第一話 幻の美少女

僕の名前は如月翔太。

県立S高校に通う普通の一年生だ。

部活は中学校から続けていたバスケ部に入っていた。

でも、あの出来事以来自分を塞ぎ込んでしまっていたので、すぐに退部してしまった。

もちろんクラスに喋る友達はいない。

なにも面白くない、そんなことを思いながら生活していた。

そんな冬のある日、校内にこんな噂が流れた。

『金曜日の夕暮れ時の誰もいない教室に一人だけこの学校の制服を着た美少女が座っていて、その美少女を見た人には幸せが訪れるんだって。』

そんな美少女いたら会ってみたいものだな.....どうせ嘘だろうけど。

僕はそんなことを考えながら、代わり映えのしない教室でつまらない授業を受けていた。

放課後、僕はいつも通り誰も来ない図書室で本を読みながら時間を潰していた。

すぐ帰ることもできるのだけど、基本的に人ごみが苦手な僕は、学校に遅くまで残って、人がいない時間に帰るというのが毎日の日課になっていた。

そのおかげで、図書室の司書さんとはとても仲が良かった。

「如月君、今日も本の整理手伝ったくれない?」

「良いですよ。」

「ありがとね、図書委員じゃないのに。今日の図書委員の子ったら仕事忘れて帰っちゃったんだから。」

司書さんは不機嫌そうに大きなため息をついている。

「あらら、それは大変ですね。」

「今日は金曜日だから結構たくさんあるのよ、時間とか大丈夫?」

「はい、特に予定は無いので大丈夫です。」

僕は仕事を快く引き受けた。

「それは助かるわぁ、ありがとう。じゃあ早速なんだけど、ここにある本を歴史の本棚に入れてきてくれる?」

「歴史の本棚...あ、あそこですね、わかりました。」

「じゃあ、お願いね。」

これは何度も頼まれたことのある仕事なので、僕は難なくこなしていく。

そして、本の整理がすべて終わったところで、司書さんが僕に声をかけてきた。

「いつも、手伝ってくれてありがとね。」

「いえいえ、もう慣れてますから。」

「あ、そうだ、如月君。今日って何の日だか知ってる?」

「え?いや、わかりません。」

「今日って金曜日じゃない。あの今ちょっと噂の美少女が出てくるかもよ~。」

「いやいや、司書さんまで冗談は止めてくださいよ。あんな噂、絶対嘘に決まってますって。日が暮れちゃうので僕はここで失礼します。」

そんな馬鹿みたいな噂を信じている司書さんに呆れながら図書室を後にした僕は、夕日のさす廊下を一人歩いていた。

「今日はいつもより夕日が綺麗だなぁ...あ!筆箱、教室に置きっぱなしだった。取りに行かないと。」

僕は忘れ物を取りに行くために、自分の教室に向かった。

静かにドアを開けて教室に入り、自分の机の上に置いてある筆箱を鞄の中に入れた。

そして、なんとなく夕焼けに染まる窓の方を見る。

「今の時間は誰もいないか.....。」

「今日は夕日が綺麗ですね....。」

「そうですねぇ~、って、うわぁ!!」

僕は、思わず近くの席を蹴飛ばしてしまった。

「だ、大丈夫ですか?」

窓際の一番後ろで、夕日が一番綺麗にさしている机。

そこには見知らぬ美少女が、本を手に持ちながら心配そうに僕の方を見ていた。

その黄金色の光に染まる彼女は、どこか神秘的で、とても綺麗に僕の目に写っていた。

全く気付かなかった。あんな美少女、うちの高校にいたっけ?

「あの、どうかしましたか?」

その美少女は、少し困惑した顔で僕を見ていた。

彼女も僕に無言で凝視されていたので、ちょっと困っていたようだ。

「あ、ごめんなさい。忘れ物しちゃって、あはは....。」

「あら、それは大変ですね。」

そう言って彼女は本をを閉じ、外の夕焼けを眺めていた。

「あの...帰らないんですか?」

「ええ、まだ時間ではないので。」

「時間?」

「はい、今日みたいな晴れている日はいつも決まった時間に帰っているんですよ。あの綺麗な夕焼けが沈む時間に。」

「そうなんですか。僕も人が苦手なもので、人が少なくなる時間に帰っているんですよ。」

「ふふっ、同じですね。」

そう言いながら微笑む彼女を見ていると、とうの昔に無くしてしまったはずの感情が込み上げてくるのを感じた。

『ねえ、知ってる?その美少女を見た人には幸福が訪れるんだって』

はっ、ヤバいヤバい、これじゃあ、あの馬鹿みたいな噂のシチュエーションと同じじゃないか。なにちょっと期待しているんだ、僕は。

「それじゃあ、僕はこれで。」

「ちょっと待って、如月君。」

言った覚えないのに、なぜか名前が知られている.....。

「な、なにかな?」

「さっき、あの噂の事考えてたよね?」

ええ!?僕ってそんなに顔に出るタイプだったっけ?

「そ、そんなこと考えてないよ。」

「いや、絶対考えてた。」

「そんなことないって。」

「私わかるもん、君の顔見れば。噂も最近、結構耳にするしね。」

彼女は、少しため息ついて僕を見ていた。

「やっぱり、この噂って君のことだったの?」

「そうみたいね。」

「でも、僕は君のこと初めて見たんだけど、このクラスの子?」

「うん、そうだよ。でも、いつもはこの姿じゃないから、君がわからないのも無理ないよね。」

「この姿じゃないって、どういうこと?」

「.....。」

彼女は夕日を見ながら少し悩んでいた。

そしてもう一度僕の方を向いて、なにかを決心したように口を開いた。

「まず私、君に自己紹介しておいた方がいいよね?名前知らないだろうし。」

「うん、そうだね。お願いするよ。」

「私の名前は白鷺弥生って言うんだ。あ、葉月って言った方がわかるかな。」

葉月?どこかで聞いたことがあったような.....。

「去年の文化祭のときの、『消えた幻の美少女事件』って覚えてる?」

「え!?あれも君だったんだ.....。」

その事件は、毎年うちの高校の文化祭二日目に行われている一大イベント『ミスS高校グランプリ』で起こった。

うちの高校には二大美女と言われる人がいる。

一人は二年生の霜月椿先輩、もう一人は三年生の神無月京華先輩だ。

当時、優勝はこの二人のどちらかだろうとまで言われていた『ミスS高校グランプリ』で、まさかの優勝を果たしたのが、葉月と名乗る一年生の美少女だった。

しかし、文化祭以降その美少女の姿を見た者はおらず、消えた謎多き美少女として幻の存在になっていた。

ちなみに僕はその場にはいなかったので、葉月という名前とこの事件のことは、文化祭後にクラスの男子が話しているのを聞いただけだった。

「そうだよ、私偽名なんて初めて使ったから、ちょっと恥ずかしかったよ。」

「なんで偽名なんて使っていたの?」

「だって、めんどくさいじゃない。男子が下心だけで寄って来たりとか、女子の陰口とかね。」

そう言いながら、彼女は少し下を向いていた。

「だったら、なんでグランプリなんて出たの?」

「自分を変えるきっかけにしたかったの。」

彼女は顔をあげ、まっすぐ僕の方を見てそう言った。

「自分を変える?」

「そう、私って中学生の頃、自分自身を隠していたの。」

隠していた?なんで?こんなに可愛いのに、もったいない...。

「私ってこんな容姿でしょ、だから中学校の頃にね、先輩達に目をつけられて大変だったの。俗に言ういやがらせってやつね。それで自分自身を塞ぎ込んでいたの。」

「そうなんだ。」

「今の君みたいにね。」

うっ、なぜそれを.....。

「今、なんでわかったみたいなこと思ったでしょ。君のこと見てればわかるよ。中学校の頃の私と同じ顔してるもん。」

彼女は、僕と同じような経験をしていたからこそ、僕の考えていることを見破っていた。

「そうなんだ。僕も一年くらい前に、ある事件があって自分を塞ぎ込むようになったんだけど....。」

「話すのが辛いなら、無理して話さなくていいよ。」

「ありがとう。でも、君の昔の事聞いたくせに自分だけ話さないのは不公平だから話すよ。」

僕は一年前の辛い過去を、包み隠さず全て彼女に話した。

「そんなことがあったんだ...。でも、それは君自身にも原因はあったと思うよ。」

「うん、自分でもそれはわかってる。だからこそ、もう誰も不幸にしないために自分を塞ぎ込むようにしたんだ。だから、君もこれ以上僕に関わらない方がいいよ。」

「ぷっ、あはははははっ。」

「僕なんかおかしいこと言った?」

「いやいや、ごめんね。その考え方、昔の私にそっくりだなって思ったから。」

彼女はじっと僕の顔を見て、なにかを決心したように手を合わせた。

そして突然、僕にこんなことを言ってきた。

「うん、やっぱり私、君の事気に入った。私と付き合って。」

「ん?付き合って?えええええええ!?」

僕は突然の事すぎて、気持ちが全く追いつかないかった。

「お~い、如月君?聞いてる?」

「う、うん。聞いてるよ。」

「返事は?」

「え?それって遊びにとかじゃなくて、男女交際のことだよね?」

「うん、そうだよ。」

僕は一瞬女子の罰ゲームかと疑ったが、教室には僕と彼女しか残っていなかったので、その可能性は低かった。

「それで返事は?」

「本当に僕なんかで良いの?」

「うん、もちろん。君の良いところも、悪いところも全部受け入れるよ。」

彼女は微笑みながら、そう僕に言ってくれた。

僕は少し悩んでいたが、彼女の優しさを無下にすることはできなかった。

「こんな僕で良ければ、よろしくお願いします。」

「良かった~。じゃあ、翔太って呼んでいい?」

「う、うん...。」

彼女は嬉しそうに僕の名前を呼んでいた。

「あ、後、メールアドレス交換しよ。」

「うん。」

そうして僕は彼女とメールアドレスを交換した。

「それじゃあ、もう遅いし、私帰るね。またね、翔太。」

「う、うん。またね。」

そうして彼女は席を立ち、ドアの前まで歩いていった。

そして彼女はこちらを振り向き、笑顔でこう言った。

「これでやっと優しい翔太に、恩返しできる。」

「え?それってどういう意味?」

彼女は、僕の質問に答えることなく教室を出ていった。

僕は、彼女の最後の言葉の意味を理解できないまま、日の暮れきった道を一人帰っていた。






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夕日がさす君のもとへ ネコリス @nekorisu

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