初めてのRPG! ドラゴンクエスト(FC)
第04話「なまえを いれてください」
マリオとは違い、ビリジアンを基調とした落ち着いた画面。
8bitながらもピコピコせず、重厚に奏でられるタイトルミュージック。
「ええ音楽やねぇ、うちこれ好きやなぁ」
「ですねぇ」
絵里がにこにこと音楽を聴いている姿を見て、
しかし、スーパーマリオで一人だけ1-1面をクリアできなかったうっぷんを抱える
『なまえを いれてください』
相変わらず黒い画面に50音分のひらがなと共にそんなメッセージが表示される。
「なにこれ?」
ゲームがなかなか始まらないことに少しイラっとした様子で、浅海はAボタンを連打した。
画面では次々と文字が選択され、4文字分あった「*」は次々と「あ」に変わって行き、任と絵里が止める間もなく、勇者の名前は「ああああ」に決定してしまう。
無情にも画面は次のシーンへと進み、王様が「おお、ああああ! ゆうしゃロトのちをひくものよ! そなたのくるのをまっておったぞ!」などと話し始めた。
「あさみちゃん! だめです! ちゃんと名前を付けてあげましょう!」
「そうやねぇ、『勇者ああああ』って王様も呼びにくいんやないかなぁ」
「えー? いいじゃん名前なんか適当でさー」
「だって長いゲームなんですよ? もっと気持ちのこもった名前にしたいです」
「ほんとやねぇ」
「長いったって、どうせ1~2時間じゃないの?」
「それはそうかも知れないですけど……」
「あんな、あさみちゃん、たえちゃん。結構長いゲームだとな、途中でセーブして何日も何か月も遊べたりするんよ」
「そうなんですか?!」
「そんなにかかんの?!」
今までアクションや音ゲーくらいしかやったことのない任と浅海は、ほぼ同時に同じような反応を示す。
しかし、その表情は真逆だった。
そんなに長く遊べるんだと言う喜びの表情を浮かべる任と、そんなに長いのはめんどくさそうだと言う表情の浅海。
2人に向かってにっこりとほほ笑んだ絵里は、さも当然のようにリセットボタンを押した。
「名前は『たえ』にしとくよ~」
浅海から取り返したコントローラーで文字を拾う絵里の言葉に反応して、任は真剣な顔でその手を押しとどめる。
「勇者は男の子ですよ?」
「せやねぇ」
「だったらやっぱり勇者らしい男の子の名前にするべきです」
「せやけど、男の子の名前って難しいねぇ」
「そうだなぁ。たえ、たとえばどんな名前?」
「え……? わたる……とか」
自分で名前を提案しておいて、任は突然耳まで真っ赤になる。
それを見てニヤァっと悪そうな笑みを浮かべた浅海は、「ほっほ~ん?」と任の顔に頬を寄せた。
「それってさぁ、
「ち……ちが! ……あの……一般論としてですね!」
「たえはああ言うチャラいのが好みだったか~。意外だな~」
「チャラくないですよ!」
「ほっほ~ん?」
「い……いえ、一般論としてですね……」
正座して、自分のスカートの裾を握りしめ、視線を落として顔を赤くする
浅海は「ほっほ~ん?」「ほっほ~ん?」と落ち着きなく動き回りながら、任の顔を覗き込んでいた。
そんな2人を放置して、絵里は勇者に「わたる」と名前を付ける。
「できたよ~」
そのままゲームを進め、王様から「おお、わたる! ゆうしゃロトのちをひくものよ! そなたのくるのをまっておったぞ!」と言われるところで、それを朗読した。
「でたぁ~! 勇者
一人爆笑しながら浅海は任の肩をポンポンと叩く。
任はまだ頬を赤く染めながら、ちょっと涙目になっていた。
「……あさみちゃん、そんなに勇者わたるがおもしろかったん?」
「え? あぁ、ノリじゃんノリ、じょーだんだって。ね、たえ?」
「うちそう言う冗談好きやないなぁ」
小さくため息をつきながら、絵里はまたリセットボタンを押す。すぐに名前入力画面へと進み、「ひ」「て」「゛」「あ」まで入力して「あぁ、あかん」とつぶやいた。
「ごめんなぁ、あさみちゃん。『英明』って入れよ思たんやけど、濁点も1文字に数えられるから入りきらんかったわぁ」
今度は浅海が顔を赤くする番だった。
涙目だった
「英明くんって、軽音部のですか? 吉澤ひで――」
「――わー! わー!」
「チャラさで言うたら圧勝やんなぁ」
「わー! ごめーん! もう言わないから許して~、たえ~、えり~」
顔を真っ赤にして謝っているのに、それはそれで楽しそうにも見える顔で任と絵里の腰にすがりつき、3人はラグの上にころんと転がる。
それぞれに小さな悲鳴を上げて笑い、起き上がると、任はコントローラーを握った。
もうすでに彼女たちの表情はいつもの笑顔に戻って居る。
「さーて、名前は何にしましょうか?」
「なんでもいーよ、名前なんて。適当に決めて早くゲームすすめようよ」
もうさっきまでの微妙な雰囲気は微塵も残っていない様子で3人は首をひねる。
勇者らしくて、呼びやすい、男の子の名前。
ちょっと悩んだ末に、絵里は「ほんならさー」と笑顔で首を傾けた。
「たけるにせぇへん? なんや顔も似てる気ぃするしー」
「おお、たける! いいね」
「
任は弟の顔を思い浮かべてちょっと笑う。紆余曲折あったドラゴンクエストも、これでやっと本編を進められる状況になった。
『――では また あおう! ゆうしゃ たけるよ!』
とりあえず王様の話は終わり、同時に絵里の朗読も終わる。
画面にはただ今までと同じ城のシーンが表示されていて、そこから何かが始まる気配は全く無かった。
「これ……何をすればいいんでしょう?」
「りゅうおう? ってのを倒すんでしょ? 早く行こうよ」
「せやねぇ。今の話やと『りゅうおう』を倒して『ひかりのたま』を取り返すんが目的みたいやねぇ」
浅海に促され、任はコントローラーを操作して勇者たけるを扉の前まで移動させる。
そのまま扉を抜けようとした勇者は、「ドゥ」と言う痛そうな音をたてて、ドアにぶつかった。
「はわわ! 王様の前なのに尊! はずかしい!」
「あはは、たえがぶつけたんじゃん」
「ボタンで開けなあかんのやないかなぁ」
なるほどと納得した任がAボタンを押すと、画面には白い枠に囲まれた黒いウィンドウが表示される。
「あった! とびらって書いてあります!」
喜び勇んで『とびら』メニューを選択すると、そこにもう一つのメニューが開かれ『きた、にし、ひがし、みなみ』の表示が現れた。
日本の学校教育を受けたものの常識として、画面下はたぶん南だ。
任は『みなみ』を選択し、恐る恐るボタンを押した。
「あー『かぎをもっていない!』やて」
「どうしようえりちゃん! 出られないですよ!」
「落ち着けたえ! きっとあれだ! お城は上品なところだから、ドアマンに開けてもらわなきゃダメなんだよ!」
「ほなドアマンの人と話してみよぉ」
さっきの『とびら』で操作を覚えた任は、メニューから『はなす』を選び『にし』を選択する。
しかし、彼女たちの思惑とは裏腹に、城の兵士はドアを開けてはくれなかった。
城を出たら隣の町で武器や防具を買い揃えろとか、傷ついたら宿屋で回復しろとか色々と重要なことを話してくれる親切な兵士だったのだが、今の3人にとってそんなことは無意味だ。
この兵士の言葉は無視され、無駄なことを話す無能なドアマンと断定された。
「……いやー、ドヤ顔で『このお城を出ると』なんて言われてもなぁ。この部屋すら出られないんだよ?」
「あさみちゃん、慌てないでください。今度は反対側のドアマンに聞いてみましょう」
当然ながらドアマンではないこちらの兵士もドアは開けてくれない。
しかし、隣の兵士とは違いもっと直接的に今現在の問題への回答を話してくれた。
「たからのはこ……? あ、宝箱勝手にとってええのん?」
「そういえば王様が『たからのはこを とるがよい』とか言ってました!」
「よし! それだ! 宝箱とればこのステージもクリアだよ! 行け! たえ!」
「うん! 行きます!」
何度も王様や壁に「ドゥ」「ドゥ」とぶつかりながら、勇者たけるは『たいまつ』『120G』『まほうのかぎ』を手に入れる。
せっかくなのでウロウロしている兵士にも話を聞いてローラ姫のうわさも聞き、ついにドアを開けた彼女たちは意気揚々と階段の上まで移動した。
……が、さすがFC版ドラゴンクエスト。
ただ階段の上に載っただけでは何も起こらない。
「……階段じゃないんですかね? 何も起こりませんよ……?」
「くそぉ、このステージは謎が多すぎる……。このゲーム難しいよ」
「しらべてみたらええんやないかなぁ」
絵里にそう言われ、もうすでに慣れたものである任は、ボタンを押しコマンドメニューを開く。
そこから『しらべる』を選択しようとしたとき、浅海が素っ頓狂な声を上げた。
「あ! ストップ! すとーっぷ! ここ! ほら! 『かいだん』って書いてあるじゃん!」
「ほんまやわぁ」
「あさみちゃんすごい!」
偶然見つけた『かいだん』メニューを意気揚々と選択すると、「ザッザッザッ」と言う階段を移動する音と共に画面は暗転する。
そこに広がったのは、先ほどの王の間とは比べ物にならないくらいに広い、ラダトーム城の1階だった。
「やったー! 1面クリアー!」
根本から間違っている浅海の声と共に勇者たけるの冒険はやっと始まる。
それはドラゴンクエストを開始してから20分後の出来事だった。
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