セルリアンハンターの重荷

がぶのしん

「セルリアンハンター」

 私たちセルリアンハンターは、他のフレンズさんたちとは少し違います。他のフレンズさんたちは、基本的には自らの体に適した環境の地方で過ごします。ですが、私たちセルアリアンハンターはそうした縄張りを持ちません。パーク内から通報があれば、それが雪山でも砂漠でも港でも、どの地方へも駆けつけます。それが私たちの仕事なのですから。


 今日、私たちはとある川のほとりで訓練をしています。今はヒグマさんがリカオンさんに稽古をつけています。私、キンシコウは今のところ二人の訓練を傍から眺めているだけなのですが……


「リカオン、ダメだそれじゃ。もう少し爪の強度を高めるんだ。でないと大きなセルリアンと遭遇した時に攻撃が通らないぞ」

「ええー……私はヒグマさんみたいな攻撃力がないんですよぉ。これぐらいで妥協しちゃダメですかぁ……?」

「ダメだダメだ! もう一回!」


 野生開放の力を一点に集中して、固いセルリアンにも爪や武器などの攻撃を通す練習をしているのですが、今日のヒグマさんはなんだか熱が入っています。

「ヒグマさん、今日の稽古はこれくらいにしませんか。リカオンさんだって疲れています。これ以上続けても効率が悪くなるだけですよ」

「そうっすよぉ……私はもうへとへとですー」

 その場にへたり込むリカオンさんを見て、ヒグマさんは腕を組んでしかめ面をしました。

「キンシコウまで情けないことを……! ふん、じゃあいい。いったん休憩だ」

そうして、ヒグマさんは独りで上流の方へ行ってしまいました。


 リカオンさんは、川の淵へ行って水をごくごく飲み始めました。

 私は、リカオンさんに話しかけました。

「お疲れさまです」

 リカオンさんは給水を済ませると、口を拭いながら言いました。

「いやあ、今日のヒグマさんは熱がこもってますねえ。私らも楽じゃないです」

「ヒグマさんは誰よりも責任感が強いですから、まだ気にしているんですよ、この前の……」

 すると、リカオンさんも顔を暗くしました。

「あれはだって……仕方がないじゃないですか……」

 私も、あの時のことを思い出すと胸が痛みます。

「……ですが、フレンズさんたちを救うのは私たちの仕事です。どんな状況であれ、フレンズさんたちを救えなかったのは私たちの実力不足です。特に、ヒグマさんはあの件で強く自分を責めているんですよ」

 リカオンさんと私は、ヒグマさんが去って行った上流の方を見つめます。


 あの事件が起きたのは、今からそう遠い昔の話ではありません……



*****




 私たちが通報を受けて駆けつけたのはサバンナ地方でした。

 サバンナ地方は、あまり大きなセルリアンが発生することがない比較的のどかな地方なのですが、その日は違うようでした。

 遠くからでもそれと分かる、巨大セルリアンが発生していました。サバンナ地方のフレンズたちは、普段見かけない巨大セルリアンを見て、大変取り乱していました。


 私たちが駆けつけたときにはもう、フレンズが1人、セルリアンに取り込まれていました。それで、彼女の友達たちが泣きながら言ったのです。

「私たちも協力するから、彼女を助けてあげて!」

と。


 実を言うと、一度取り込まれてしまうと即座に助け出さない限り助かる望みはほぼないのです。だから、彼女たちには一刻も早く避難してもらうのが正解なのでした。

 しかし、彼女たちの決死の表情を見て、ヒグマさんは思わずこう言ってしまったのです。

「分かった。みんなで一緒に、あいつを助けよう!」


 私とリカオンさんが囮になってセルリアンの注意を引き、取り込まれた子の友達2人が石を探します。そして、ヒグマさんが2人を守りつつ石を見つけたら即座にそこへ攻撃する算段でした。


 始め、私とリカオンさんはセルリアンの正面に立って攻撃を仕掛けました。無論致命傷は与えられずとも、十分に注意を引き付けることには成功していました。

 しかし、取り込まれたフレンズさんがセルリアンの体内に浮いているのを目撃して、彼女の友人2人が動揺し作戦を忘れてセルリアンに攻撃をしかけてしまったのです。

「返してよ! 私の友達を返して!」

「そうよ! 大切な友達なんだから、あんたなんかに絶対渡さない!」

 それで、セルリアンの注意はハンターではない彼女らに向きました。


「頭頂部に石があります!」

 セルリアンが頭の向きを変えると、それまで見えなかった頭のてっぺんに石があることに気が付きました。リカオンさんが叫んで、ヒグマさんに知らせます。

 ヒグマさんはセルリアンの注意が一般フレンズ2人に向いている今、彼女らの護衛に専念すべきか、それとも一気に石を狙い仕留めにかかるか少し迷ったようですが、すぐにセルリアンの頭頂部めがけて跳びかかりました。一気に勝負を決めるつもりです。

 が、攻撃は当たりましたが倒しきれず、逆にヒグマさんはセルリアンに弾かれて大きく吹き飛ばされてしまいました。

 セルリアンは、ヒグマさんを振り払うと、ハンターではない彼女らに襲いかかりました。私とリカオンさんは彼女らとはセルリアンを挟んで真逆の位置にいたのでとても間に合いません。


「待ちなさい!!」

 私は叫んで、セルリアンに攻撃をしかけ再びこちらに気を向かせようとしましたが、時すでに遅く、彼女らはセルリアンの攻撃を受けて体内に取り込まれてしまいました。

「嘘……」

 リカオンさんがその場にへたり込みそうになるのを支えて、私はヒグマさんを振り返りました。

「ヒグマさん!」

 てっきりすでに立ち直って態勢を整えているのかと思いましたが、彼女は呆然としていました。ヒグマさんが護衛の役割だったフレンズ2人が襲われてしまい、逆に犠牲を増やしてしまったことに大きなショックを受けている様子でした。

「ヒグマさん!!!」

 ですが今はそれどころではありません。私が叫ぶと、ヒグマさんは「ハッ」と我に返りました。


 熊手を持って態勢を立て直します。

「キンシコウは今まで通りセルリアンの注意を引け! リカオンは私と一緒に石を狙うぞ!」

「りょ、了解であります……!」


 私たちは陣形を組み直し再びセルリアンに立ち向かったのでした……



*****



 結局、あの後何とかセルリアンは倒したものの、最初に食べられた子は勿論、彼女の友人2人も食べられたまま助かりませんでした。


「ヒグマさん、戻ってきませんね」

「ちょっと休憩が長すぎますね。ま、私はそれでもいいですけど」


 川の上流の方へ行ったきりヒグマさんが戻ってきません。私とリカオンさんは、彼女を迎えに上流の方へ歩いて行きました。


 ほどなくヒグマさんは見つかりました。彼女は、河原にある岩に座ってぼんやりと空を見上げていました。

 私たちが来たのにも気づいてない様子です。

「どうしたんですか、ヒグマさん?」

「いつまで休憩してるつもりですか?」

すると、ヒグマさんはどこか上の空と言った調子でこちらを見ました。


「ああ、悪い。少し休憩を長くとり過ぎたようだ」

それでも、動こうとせず再び空を見上げてしまいました。


 私は、そんなヒグマさんの様子にため息を吐いてしまいました。

「まだあの時のこと、気にしてるんですか?」

 ヒグマさんはハッとして私たちを見つめました。それから、ややきまり悪そうな顔をして頭をかきました。


「なんつーか、思い出しちまうんだよ。あの時、私が石を狙わず2人の護衛に専念していたら、彼女らは無事だったろうにな、って」

 それを聞いて、私とリカオンさんは顔を見合わせます。

 ヒグマさんは続けます。

「あの時、2人の必死な顔を見たらさ、一緒に戦うことを許しちまったんだ……友達を助けたい気持ちがすごく伝わってきてさ……でも結局、犠牲者を増やしただけだった。そもそも彼女らに戦うことを許すべきじゃなかったんだ……ハンター以外は邪魔だとか言って、追い払うべきだったんだ……」


 ヒグマさんは空を見上げながら、そう言い終えました。


「ヒグマさん、あの事件はあなただけのものではありませんよ。私とリカオンさんのものでもあります。ご自分ばかり責めないでください」

「そうそう! 私だって途中腰を抜かしちゃいましたもん」


 ヒグマさんは、私たちに目を向けます。

「お前ら……」

「私たちにはお助けできなかったフレンズさんがいることも確かです。でも、これから助けられるフレンズさんたちがいます。その時の為に今、訓練しているんじゃないですか」

「できる限り、ですけどね!」


 私は続けました。

「ヒグマさん、前を向きましょう。助けられなかった彼女らのことを忘れずにいましょう。そして、これからのフレンズさんたちをお助けしましょう。それがハンターじゃありませんか!」


 ヒグマさんはぽりぽりと頭を掻きました。

「そうだったな。私がくよくよしててもしょうがないよな」

 そして、笑いました。

「うん、訓練再開するか! な、リカオン!」

「ひいっ! お、お手柔らかに頼みますよ」


 そうして、私たち3人はまた下流の訓練場所まで戻りました。


 私たちハンターには失敗もあります。お助けできなかったフレンズさんたちもたくさんいます。私たちの実力不足ゆえです。ですが、私たちは学び、進歩して、これからのフレンズさんたちを力の限りお助けしていきます。

 それが、セルリアンハンターですから。

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