わたしはトキ、仲間を探しているの

にゃるら

わたしの仲間

 深く暗い森のなかで人型へ生まれ変わったトキは、歓喜と絶望を同時に覚えた。

 喜んだのは、自慢だった美しい羽根の純白と自身の名を冠した朱鷺色を基調とした「フレンズ」になったこと。頭部に生えた二枚の羽根でスカートを翻し優雅に空を舞えること。

 哀しんだのは、新しい姿では上手く歌えないこと。何より自分の種族は既に絶滅の危機にあると獣の直感で理解したこと。


「わたしはトキ 仲間を探しているの どこに居るのわたしの仲間」

 ──ああ仲間……。

 険しい高山に囲まれた冷たい鉄の塊の上で、孤独な歌声がこだまする。まだ新しい身体に慣れていない彼女の歌は、誰にも届かず虚しく空中に消えていく。

 その姿を憐れに思ったのか、数匹の小鳥が近くの鉄骨で羽休めを始めた。トキが手を伸ばしても逃げる素振りを見せない。

 ──もしかして、わたしのファン? 

 ……そんな訳ないわね。元は同じ鳥類とはいえ、今は動物とフレンズという壁がある。その事実を裏付けるかのように、彼らは掌から飛び去って行く。群れをなして空へ消える姿は彼女の孤独感を煽った。絶滅種の証である光の消えた瞳の奥に、皮肉な程に青い空の色だけが残る。

 そんな時だった。視界の端に二つ影が見えた。フレンズが二匹いる。あの人達なら仲間について知っているかもしれない。淡い予感を胸に抱い影の下へ降り立つ。

「わたしはトキ 仲間を探しているの……」

 久々にフレンズに巡り会えた喜びを歌で表現しながら、鞄を背負ったフレンズと大きな黄色い耳のフレンズに近づいた。こんにちは。初めまして。わたしはトキ。わたしの歌、どうだった?

 黄色い耳のフレンズは顔をしかめていたものの、鞄を背負った子が手を叩いて賛辞を送ってくれている。初めて感じた誰かに歌を聴いて貰える嬉しさに、トキは思わず微笑んだ。


「凄いですね! 飛んでる!」

 鞄を背負った子──かばんちゃんは不思議なフレンズだった。動物の生態に詳しく、音痴になった歌を褒めてくれる上に、わたしのファンを名乗ってくれる。トキに運ばれて空を飛んだ彼女はとても喜んだ。飛行が当たり前だったトキは、本来空が特別な空間であることを彼女を通して知った。

 ──大事なわたしのファン、落とさないようにしなくっちゃね。

 かばんちゃんに導かれた先には「ジャパリカフェ」と呼ばれる小屋があった。こんな辺鄙な立地だと、ただ上空を飛んでいるだけでは決して気づかなかっただろう。そっと扉を開く。

「いらっしゃい! ようこそ、ジャパリカフェへ~♪」

 小屋の奥で出迎えてくれたのは、訛りが特徴的なアルパカのフレンズ。来客への素直な歓びが、ふわっと揺れるクリーム色の綺麗な毛並みから見て取れる。

「待ってたよぉ! やっとお客さんが来てくれたよぉ、嬉しいな♪」

 店内にはこれまで客が来た跡が全く無い。同じく仲間をずっと待っているトキには、アルパカの明るい声色の裏に隠された寂寥感が伝わってくる気がした。それでも至って明るく接客する姿が彼女の強さと優しさを物語り、見ているだけで暖かい気持ちを覚える。きっと彼女の淹れる紅茶も暖かいのだろう。

「アルパカは、なんでここでカフェをやろうと思ったの?」

「ここって隣のちほーに行く時よく通るじゃない? この辺りで一休みできたらとても素敵だなーって」

 ……後はみんなに来てもらうだけだって思ってたんだけど、そのみんなが全然来ないんだよねぇ、と俯き気味に続ける。トキは彼女の言う「みんな」と自身が探している「仲間」が同義であることを察した。


 こんな素敵な店主の待つカフェに、客が来ないことを勿体無く思ったかばんちゃんのアイディアにより、小屋周りの草を毟ることになった。

「じゃあ、飛んでもらえますかー?」

 ある程度毟り終わると、かばんちゃんが二人に向かって叫んだ。

「わぁ、飛んでる、飛んでる~♪」

 トキが羽根を動かす度にアルパカが喜びの声を上げた。しがみつくアルパカを離さぬよう、しっかり抱きしめ浮上する。雲一つない青空に朱鷺色の羽根が冴える。

「あっ下見て。下!」

「すごい、すご~い! これなら気づいてくれるよぉ!」

 地上のかばんちゃんの姿が小さくなってきた頃、二人の視界に見えたのは毟った草の跡にできた大きなコーヒーカップのマークだった。これなら鳥類のフレンズが通れば気づける。昂奮したアルパカがクリーム色の頭を揺らしている。

 ──これで彼女は「みんな」と会えるのだろう。じゃあ、わたしの探す「仲間」は?


 タイミングよく黄色い大きな耳のフレンズ──サーバルもジャパリカフェへ辿り着いた。嬉しそうに紅茶を運ぶアルパカの姿に、もう孤独だった日々の陰はない。見晴らしの良い風景に囲まれながら、四人は幸せな時間を過ごす。

 カフェの紅茶を飲んだトキは一曲歌いたくなった。なぜか、今なら動物の頃のように綺麗な歌声を響かせられる確信があった。

「わたしはトキ 仲間を探しているの どこに居るのわたしの仲間~♪」

 ──ああ仲間……♪

「どうしたの? すっごく良い声になってる!」

 サーバルが褒めた通り、トキの歌は格段に透き通るようになっていた。これなら仲間も見つかるかもしれないと期待を抱く。

「さっき歌をうたうって言ってたから、喉に良いお茶淹れてみたんだぁ。身体も暖まって良い感じでしょ?」

 サーバルの疑問にアルパカが答える。その気配りと純粋な優しさに、感極まったトキが思わず彼女の手を取り、クリーム色の毛並みに隠れた宝石のように蒼い双眸を見つめ「わたし、ここに通う!」と宣言すると、普段は無表情な顔面を破顔させる。好意を素直に受け取ったアルパカは静かに微笑んだ。

 探していた「仲間」はまだ見つからないが、代わりに自分がアルパカの言う「みんな」の一人になれたことに暖かな感情が芽生える。

 問題が解決し、帰っていくかばんちゃんとサーバルを見送ると、残された二人のフレンズは自然と見つめ合い、笑った。


 大きなコーヒーカップの目印のおかげで、当初のアルパカの期待通りカフェは沢山のフレンズが寄る憩いの場となり、トキの仲間である鳥類のフレンズも休憩に来るようになった。

 客のピークを過ぎ、がらんどうになった店内の静寂を切り裂くように、窓をノックする音が響く。

「いらっしゃ~い、待ってたよぉ。いま紅茶を淹れるからねぇ~」

「紅茶は後でいいわ。それより、折角二人きりなんだから──」

 トキは奪い去るようにアルパカを捕まえると、そのまま朱鷺色の羽根を広げ空高く飛び上がる。

「わぁ~! いつ飛んでも空はいいねぇ~」

 空は鳥のフレンズだけが届く自由で特別な場所。流れる雲を突き抜け、二人は小さくなったジャパリカフェを見下ろす。

「良い気持ちね。一曲歌っていいかしら?」

「勿論いいよぉ~! いっぱい聴かせてにぇ!」

 青い空にトキの歌声が響く。前は仲間を探すためにうたった歌を、今は一人に聴かせるためだけに。

「やっぱり誰かに聴いて貰えるって良いわね」

「誰かじゃないよぉ、仲間だよぉ~」

 ──そうね、仲間ね。

 カフェを通して同種の仲間と出会えたトキは理解していた。種族の違いなどでなく、心から通じ合える関係もまた仲間であると。落とさぬよう強く抱き寄せた腕が熱い。トキの想いに答えるかのようにアルパカもぎゅっと抱き返した。

 図書館によれば、トキの種族は一生相手と連れ添うと言われている。きっとこのぬくもりを離さないだろう。二人は大きなコーヒーカップに向かってゆっくり下降していった。

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わたしはトキ、仲間を探しているの にゃるら @nyalra

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