第1話
白のTシャツ、黒のスキニー、今年流行りの刺繍入りデニムジャケットに身を包み、503号室の鍵を閉めた。
外に出ると隣の公園から桜の香りと共に花びらが舞ってきた。
満開を通り越した桜の木々は、辺り一面を桜色に染め上げていた。
「何気この景色が一番好きだったり〜。」
寝坊したことなどとうに忘れ、美しい景色に足を弾ませた。
軽快にステップを踏んでいると突然後ろから声を掛けられる。
「あら!雪ちゃん!」
独特な昭和のおばちゃんパーマ、噂話の塊で出来たような胡散臭い顔。
「あ、上の階の山本さん、はは。」
わたしは咄嗟に顔を引き攣らせた。
この人に捕まったらいつ解放されるか分からぬぞ……。
「雪ちゃん、変質者の話聞いたかしら?」
「へ、変質者!?」
「今朝から、腕から血を流した虚ろな目の男が彷徨いてるらしいのよ!」
304号室のおじいさんが徘徊してるとかお隣のおじさんの盆栽が枯れたとかどうでもいい情報だと思ったら、今回はとんでもない情報が飛び出したぞ。
「おばさん怖くて怖くて!雪ちゃんも気をつけて登校するのよ?」
「あ、ありがとうございます。」
もう一度怖い怖いと言いながら山本さんはマンションに戻っていった。
「怖いのに外にいたのか…。」
わたしは苦笑いを浮かべ辺りを見渡した。
さっきと変わらず公園の桜は美しく花びらを漂わせている。
「なるべく近道で学校行ったほうがいいかな。」
わたしは小走りに公園を駆け抜けようとした。
しかし近道は間違いだったと気付かされる。
出入り付近の茂みに一人の男が座り込んでいるではないか。
ちょ!がびーん!変質者ああああん!
関わらない方が絶対良い!今日はもう帰ろう!
わたしは見て見ぬ振りをし、ぐりんと向きを変え走り出そうとした。
しかし、さっきの山本さんの言葉がふと頭を過ぎる。
「腕から血を流した……。」
ちらっと男の方を見ると、その男は腕を抑えうずくまっている。
前髪が顔にかかり表情は見えないが苦しそうだ。
怪我人相手だったら、ほんとに変質者でも何とかなるかも。
自分でも嫌なお節介魂が発動する。
「あ…あのう……。大丈夫です?」
「っ!?」
恐る恐る話しかけると男は驚いたのか、私と距離を取った。
「来るな!」
「は?」
「ここはどこだ、お前は誰だ、おれを殺すつもりか?」
男は射抜くように鋭い視線をわたしにぶつける。
今まで見たことない冷たい視線に思わず腰を抜かしてしまった。
「ころすなんて滅相もございません!ただ怪我をしているようだったから」
震える声をなんとか絞り出す。
少しの沈黙のあと、男が声を出した。
「女性…?」
「え?」
「ごっごめんなさい!おれは女性に何てことを!ああ!脚を擦りむいている!応急処置をしなければ!」
さっきまで刃のような目をしていた男が突然あたふたと泣きそうな表情を浮かべている。
「わたしは大丈夫です。それよりあなたは…。」
「お!おれは大丈夫です!」
鋭い視線は無くなったものの警戒心は丸出しだ。
男をよく見ると軍服?のようなものを身にまとっている。
コスプレ……??
危険な人では無さそうだけど、変質者には間違いないのかも…。
怪我だけでも手当しないと…。
「先ほどの質問に答えます。ここは日本です。わたしは佐伯雪。学生です。」
ノラ猫を相手にするように男と視線を合わせる。
「まずその腕、手当しましょう。」
わたしは無理やり男の手を取り、マンションへ戻った。
ガラス玉のキセキ ririto @pumpkinCANDY
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