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 すべての授業が終わった私は、早足で校門から出る。駅へ急ぎながら文女ちゃんに電話をかけ、最終確認を行った。

 文女ちゃんが痴漢されたら、文女ちゃんが私のお尻を掴む。それを痴漢がいる合図として、次の駅に着いたら文女ちゃんが周囲に痴漢されてることを大声で報せる。これで周りの動きを止めることができる。その際文女ちゃんは、犯人の腕を離さないように掴んでもらう。私が人込みを掻き分けて犯人をホームに引っ張り出し、どんなことをしても引き留めて駅員に突き出す――これが文女ちゃんの作戦である。

 帰宅ラッシュの電車内は学校や会社帰りの人たちでひしめき合っていた。

 私たちは昨日と同じようにして立ち、犯人からの襲来を待った。

 電車のドアが閉まり、定刻通り出発する。

 それから4駅過ぎてもなんの変化も起きなかった。あと、2駅通過すれば下車する駅に到着する。降りなければならない。しかし昨日、文女ちゃんが、


「明日犯人を捕まえてやる。奴は必ず仕掛けてくるに違いない」


 と、断言していたので、私も終点まで付き合う意志を固めたのだった。

 ぼーっと行き交う人たちの乗降を眺める。次の次で本当は降りる駅だなぁ。なんて頭の隅で考えているとドアが閉まり出発する。直後、跳び上がるほどの痛みがお尻から送られてきた。犯人が動き出したんだね。首をわずかに後ろに回し、目の端で文女ちゃんを見る。文女ちゃんはわずかにうなずくような仕草をした。

 頭の中で流れをシミュレートする。次の駅までの間に、緊張でこわばる体をなるべく自然体に近づけるように心がけることにした。

 大丈夫。きっとやり遂げて見せるから!

 そうこうしてるうちに電車が次の駅のホームに滑り込んだ。ドアが開かれる瞬間――


「きゃ―――っ! この人痴漢です!」


 文女ちゃんの悲鳴が電車内に響き渡った。ドアが開いたのにも関わらず乗客は誰ひとりとして降りなかった。みんな金縛りにあったかのように動きを止め、目だけ動かして周囲を探ってるみたいだ。男性の中には両手を上げている人もいた。誰も降りてないといことは犯人も降りてない。私は乗客を掻き分け、文女ちゃんが掴んだ犯人を確認すると、有無を言わさず引きずり降ろし、ホームに転がした。


「何すんだこのクソアマ!」


 男は今にも襲いかかってきそうだ。一瞬ひるみかけたけど、守る人を思えば怒りにほうがまさった。


「ハァ? あの娘この体を触っといて、何言ってくれてんの。このドグサレ変態野郎!」


 普段学校で使っている言葉遣いに切り換えた。ワルじゃないのにワルっぽい見た目をしているから、友達のチカに指摘されて改めたのである。この場合は改善じゃなくて改悪ではあるけど。


「なんだと? テメェなんかビッチ風情ふぜいのアバズレのクセに。ナメた口利いてんじゃねーぞ!」

「女の体をコソコソ触る割には一丁前の威勢だな。さっさと罪を認めてあの娘に謝んな!」

「触ってねーよ。証拠があるなら出してみやがれってんだ!」

「あるよ。アンタの手を見てみな」


 男の手の手首辺りから血が出ていた。どうやら文女ちゃんが爪で傷をつけていたらしい。痴漢を絶対に許さない気持ちがそうさせたのだろう。


「あの娘の爪にまだ血が残ってるはずさ。どうだい、ここまで言えば馬鹿な脳みそでも理解がつくんじゃないの。あとは繊維片せんいへんがアンタの手から出てくれば、終わりだね」

「ハン、残念だったな。俺は太ももを直にしか触ってないから、俺の手からスカートの繊維なんか出ねえよ」

「残念なのはテメェの頭だよ。たった今犯行認めたな」


 男の顔が苦々しく歪む。


「この、クソアマが―――ッ!」


 素早く立ち上がって襲いかかってくる男。私は男の腕を両手で抱え、肩に担いで体を沈めて投げ飛ばした。

 呆然と目をパチクリさせている男に顔を近づける。


「今度そのツラ見せやがったら、タダじゃすまさねぇからな!」


 自分でも引くぐらいドスの利いた声が出てしまった。男の顔は恐怖で引きつり、間もなくやってきた数人の駅員にしょっ引かれていった。

 ふうっと安堵の息をついていると、周りから拍手や歓声が沸き起こった。

 何がなんだかわからずにたたずんでいると、文女ちゃんが降りてきて抱き着いたので私も背中手に回した。

 黄色い声やらヤジが飛ぶ中、電車が出発するまでそうしていた。


「あの、いつまでこうしてればいいの?」


 スイッチの切れた私が弱々しく問いかける。口では威勢のいいことを言ってた文女ちゃんだったけど、やっぱり痴漢は怖かったらしく、小刻みに震えている。昨日の別れ際からは想像できないしおらしい声が漏れた。


「私がいいって言うまでよ」


 今度は戸惑いもなく、強く抱きしめた。

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