第4話 森林ちほー りんごとはちみつ

先回までのあらすじ

ライオン「……おお!ホントだ!? スイカに塩をふりかけると……あまいな!」

ヘラジカ「そうだろうそうだろう」



「まさか、私のほうが先とは思いませんでしたわ。……りんごは、これくらいあれば足りまして?」


 傾いた日差しの色に、さっき集めたハチミツの色が混じり始めるころ。

 図書館の森に、先に戻っていたキンシコウ。木陰にいた彼女は、真っ赤なリンゴを持っていた手をヒグマとツキノワの二人にかかげて見せた。


「すまない。少しバタついた……そっちは、ああ。リンゴ、だな。それ」

「赤い……木の実ですね。あ、なんだかお腹すいてきたですよ、姉御」


 ヒグマは、ツキノワに持ってもらっていたハチミツのツボを受け取り、


「キンシコウ、もしかして……リンゴはそのひとつだけか?」

 そのヒグマに、キンシコウは「まさか」というように小首をすくめていい顔で笑う。


「ごしんぱいなく。さっきのかばん……入れ物に、ほら」


 グイ、とキンシコウの手が木に立てかけてあった如意棒を引き寄せると……その先には、真っ赤なリンゴが零れそうなほどに詰め込まれたキヅタで編んだ袋が縛り付けてあった。


「そんなに」

「ええ、ちょうどいい時期でしたわ。まだまだ、たくさんなっていましたから。今度みんなで取りに行ったら楽しいんじゃないかしら」

「いいですねえ、姉御」

「そうだな……みんなで、ジャパリまんひとつ持って。そのかばん、アミを持って……みんなで、お腹いっぱいにいつもと違うものを食べてみるのも……」


「……! あまい!すっぱい……! おいしいですよ姉御」


「……ツキノワ、先に食べるなよ。博士たちに見られたら小言を言われるだろ」

「うふふ。よかったあ、私まだ味見をしていなくって。でも、それなら……」


 キンシコウは、こりこりと金色の髪、うなじのあたりを指でかき、


「それで、美味しく作れるでしょうか。ええと、かれえ?」

「出来てもらわないと、私が困る。……じゃあ、いってくる」


 ヒグマは、受け取ったリンゴの袋とハチミツのツボを軽々と抱えると……

 夕陽の色に染まった図書館へ、少し急ぎ足で進む。

 そしてふと、ヒグマの顔に??という色が浮かんで。それはすぐに笑顔になる。


「ふふ……似ている」


 さっき、満面の笑みでツキノワがかじっていた、みずみずしいリンゴの果肉。

 それと、あの図書館の建物は夕陽の中だと、なぜか似かよって見えていた。



「おそいのです。遅すぎるのです、ヒグマ。なにをしていたのです」

「遅いですよヒグマ。せっかくプロの案内を付けたというのに」

「私たちはそのカレーを昼に食べたかったのです。でもあまりに遅くてお腹が空いたので、昼はジャパリまんを助手と食べてしまったのです」

「われわれはすぐお腹が空くのです、かしこいので」


 ……こういうとき、どんな顔をしていいのかわからない。

 そんな顔で立っているヒグマ、その両腕が抱えているリンゴと、ハチミツのツボに。

 じゅるり、ごくり、と音が聞こえてきそうな博士と助手の目が向いた。


「ではさっそく、それを使ったカレーを作るのです。ヒグマ」

「夕食のカレーを作るのです、ヒグマ。……あの文献が正しければ。そのリンゴとハチミツをつかったカレーは、とろ~りとろける甘さにな……ふはずなのれす」

 ツバが口にわきすぎて、助手の言葉は不明瞭になりかけていた。


「わかった。外のかまどを使うからな」

「なるべく早く頼むのです。われわれは空腹ですので」

「われわれは腹ペコですので。あなたの妹分にも手伝わせて、なる早にするのですよ」



 ツキノワは、意外とスジが良かった。

 かばんに教えてもらった技、かまどの灰の奥に眠らせておいた炭の熾火を掘り出して、乾いたコケを乗せていきをそろり吹きかけると火が目を覚ます。そこに小枝、薪の順番で食わせて火を大きくする……ツキノワはここまでマスターしていた。


「……この火って。何かに似ていませんか、姉御」

「……うん。似ている、かもしれないな」


 ……セルリアン。

 ……意思を持たず、すべてを飲み込むまで暴れまくる。水をかけると死ぬ。小さくても危険だが、大きくなると手がつけられない。

 クマ姉妹は、その不吉な単語を口に出さずに作業を手分けする。

 かばんに教えられた通り、コメという砂粒のような食材を水で洗って、それを適量の水で火にかけ、フタに乗せた重しの石が落ちないよう、煮える頃合いを見張るのはツキノワ。


「さて、やるか」


 ヒグマは、これも旅立ったかばんから渡されていた「どうぐ」をつかむ。

 彼女たちの武器に似た、小さいが危険な「どうぐ」の「ほうちょー」をつかう。

 最初は手と爪で材料を刻んでいたが、この「ほうちょー」を使ってしまったら、もう元には戻れなかった。

 その「ほうちょー」で、博士たちがどこかからちょいちょいしてきた野菜を切っていたヒグマは、ふと……


「……。ふふ。あいつら、どうしてるかな……」


 ヒグマにいろいろ教えてくれたかばん。あの子は料理するとき、この「ほうちょー」を使わなかった。かばんが料理するときには、その傍らには狩りごっこのときよりもワクワクした顔のサーバルがいて……待ってましたとばかりに、その爪で材料をサクサクときざんでいた。

 かばんと、サーバル。

 旅立った仲良し二人のことを思い出しながら……


「……おっと。これで、いいはずなんだが……」


 いつものカレーを作る工程に、ヒグマはカットしたリンゴと、はちみつを少しづつ入れて、そして……背後に猛禽たちの目がないのを確かめてから、鍋の中で煮立っているカレーの元を指で、味見する。


「……あち。……あ…………」

「どうしました、姉御? まさか、しっぱ……い……」


 ヒグマの顔がぼうぜんとして、そしてそれはすぐ……図書館の文献の通りに。


「……あまぁい…………」


 とろけていた。



「…………」

「………………」


 皿に向かっているあいだは、博士も助手も無言だった。

 これはめずらしい。二人の前に立って、その賢者たちの裁可を待っていたヒグマに、グラスの水をこきゅこきゅと、同じタイミングで飲み干した猛禽たちは、


「はやり、かばんの作ったカレーと比べるとす……すぱいしいさ、が足りませんね」

「かばんのカレーとくらべるとパンチが、足りませんね。……しかし」

「おかわりはまだあるのでしょうね、ヒグマ。……ああ、あまいのです」

「おかわりを持ってくるのです。これはこれで、やみつきです。……とろけるのです」


 ハハ、とヒグマの顔がほころんだ。


「よかった。おかわりどころか、ハチミツもリンゴもまだ、かばんいっぱいあるさ」

「でかしたのです。これでかばんがもどるまで人生を退屈せずにすむのです」

「よくやりました。それでこそかばんの料理助手です」


 ……たぶん、今のは褒められたんだな。


 ヒグマは、ハンター仲間には見せられないような笑みを浮かべて。

 博士と助手のおかわりをよそうべく、ふたつ、皿を取って鍋の方に戻った。


                                 おしまい

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