戦列兵機バトルコート

月下ゆずりは

第1話 マーチ!

 一面の赤い荒地が広がっていた。

 岩に乗った砂が振動で落ちる。否、それは震動であった。地震だろうか。違った。地震にしては周期が短すぎる。それは、何者かが生じる動作が重なって起きた事象であった。

 荒地を走る機械のような虫のような物体が、それを見て一目散に逃げ出していった。

 赤い鉄分の多い砂地。地平線に、雲霞の如く赤い物体が闊歩していた。


 赤い装束を纏った金属製の兵士が、足並みを揃えて行進していた。

 全長にして10mを上回っているだろうか。地平線を埋め尽くさんばかりの数万もの兵士が、真っ直ぐ行進していた。帽子を彷彿とさせる形状の頭部に間抜けさを感じさせるくりくりとしたカメラ装置を一対備え、人が着込むコートのような形状の装甲を纏った兵士達が、ひたすら突き進んでいた。右肩には身の丈程もあろうかという長大な銃を担いでいた。

 兵士達の合間には砲に足を生やしたようなさなかがカブトムシのような機械が歩んでいた。頭部に設けられた砲というには馬鹿馬鹿しい巨砲を、天に向けている。


 対するは、漆黒の装束の上に装甲を貼り付けたような、鬼を彷彿とさせる軍勢であった。いずれも銃を携えており、音楽に合わせて行進している。


 両者のカブトムシ型の砲兵が足を止めると、アンカーを大地に突き刺し、一斉に砲を放つ。光り輝くプラズマ弾が放物線を描きながら行軍の最中へと飛び込んでいく。兵士数人が纏めて吹き飛び、余波で隊列が突き崩される。だがすぐに、列を埋めるべく背後から別の兵士が進み出て、一糸乱れぬ行進を続けていた。

 同様に、赤い軍勢――さしずめレッドコートの砲兵が、プラズマ弾を放つ。白の軍勢の最中に着弾する。大地を抉るどころか、蒸発させる。クレーターに転げた兵士をものともせず、後列の兵士が屍乗り越えて突き進む。

 両者の距離が数百mにも接近したところだろうか。人間同士の戦いならば遠すぎる距離でも、10mを越える体躯の兵士にとっては目と鼻の先に等しい。白の軍団が一斉に小銃を構えた。

 よく見ればわかるだろう。レッドコートの軍勢に、一機だけ装いが異なる機体が混ざっていることを。

 ウェディングベールをかぶせた様な優美な頭部。ドレスコートのような美しい造形をした、機体だった。ヒールを履いたような脚部は戦場あるまじき線の細さをしていた。そしてあろうことか、その機体は武器をもっていなかった。

 胸に太鼓――にしては大きすぎる――を抱え、背中には金管楽器数種類を結婚させて生まれた子供を仕立て上げましたというような物体をつけていた。銃どころかナイフ一本さえ持っていないようだった。

 頭部のヴェールが稼動する。するすると側面へと滑っていくと、操縦席らしき場所が二つに割れて内側から台がせり出てきた。赤いドレスを着込んだ女の子がにんまりと壮絶な笑みを浮かべて戦場を見つめていた。


「おお、今日も盛況でありますなあ」


 女の子が呟く傍らで、白の軍勢が一斉に銃を発射した。銃身が白熱。銃口が光った次の瞬間には、紅蓮の光線が戦列の前列へと突き刺さっていた。その数実に数千発。ある光線は空へ逸れ、ある光線は地面へ。命中精度は恐ろしく悪かった。

 だが、命中した兵士は文字通り上半身を吹き飛ばされていたし、足を失い地面でもがくものも少なくは無かった。

 白の軍団前列が装填に入る。強制排気装置が濛々と蒸気を吹く傍らで、淡々と棒を差し込み再装填。

 再装填の隙間を埋めるべく、後列が進み出る。


「狙え!」


 朗々と空に甲高い声が響いた。白の軍勢の真正面最前列に二つの角を生やした武者が仁王立ちをしていた。

 背中に旗を差し、両腰に刀をぶら下げた異形であった。軽装甲のみを頼りに進撃する兵士とは異なり、堅牢な装甲を纏っていた。そして、頭部の上には戦装束に身を包んだ乙女が腕を組んで号令をしていた。

 兵士――もとい、兵士の姿をかたどった兵器達が、一斉に照準をつける。ロボットのように、しかし、狙いをつける速度や、構え方には固体固体で誤差があった。


「撃てぇっ!」


 白の軍勢、第二射を実施。

 赤の壁が一斉に倒れるも、動じる気配は無い。

 赤いドレスを纏った乙女はにやけ顔を隠そうともせず、腰のサーベルを掲げた。すると、ドラムと金管楽器を鳴らしていた紅蓮色の機体が、太鼓を叩く片手はそのまま、もう片方の手で旗を掲げて見せた。大地に穿たれた巨大なクレーターをモチーフにした旗であった。


「Make ready!」


 赤の軍団の先頭列がマスケット銃で槍衾を作り上げた。


「present!」


 矛先が敵を狙う。実に数千数万の軍勢が一糸乱れぬ照準を行った。


「Fire!」


 次の瞬間一斉に光芒の弾幕が形成された。たまらず最前列が崩れ落ちる。どよめいた白の軍勢を見た少女は、高らかにサーベルを掲げて見せた。武装を振りかざす操縦者の動きとは裏腹に絢爛なドレス姿の巨大な姿はクレーターのシンボルを抱いた軍旗を掲げていた。


「銃剣装着確認! 全軍突撃!」


 赤服を纏った軍勢が一糸乱れぬ行動を開始した。味方の屍を踏み越えて、大地を踏み鳴らして、乙女が振る旗の元に津波となって雪崩れ込んでいく。それらは命を持たぬ機械の軍勢であるが、鬨の声を上げて大地を揺るがす様はもはや一個の生命であった。

 白の軍勢を指揮する漆黒の鎧武者の頭部で乙女が歯軋りをしていた。


「おのれ………! 吾の距離であるぞ!」


 黒髪を垂らした乙女は大声を張り上げると、腰にぶら下げた二振りを抜き、片方の切っ先を赤いドレスの乙女へと向けた。


「申し訳ないでありますなぁ! 蹂躙するでありますよ!」

「猪口才な!」


 漆黒の武者が同様に腰の武器を抜いた。踏み込み。モーセの十戒の如く進路を空けた味方の戦陣を一直線に滑走する。

 目にも留まらぬ一閃、遅れて頭部を目掛けて放たれる電撃的な刺突はしかし優美な赤いドレス姿の機体が振った軍旗の柄で挫かれていた。


「相変わらず富嶽ちゃんはせっかちでありますなぁ!」

「ちゃんをつけるな! クリーシェ!」

「はっはっは! 果し合いもいいでありますが我が愛する兵士たちに任せて、私は音を奏でることとしましょう!」


 赤い機体の両目が不気味に輝いた。軍旗が振られる。丁度、漆黒の武者の視界をさえぎる様に。

 富嶽と呼ばれた乙女が気が付いたときには数十名の赤い兵士たちが膝を付きビームマスケットを構えているところだった。

 クリーシェと呼ばれた乙女は機体胸部のさしずめお立ち台の上でサーベルを鞘に収めて金管楽器を担いで見せた。ベルトを肩に回して音を奏でる。

 武器を持たぬ巨人の役割はすなわち指揮だった。声をあげての指揮ではなく、旗を振り、音楽を奏でて軍団を導いていたのだ。あろうことかビーム飛び交う戦場で。


「突撃! 突撃!」


 クリーシェが号令を放てば、負けじと富嶽も声を張り上げる。


「遅れをとるな! 吾の後に続け!」


 怒号。機械油の散る戦場の頭上を一際明るい星が照らし出した。

 それはきらりと青空を舐めるように横切っていき――落ちた。

 一瞬静まり返る戦場で真っ先に正気きょうきを取り戻したのはクリーシェであった。


「あれは我が拠点の方角……面妖な流れ星もあったものでありますなぁ! 皆、敵がひるんだ今が好機! 突っ込め!」


 クリーシェはここで蛮勇をこれでもかと発揮して見せた。武器も無いのに単身敵陣に切り込んでいくということを。






「損傷を確認しろ」

『…………』

「デ、デイジー・ベル。ごめんなさい僕が悪かった』

『よろしい』


 墜落地点では一人の男が頭を抱えていた。

 巨大なクレーターの中心部に黒こげた物体が擱座していたのだった。

 どうしてこんなことになったのか。ことの始まりは欲張って大型貨物を運搬していたことにあるのだろう。銀河連邦において運送業を営むマーズ・ラックはだらだらと血の滴る額を手で押さえて一人悶絶していた。


「ぐ、ぐ、ぐぐぐ………大損だ………どうしてこうなった」

『それはあなたの行動にあるかと思われますが』


 情け容赦ない相棒の言葉にマーズは口内の不快な酸味を流し込むべく水を一口含んだ。


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