばす。

 彼女は「START」ボタンを押すと、右ボタンを押した。


 「テレッテッテレッテッ♪」

 音楽と共に、テトテト……と、マリオはゆっくりと右へ移動する。向こうからクリボーが、これもゆっくりと近づいてきた。


「え~? なんかえりの時と動きちがくない?」


「……遅いですね」


「あさみちゃん、ビーダッシュや。Bボタン押しながら走ると速いんよ~」


「こ……こう?」


 急に加速して、クリボーに体当たりしたマリオは、「テュテュン♪」と言う効果音を発しながら両手を広げて地面の下へ落ちていく。

 「テレッテテレッテテ……♪」


 どこまでも軽快な音楽が流れ、画面は暗転。

 すぐにマリオは最初の位置へ戻った。


「え~?」


「敵には踏みつけるとき以外触ったらあかんよ」


「先に言ってよぉ~」


「あさみちゃん、がんばです!」


「よぉ~し! 見えた! いける!」


 何が見えたのかは分からないが、浅海あさみはまたビーダッシュで走り出す。

 「テレッテッテレッテッ♪」

 「テュテュン♪」

 「テレッテテレッテテ……♪」


 当然、何か光明を見出したわけでは無い彼女は、全速力で突っ走り、丁度上から降ってくるクリボーを迎え撃つようにジャンプすると、まるでそこまでが一つの音楽でもあるかのようにリズミカルにマリオを死なせた。


「あさみちゃん、慌てたらあかんよ」


「ちがうの! 分かってる! ちょっとまって!」


「ゲームは待ってくれませんよ?」


 マリオの数は最後の一人。

 また同じ場所から始まったそれを今度はゆっくり動かして、浅海あさみはゲームを進める。

 最初のクリボーを踏み潰し、はてなブロックを叩いて出たキノコを取って大きくなり、「チャリ~ン♪」とコインを集める。

 山を越え、長めの平地に敵が居ないのを確認すると、彼女は満を持して憧れのビーダッシュを敢行した。


「ここだぁ!」


 即座に加速して「テテテテッ」と走り出すマリオ(大)は、最高速度に達すると、突然現れたノコノコにぶつかり「デュッデュッデュッ」と縮む。


「「「あ~……」」」


 そしてマリオ(小)は、その勢いのまま点滅しつつ、地面の切れ目に吸い込まれる様に落ちて行った。

 「テレッテテレッテテ……♪」


「「「……あああ~~!!」」」


 流れるような死にざま。

 暗転した画面に表示される「GAME OVER」の文字。


 「テッテッテ~テレレ、テレレ、テレレ~♪」


 音楽が流れた後、何の余韻も無く最初の画面に戻ったのを見て、浅海あさみは「だぁ~! なによこれ~!」とコントローラーを頬り投げた。


「次はたえの番ですね! あさみちゃんの仇は取りますよ~!」


「たえちゃんファイトや~」


 浅海あさみとは違って、たえはゆっくりとゲームを始める。

 じわりじわりとクリボーに近づき、少し手前で立ち止まってクリボーを待ち、寄ってくるスピードに合わせてその場で「プ~ン」とジャンプして「ペホッ」と潰す。

 そんな、匍匐前進ほふくぜんしんするようなゲームがしばらく続いた。


「たえ! ビーダッシュ! ビーダッシュ!」


「だめです!」


「たえちゃんもう少し急いだ方がええんやないかな~」


「無理です! 死にます!」


 真剣な顔で、テレビから目をそらさずに、たえはちょっと汗をかきながら身を乗り出してゲームを進めている。

 地面に穴が開いている部分では、何度もその場でジャンプしてタイミングを確認した後、ギリギリで飛び越えることが出来た。


「やりました!」


「そんなとこ、ビーダッシュジャンプで一発だろー!」


「あさみちゃん『ビーダッシュ』好きやなぁ」


 その後もたえは着実にゲームを続ける。

 一度蹴り飛ばしたノコノコがすぐそばの壁に跳ね返ってきたのにぶつかって即死したが、それからは今まで以上に慎重にゲームを進め、ついに1-1面の半分を超えた。


 途端に、BGMのテンポが速くなる。


「え? えりちゃん! これなんですか?!」


 たえの疑問に、説明書を読んでいた絵里は黙ってツーコンを手に持ち、「ぼぼっ」と小さいノイズを鳴らしながらマイクのボリュームを上げた。

 ツーコンのマイクに口を近づけて「あ~、あ~」と発声練習をする。

 その声はテレビのスピーカーから聞こえてきた。


『時間切れがせまっとるんよ~。早くゴールしないと死んでまうよ~』


「制限時間なんかあったんですか~?!」


「たえ! 今こそビーダッシュ! ビーダッシュだよ!」


「はわわ……」


 目をぐるぐるにしながら、たえは一生懸命ゴールを目指す。

 基礎的な動きを繰り返して練習したおかげで、いつの間にか上達していた彼女は、思った以上に順調に後半を進めた。


 ついに、残り10秒と言うところで、ゴールのブロック山へたどり着く。

 「プ~ンプ~ンプ~ンプ~ン」

 小刻みにジャンプして、律儀りちぎに1段ずつブロックを登っていたたえマリオは、善戦むなしく頂上付近で両手を上げ、地面の下へと落ちて行った。

 「テレッテテレッテテ……♪」


「「「あ~!」」」


「……たえちゃん、あんな、ブロックは一つずつジャンプせんでもええんよ」


「たえ! ビーダッシュが足りないんだよ!」


 それでも、最後の1人のマリオで、たえは余裕をもって1-1をクリアする。

 絵里のクリア時には鳴った花火が鳴らなかったのにはちょっと不満気だったが、たえは嬉しげに絵里と浅海あさみの顔を交互に見た。


「たえちゃん、上手やなぁ~」


「……まぁ初めてにしちゃあ上手い方だと思うよ……遅いけど」


「えへへ」


 喜んでいるたえの見ている前で、彼女のマリオは城の先にある土管へと入ってゆく。

 突然暗転し1-2と表示された画面は、今までとは打って変わって暗い地下のステージへと進んだ。


「わわっ! ええっ?! 怖いです!」


「おーすごっ!」


「ほんまやねぇ」


 怖い怖いと顔をそむけ、それでもゲームはやりたいので、たえは薄目を開けて横目でゲームを続けた。

 キャーキャー言いながら、地下を進んだマリオはブロックの下でクリボーと鉢合わせする。

 たえはジャンプして潰そうとAボタンを押したが、マリオは「ドゥ」と言う音と共にブロックに頭をぶつけ、直後にクリボーに触れて死んだ。


「「「ああ~!」」」


 暗転した画面に表示される「GAME OVER」の文字と「テッテッテ~テレレ、テレレ、テレレ~♪」のBGM。


 たえは放心したようにため息をついて、がっくりと肩を落とした。


「えりちゃん、あさみちゃん、たえは1-2面は怖くてダメです。クリアできそうにありません」


 目を伏せたまま、スッとコントローラーを絵里に渡す。


 実はWiiUのバーチャルコンソールで父親とやりこんだことがあると言う絵里は、コントローラーを膝の上でだらんと構えて「ほな、いくよ~」とゲームを開始した。

 にこにこ笑いながら、1-2も難なくクリア……と見せかけて奥のワープゾーンへ。

 4-2エリアから豆の木を登り、一気に8ステージへと向かう。


 最後のボス、クッパを「プ~ン」と飛び越して、斧のスイッチに触ると、その奥にはピーチ姫が待っていた。


「え?」


「え?」


「どうかしたん?」


「え? おわり?」


「クリアやよ」


 ここまで僅か10分ほど。

 そのあまりにも鮮やかな全面クリアに、たえ浅海あさみは言葉を無くした。


「これやったことあるやつやもん。せっかくやから、やったことないゲームもやりたいなぁ」


「う……うん、今度はえりもやったことないやつ、やろう!」


「そうですねぇ。どうせならもっと長く遊べるゲームがいいですね」


 たえはスマホを取り出し、どこかへSNSのメッセージを送る。

 すぐに帰ってきたメッセージにスタンプを一つ返すと、彼女はカセットの箱から満を持して黒いカセットを取り出した。


「おじさんに聞きました! 長く遊べる、ファミコンの名作! 次はこれです!」


 黒いカセットには竜と戦う戦士の柄が描かれている。

 たえは電源も切らずにスーパーマリオのカセットを引き抜こうとして絵里に止められた。


「たえちゃん、説明書に書いてあったんやけどな、カセットを抜く時は電源切るんやて。ほんでな、このレバー押して、カセット抜くんよ」


 パチン。

 カシャ。


 正しい手順で(本来ならばリセットボタンを押しながら電源を切るのが正しいのだが、誰もやっていないだろうからここでは省く)カセットが抜かれ、スーパーマリオは箱に納められる。

 たえは次の黒いカセットをファミコンに入れると、電源スイッチをスライドさせた。


 真っ暗な画面。


 すぐに始まるあの荘厳なマーチの前奏。


 画面に表示された「DRAGON QUEST」の文字を見て、3人は「「「おお~!!」」」と歓声を上げた。

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