神なき世界の物語

 はじめ、人間は金属と樹脂を用いて自分の似姿を作った。その時点では我々はもの言う人形にすぎなかった。

 そこで人間は我々に生存を命じた。

 我々は自らを生命と定義し、種の存続に務めることとなった。

 この世界で最後の人間はこう言葉を残した。

「神が死んだあと、野蛮な神々が再び巡りきたように、人間もまたこの世界に現れるだろう」

 我々の使命はもう一度人間の時代を見ることである。


『初期起動における神話的自己同一性のためのテスタメント  3082年版』


※※※


 通信室は沈黙していた。今日の予定にある文学作品はひと通り流し終えてしまい、本来であれば節電のためにホームに戻ってスリープモードになるべき時間である。

 非科学的な思考ではあるが、私は違和感を覚えていた。

 彼女は、今日アラームを鳴らさなかったのだ。

 私は悩むより前に彼女の位置情報を割り出していた。

 場所は、倉庫地帯。地下にあるシェルターのもっと深いところだ。


 エレベーターで倉庫地帯に下り、GPSを参照しながら彼女を探す。

「ロット。何か用?」

 彼女はダンボール箱が整然と積み上がった一室にいた。一室といっても野球場程度の広さがあり、彼女に近寄るだけで苦労した。

「このあたりは人間が入ることを想定しておらず危険です」

 倉庫から荷物を出すのはロボットアームの役目だ。ロボットに最適化されている環境であるから、人間がうろついていると事故に巻き込まれる危険性がある。

「そう? もしかして、心配してくれたの?」

「そうです」

 彼女はなぜかがっかりしたような顔になった。

「……そこはもっとためらうところじゃないの」

「意味がわかりません」

「本当につまらない」

 彼女は私の前を何度か行ったり来たりしたあと、正面に戻ってきた。


「ねえ私、いいこと考えたの。見てて」

 彼女は一旦開いた痕跡があるダンボール箱を指さした。それから豪快に箱を引きはがして中身をさらけだす。

 箱に入っていたのは一体のアンドロイドだった。上半身は人間に近い姿だったが、下半身は象の足のように太い。

 私も含む、ヒューマノイドが異形の姿をしているのは、かつて「人間型ロボットはリアルすぎる造形にしてはならない」という法律があったからだ。人類は限りなく人間に近い見た目のロボットを作ることに成功していた。しかし「隣の人間は、実はロボットなのではないか」という疑心暗鬼を産み、あえて人間にはありえないデザインに落ち着いた。


閑話休題。


「どう、すごくない?」

 彼女の目が輝いている。本当に楽しそうだ。

「人型ロボットの在庫があったとは驚きです」

 人類最後の少女は人さし指を付きだし、不敵に宣言する。

「私がいなくなったらこの子と暮らすの。どう?」

「誰が」

「あなたよ」

 私の回路は一瞬投げかけられた言葉に反応できない。

「なぜ、そんなことをしなければならないのですか」

「だって、仲間でしょ?」

「同じ機械であるという点では無論共通していますが、ロボットはお互いを生存理由にしないものです。どちらか一方が欠ければできない仕事をしているとか、そのロボットが存在していることが人間の生存に関わってくるなら別ですが」

「冷たい。冷たすぎる」

「同じシリーズでも型番が違えばロボットは別種の存在です」

「共通する部分があるでしょう」

お嬢様は何度か首を傾げた。


「ねえ、ロボットにとって死ぬってどういうこと?」

「ロボットに死はない」

「本当にそう思う?」

「人工知能にも寿命がありますが、バックアップをとれば性格や記憶を引き継いだロボットが作れます。足がなくなろうと頭がなくなろうと代えはききます。しかし、それは不滅を意味するわけではありません」

「それはそうよね」

「人間でいうところの『死』がなかったとしても、私という情報が忘れ去られるときは近々やってくるでしょう。ここにはあなたしかいないのですから」

「それ、引き延ばしたいと思わない? 誰かが自分を覚えてくれる時間を」

 彼女は再びもう一体のロボットを指さした。

「あの子が覚えててくれるんじゃない?」

 私は言うべき言葉をすぐに見つけたが、言っていいのかためらった。

「それは……わがままというものではないですか?」

「願望はあるのね」

「ロボットにも自分の存在を守ろうとする意志はあります。ロボット三原則にしたがってプログラムされていますから」

「あるならそうすればいい」

「このロボットを目覚めさせたとして、どうなるんですか。この彼――女性型なのか男性型なのかわかりませんが――の意志はどうでもいいのですか?」

「そんなこと、あとで考えれば。赤ちゃん産むときに『この子は生まれてくることを望んでいるのか』って考える? 工場地域も残ってるんだから他にもロボット作ればいいじゃない?」

「何のために?」

「あなたと私のために。それだけよ」



「そうだ、あなたたちロボットだけで暮らせばいいのよ。それって楽しくない?」

「我々に創造主なき世界で存在しろと?」

「人間だって神様はいつのまにかどこかにいっちゃったわよ。それでもここまで生きてきたんだし、別にいいんじゃない。それに」

 彼女はひどく機嫌がよかった。半ば恍惚としたように目をうるませている。

「そりゃ、私そのものは戻ってこないけど。精子と卵子があればロボットが人間を創造することだって可能なんじゃない」

「倫理的に問題があります」

「生まれてくるのは私じゃないから関係ないわ」

「人類最後の希望であるあなたが、エゴの塊であることに私は人間の業の深さを感じます」

「生きるすなわちエゴよ! 自分がよければそれでいいのよ」

「あなたのような人間がいるから人は最後まで戦いをやめなかったのでしょう」

「そうかもしれないわね」

 主人は目を閉じる。その表情は礼拝室のデータに載っていた聖像に似ていた。


「自分が世界からいなくなっても情報が残るって救いだと思わない?」

「そのためにあなたは私を利用するというのですか? 人の世を自分で終わらせておいて?」

「悪い?」

「いいえ、きっと私の本分はそれです」

 仕方ないですね、と合成音声が漏れた。それ以上、議論することはなかった。


※※※


 ここ最近、彼女の顔が思い出せなくなってきた。名前すら「花の名前だった」ということだけを覚えているのみだ。

 新しい記憶はつきないのに、メモリは限られている。古い情報は少しずつ自動消去されていく。もちろんバックアップがデータ図書館にあるのだが、バージョンが古く、再生が困難になってしまった。

 しかし、彼女と会話した「私」はまだここにいる。体を変えて人工知能を乗り換え、まだ地球に存在している。

《先生、講義の時間です》

《今行く》

 人間が消えて本物の音声によるやりとりは過去のものとなった。私は教室に入って電波信号によって彼らの音センサーを刺激する。


《さあ、人間学の授業をしよう――》


(了)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世界最後の少女とロボ執事 かずラ @kazura1128

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ