ついつい穿った目で作品を見てしまう人であるならば、一度は思ったことがあるのではないか。
『けものはいても のけものはいない、ただしセルリアン、テメーはだめだ』に納得いかない、と。
理屈としては、セルリアンを敵視するのは当たり前である。
実際、アニメ作中でも多くのフレンズがセルリアンに襲われた。
しかし、セルリアン側にも何らかの筋がある訳で、フレンズの輝きを奪うといった行動は、決して破壊衝動に身を委ねただけのものではないだろう。
何とも言えないもやもや……それを振り払う答えを、作中のかばんちゃんは我々に提示してくれる、かもしれない。
そんな素晴らしい作品です。
はい! そんなわけで、「食べるなら、僕を」のレビューです。
まず、最初に言っておきたいのは、この作品はとてもユニークな二次創作であります。
なぜならば、カバンちゃんがこの作品で特別親愛の心を注いでいるのは、フレンズではなく、セルリアンなのです。
まさに異端中の異端で、特別な作品のように思いました。
ただ、この作品の無視できないところは、カバンちゃんという少女が思い描いた一つの未来を描きつつ、なおかつ、ヒトの愚かさだったり優しさだったりと、ヒトと言う動物の心の複雑な部分を描かいている作品だと言う事です。
この作品は、超巨大セルリアン撃退後のカバンちゃんが、アニメでは空白だった一ヶ月間を、生まれたばかりのセルリアンと過ごすと言う物語です。
カバンちゃんはアニメ11話にてセルリアンに食べられましたが、最終的に無事な姿で生還しました。
取り込まれている間の記憶は無い物の、カバンちゃんは一つの感覚的なイメージを持ったまま生還します。
それはセルリアンの『どうしようも無い渇きと飢え』。
光を追い、キラキラとした明るいものを求めずにはいられない、セルリアンと言う生命体の悲しい性でした。
そうした経験から、カバンちゃんがセルリアンに対しての意識を変えたところからこの物語は始まります。
生還したカバンちゃんは、とある場所で生まれたばかりのセルリアンと出会いました。
その場所は『さばんなちほー』。
大好きなサーバルちゃんと出会ったあの場所です。
もし、そのセルリアンと出会ったのがフレンズならば、問答無用でセルリアンを倒していたでしょう。
アニメ劇中のセルリアンを知っている、私達読者も同様に、こう思うはずです。
『セルリアンは敵であり危険。倒さなくてはいけないに決まっている』
――しかし、本当にそうでしょうか?
カバンちゃんが考えた一つの理想と、その結論。
それは前述した通り、ある意味で少女らしい勝手さがあり、愚かな事でもあります。
恐らく、拒否反応を示す人々が続出するでしょう。
事実、可能性としてカバンちゃん自身の危険もありました。
しかし、それでもカバンちゃんは、フレンズや、アニメでセルリアンを知った私達からしてみれば、とても考え付かないような、信じられないようなことをこの作品で試しているのです。
概要にはこう書かれています。
『※文中において(直後に治りますが)かばんちゃんが身体の一部を自発的に欠損させる描写があります。
カクヨム規定における残酷描写にはあたらないかと思いますが、読まれる際には一応のご留意をお願いします。』
カバンちゃんが何をしたのか。
やはり、どう考えても信じられないことでした。
セルリアンの心に触れたと言う経緯があったとは言え、どうしても愚かさを感じずにはいられない……しかし、これがヒトです。
ヒトなら考え付くこともあると思いました。
言うならば、この考えをヒト以外の、――フレンズの誰かが考え付くと言うのは、私には想像できません。
現象としてヒトでしかありえない事象なのかもしれませんが、それでもヒトと言う動物でなければ考えつかないことでしょう。
結果的に、セルリアンを隠れて育成するカバンちゃんですが、彼女は別れの間際、そのセルリアンに名前をつけます。
それは大好きなサーバルちゃんと同じ場所でカバンちゃんが出会ったからと言う理由でしたが、その名前は、アプリ版――かつてフレンズとも分かり合えた、あのセルリアンの名前でした。
そしてラスト。
やはり、この作品は一つの理想を描いた作品でもあり、ヒトと言う、身勝手だけれども他に対する優しさを持つことの出来る生物の、複雑な心を描いている作品でもあると感じます。
この作品のカバンちゃんはヒトとしての愚かさを持ちつつも、逆にこれがヒトとしての素晴らしさなのではと、考えさせてくれる。
放っておいては友達が危険かもしれない。
ジャパリパークの全てが分かり合える日を想うカバンちゃんと言う少女の理想。
それには様々な問題があり、前途多難な未来。
とてもじゃないけれど、カバンちゃんの想像通りには行かない気さえしてくる読後感。
それでも作品中のカバンちゃんは夢を見て、なおかつアプリ版と言う『前例』を思い起こさせる一つの名前。
とても複雑な気持ちを残してくれるこの作品を、是非、一度読んでみてください。
この読後感は熟考するまでは評価しづらく、読み手によっては考えをめぐらした結果を見て賛否両論となるような気がしますが、一読の価値ありです。