第10話 井森ノ告白

 音が切れてからしばらく。誰も口を開こうとしなかった。それはただ、喋ることが無かったからではない。

 死があまりに現実的すぎ、近すぎると感じてしまったから。

 そして、終わると信じていた殺人が終わらないと分かったから。

 だから否応なしに気づいてしまう。

 ──この殺人は、全員が死ぬまで続くのではないか……と。


「ど……、どうすんだよ?」

 和泉は恐怖に支配された表情と声音で告げた。

「やるしかないんじゃない?」

 放送ディレクターの井森は冷淡に言葉を放った。

「アンタ、これがどういう事かわかって言ってるのか?」

「一応ね」

 齋藤の叫びに井森は、肩を竦め淡々と言う。

「一応って……。わかってねぇーだろ!!」

「分かってるよ」

「分かってないね。これは殺人なんだ。殺人に加担してるんだ」

 自称作家の桜田は声を震わせながら言う。瞬間、井森の纏う空気が代わり張り裂けそうな声を上げた。

「うっせーな! んじゃ、どうすればいい? 誰も選ばず死ぬか!? それなら誰かの犠牲の上になってでも生きたい!」

 大人がみっともなく喚く姿は、やはり見たくない。でも、この状況で正気を保っているほうこそが異常なのかもしれない。

「誰かの犠牲の上に成り立った生は、満足できるものになるのか?」

 植村は、腰に巻いた腹巻に手を当てながら静かに訊いた。

「っ! そ、それでも……」

 井森は一瞬で表情を曇らせ、紡ぐべき言葉を見失う。

「それでも生きたいか? 救えたはずの命を数えて、寝てる間でさえ夢となって纏わり付く。それでも……か?」

 まるで経験しているかのように。植村は体を震わせながら紡いだ。

「そ、それでも……。やり残した事が……あるんだ……」

「そうか」

 植村は嗄れた声で残念そうに呟いた。

「じゃあ、一体誰を選ぶのよ」

 真っ赤なドレスのような衣装に見を包む森下は、恐怖に抗うように声を絞り出す。

「さぁな。それは自分で選ぶしかないだろう」

 齋藤は俯き加減でそう言う。

 ──こんなの選ばれるのあいつしかいないだろう。

 そう思い、齋藤は誰にも見られないように、妖しく微笑んだ。


「私は……やっぱり──嫌です」

 井森、齋藤の言葉からみんなは投票を覚悟した。

 しかし、木下穂乃果はそう言った。覚悟がない。そういう理由ではないだろう。表情は覚悟が出来ているようにとれるからだ。だが、そう言ったのはやはり穂乃果の人を殺したくない、という気持ちが強く働いたからだろう。

「嫌で済む問題じゃねぇーだろ」

 奥歯をきつく噛み締め、割れたような声で鈴木宅が述べた。

 和のテイストが滲み出る着物姿で、渋い顔を浮かべられては誰も口が開けなく。言うならば、近所のうるさいおじさんの家の窓ガラスを割ってしまい、バレた後のようなそんな雰囲気である。

「で、でも……。穂乃果ちゃんの言う通りだよ。私……もう殺人なんて嫌だよ……」

 穂乃果と同じく木下の姓を持つモデルの歩が弱々しく言葉を放つ。

「嫌々って子どもか? 状況を理解しろ! 今は駄々をこねてる時じゃねぇってことくらい……分かるだろ?」

 そんなこと言いたくないのだろう。でも、さっさと終わらせたいと思う気持ちが自らを焦らせ、井森は口走った。

「アンタ……。そんなに誰かを殺してぇーのか?」

 そんな井森に和泉は静かに言った。

「ちがっ!」

 刹那の時間も要さずに井森は否定する。

「でもな。アンタの台詞を聞いてると、そうとしか取れないんだよ。自分は死にたくない。でも、この馬鹿げた殺人を終わらせたい。ということは、誰かを殺すってことだろ?」

 返す言葉がないのだろう。井森は歯が軋むほど強く噛み締めた。

 そして同時に目を閉じた。14人からの視線が痛いのだ。蔑むような視線が……怖い。

 だからこそ直感した。

 次に死ぬのは自分であると。

「……すまなかった」

 恐怖が押し寄せる。井森は井森おさむという人物像が蝕まれているように思えた。

 人生にやり残したことなど数え始めたら限りがない。

 その一つ一つが脳裏に浮かび、シャボン玉のようにパッと弾け飛ぶ。

 あの作品に携わりたい。こんな作品を作りたい。……結婚したかったな……。

 あの事件を無かったことにしたい。

 そんなことを思っていた。

 目を閉じればいつだって思い出せる。井森はあの日ことを思う。

「過去は消えない。これだけは言わせてくれないか?」

 この状況で言うことではない。分かっていた。だが、井森は言うなら今しかないと思った。

 このタイミングだからこそ、聞いてくれるのではないか。そこにかけたのだ。

「これは私が28歳の時の話だ。大学院まで行った私はまだ社会人になってそんなに経ってない頃だった。しかも芸能業界だ。夜遅い撮影なんてのも普通にあった」

 井森は過去を思い出しながら、ポツリと語り始める。それを誰も口を挟まず、静かに聞く。

「こんなことを言ったらいけないと思う。でも、疲れていたんだ」

「何が言いたい?」

 そこで言葉を切った井森に和泉は口を開く。

「薬物に手を出した」

 瞬間、井森以外が放つ空気が変わった。井森おさむという人物を見ていた目が犯罪者を見る目に変わる。

「最初はほんの気晴らしだった。疲れを取るために使ったものだったんだ」

「みんなそう言うよな」

 齋藤の言葉に井森は目を見開き、俯く。

「……本当に気持ちがいいんだ。嫌なことを忘れられて、楽になれる」

 言い訳だ。逃げだ。そう思っただろう。

「逃げでも何でも、それをしなきゃ死んでた……」

 きつく噛み締めた歯の間から音を洩らす。

「そんなにだったら死ねば良かったじゃねぇーか」

 視線を外し、生田賢二は告げた。業界は違う。でも、誰かによって雇われたサラリーマンというのは同じ。

 だからこそ、生田は言えるのだ。雇われたサラリーマンのいい所と悪いところ。それらどちらともを知っているから。


「なぁ、死ぬってどういうことか分かるか?」

 しかし、井森は震えた声でそう言った。

「分かるはずないだろう。それに分かりたくもない」

 生田は素っ気なく返す。誰だってそうだろう。死は終わりなのだから。次に繋がるという解釈もあるかもしれない。でも、自分という名の人生はそこで終わりなのだ。

「そうだろうな。でも、知ってるんだよ、私は……人を殺したことがあるから……」

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deathゲーム リョウ @0721ryo

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