第16話 オムライスと鯖味噌定食

近頃、隣の席の男の調子が良い。



アポをガンガン入れている気がするのは、お昼を共にする頻度が減ったからだ。


ひょろっとした同期の、チャラそうな男である芦谷は、瀬川に連絡先を教える数日前から仕事の調子が良かった。

今日なんて朝から客先へ直行である。


瀬川とは1度は会っているようだが、口が軽そうに見えて堅い芦谷は、こちらから聞かないと教えてくれない。







ブブッ




プライベート用のスマホが短くバイブを鳴らす。


その音で、時刻が既に昼の12時を回っていたことに気が付き、ご飯は何を食べようかとのびをしながら考えた。


トーモリの昼は基本外食だが、特定の食べ物がとても食べたい、という気持ちになることがほぼないため、誘う相手がいない場合は決まって近場の立ち食い蕎麦屋に行く。


その誘える相手というのも限られ、芦谷と社内でグルメマンと呼ばれている後輩の篠池の他に、片手で足りるくらいしかいない。

社内での人間関係はおおむね良好だが、上司はデスク派が多いので誘われず、何より芦谷と昼の行動を共にしすぎたせいで、後輩との距離感を測りかねているのが問題だと考え、何とか修復しようと画策するのだが成功した試しはなかった。


バイブがなったスマホを手にすると、メッセージが表示された。






短いメッセージを読んで、それよりも短く返す。

だらだら文章を打ったり、絵文字や顔文字をつけるのは苦手だった。



すぐさま返事があり、それに目を通して席を立つ。





今日は雨じゃない。





それだけで足取りが軽くなった気がする。













指定された店につき、入り口で立っていると、名字を呼ばれてふと顔をあげた。


「ごめんなさい、待ちました?」

「いや、今ついたばっかりだから。」

「そうですか…?とりあえず入りましょうか。」


小さな背中について店内へ入る。

艶のあるショートヘアが綺麗にまとまっている、その後ろ姿がなんだか新鮮で、席につくまで何気なくその髪を見つめていた。





「席、空いててよかった。」

「そうだね。」



新しくオープンした定食屋。

細い路地を進んだところにあり、気付きにくい立地のため、穴場感がある。

店内はテーブルとカウンター席を合わせて15席程度で、自分たちが席につくと満席となった。




「いらっしゃいませ。お水失礼します。本日の日替わり定食は豚のしょうが焼きです。お決まりになりましたらお声掛け下さい。」



ホールの女性はこちらに近付いて、にこやかに声をかけてきた。

水の入ったグラスを置き、テーブルの上のメニュー表の、『日替わり定食』の文字を指しながら、それが『豚のしょうが焼き』であると告げる。


白を基調としたシンプルな空間に、温もりを感じる木のテーブルと椅子。

ホールの女性の制服も、白地にアクセントカラーで黄緑や薄い茶色が使われており、全体的に優しい色合いで統一されていた。

胸元のワンポイントにはスプーンやフォーク、皿といった食器のイラストがあるのが可愛らしい。

 


つまりは男一人ではなんとなく入りにくい店なのである。




「よく見つけたね。」

「私、発掘するの好きなんです。」

「結構外で食べてるの?」

「そうですね…週3くらいかなあ。東森さんこそ毎回外食してそうですけど。」

「そうだね、週5くらい。」

「あはは、平日毎日じゃないですか、それ~。」

「コンビニで弁当買うより、近くの立ち食い蕎麦にいく方が安いんだよね。」

「まあ男の人だし、食べますもんね。」

「そうそう。」




グラスの水を一口飲む。

トーモリに緊張はなかったが、会話が一旦切れると、相手はちょっとそわそわした。



「急にお誘いしちゃいましたけど、お仕事大丈夫でした?」

「ああ、大丈夫。気にしないで。今日は瀬川と一緒じゃないんだ?」

「紫乃は月末月初忙しいんですよ。同じ部署なんですけど、やってることは違うので、多分今頃片手間にサンドイッチです。」






トーモリを誘った相手は、瀬川と同じ職場の女性である。

以前芦谷と行った店でばったり出くわした瀬川と一緒にいた女性で、三田さんという。


瀬川の連絡先を教えていいか尋ねたタイミングで、三田さんにトーモリの連絡先を教えていいかと聞かれたので、構わない、と答えたところから繋がった。




トーモリは仕事柄、連絡が来たら早めに返すのが癖になっている。手短に、用件が伝わるように。

だらだら続けるのが嫌なタイプでもある。

なので瀬川のサバサバ感には好感が持てる。



三田さんは瀬川とは真逆だ。




最初こそ質問が多く、だらだら続けている感じが否めなかったが、それも2、3日すると話を切り上げてきた。


苦手なタイプかもしれないと思っていたトーモリは一旦やりとりが切れてほっとしたのだが、今度は瀬川から、3人で飲もうと声をかけてきた。




瀬川がいるならまあいいかと、了承して3日後、飲み会は行われた。






そこで乾杯もそこそこに、三田さんの謝罪が始まった。







・質問攻めですいません

・話を切ったらそこで終わっちゃうと思ってしまって、ほんとすいません

・紫乃とか他の友達とはなんとなく毎日やりとりしてるので、つい同じ感覚でしてしまいました、もうなんと言っていいか





…主にこの3点を伝えたかったらしい。



何よりも驚いたのは三田さんの勢いである。

客を怒らせた後輩が『東森さんどうしよう』とあわあわしながら寄ってきて慰めとアドバイスを貰おうと懺悔している姿に似ている。


そして次に瀬川がだらだらやりとりをする、ということに驚いた。

あのサバサバの瀬川が。



つい、『こっちこそ冷たくなって申し訳なかった』の謝罪のあとすぐに尋ねてしまった。



『同じ職場の瀬川とも毎日するの?』



謝罪がやや疎かになってしまった感は否めない。





すると、瀬川から返事が。


『女ってそんなもんだよ。普通。』




冷たい目ではなかったと、安心するトーモリ。

一瞬怒らせたかと思った。


『いや、そういうの苦手そうだと思ってた。』

『私は平気。でも1日1、2通しか返さないけどね。』

『あ、そんなもんなんだ。』

『律儀に読んだら即レスするから、面倒に感じるんじゃない?プライベートなやりとりなんて、のんびりでいいと思うけど。』




三田さんはちょっとしょんぼりしている。




『そーゆーやりとりにしたかったんだと思うけど、それもトーモリは嫌?』

『そんなことない、それでいいなら大丈夫…だと思う。』




三田さんは、ぱぁぁあっと明るくなった。

浮き沈みの激しい女性だと感じたが、喜怒哀楽に富んでいること自体は微笑ましい。


相手が内心どう考えているのかを読むのが苦手なトーモリは、深く考えなくてよいのだと失礼なことを思った。

一生声に出すことはないだろうが。





その飲み会からやりとりが続いている。


仕事が忙しい時は2、3日空けることもあったが、返事をするとちゃんと三田さんらしい文面が返ってくる。

心配性なのか、あちこちに気遣いが見受けられる。それが嬉しかった。

今は三田さんに対して良い印象が勝っている。




今回のランチで会うのは飲み会以来だ。



「じゃあ瀬川の分も美味しいもの食べよう。」

「ふふ、じゃあ私はオムライス定食~。」

「好きだねオムライス。んー、じゃあ俺はこれで。」



店員を呼んで、メニュー表を指差しながら伝える。

和洋中さまざまな定食のイラストが描かれていて、どれも美味しそうだった。

美味しかったら誰か誘ってまた来よう。三田さんでもいい。とにかく一人では入りにくいというのが残念ポイントだ。



仕事のことや、瀬川のこと、たいした話ではないが、定食が運ばれてくるまでの時間を苦痛なく過ごした。





そして、

「お待たせしました。」




身が厚めの鯖を使った鯖味噌定食が運ばれてきた。

湯気の立つ味噌汁も美味しそうだ。

そのすぐ後にオムライス定食が並び、とろとろの卵の山と、具だくさんのケチャップソースを見ると、あっちでもよかったなと思った。




三田さんはキラキラした目でオムライスを見ている。


それを見て、トーモリは自然と笑顔になった。


「「いただきます。」」








定食は、言わずもがな美味しかった。

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3階建てシェアハウスとその住人達 なむなむ @nam81

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