ド変態

「私に近づいてはいけません! 不幸になります!」

「かまわない。望むところだ」


 ファイは眉ひとつ動かさず堂々と返答する。

 そんな彼の様子にノアは呆気にとられた。


 この人の正体は何なのだろうとか、ここにいるのはどうしてかとか、問いたいことは山ほどあれど。

 伝えねばならない。語らねばならない。

 ノアの不幸武勇伝を。

 被害が出てからでは遅いのだ。


「あの。ファイ様は私の超不幸体質はご存知で?」

「もちろんだ。すべて君の父上と母上から聞いている。問題ない」


「王宮内で飼っていた愛犬を私が撫でたら、全部体毛が抜け落ちてしまった話も?」

「聞いた。結果、犬が風邪をひいたらしいな」


「家庭教師が嫌いで嫌いで、『もう来なければいいのに!』って叫んだら、彼の髪の毛が全部抜け落ちて鬱病になった話も?」

「聞いた。自殺未遂にまで発展したらしいな」


「なんだかハゲ散らかした話ばっかりですねえ」


 不幸武勇伝“頭髪版”は全然効果がないようだった。男性にとって頭髪問題はさぞ大ごとだと思ったのに検討が外れたのか。

 怖がるどころか二人とも楽しそうに笑っている。


 というかこうして会話している間にもファイとランティスの目や喉や頭髪が気になって気になって仕方がない。

 今はフサフサでも一拍後には揃ってハゲチャビンになるかもしれないってのに。


(のんきに話している場合ではないのです)


 とっととご退場願わねば、今度こそ死人が出てしまう。精神的な意味合いでも。


「真面目に聞いていますか⁉︎ こっちは真剣に言っているのですよ!」

「失礼。怒らせるつもりはなかった」


 ただ、とファイが止めていた足を再び動かし出す。


「これだけは言わせてくれ。俺は君に会えてとても嬉しい」

「ぅぐっ?」


 声にならないうめき声が口から出た。


 真っ直ぐ見つめられ、ノアの前でファイは律儀に跪き、手をそっと握ってくる。


(夢? 夢の続き?)


 そのまま指先に口づけを落とす。ーー夢の通りに。


「やっぱり夢ですか」

「夢じゃない。現実だ、っあ⁉︎」


 ガアアアンとけたたましい音が部屋中に響く。

 タイミングが良いのか悪いのか。

 洗濯たらいが収納棚から落ちてきた。

 ファイの頭の真上に。さすが私。


「は? 痛い……だと?」


 ファイは不思議そうな顔をして、何度も頭をさすった。


(なぜに疑問形? いやいや、それより。たんこぶができてしまったのでは?)


 ほら言わんこっちゃない。


 しかしなんだろう。ちょっと彼が嬉しそうに見えるのは気のせいか?


「あの……大丈夫ですか? こういうことがありますから。もう離れて下さい」

「嫌だ」

「はい?」


首を傾げたのと、ファイがノアを抱きしめたのがほぼ同時だった。


(な、ななななな、ななっ‼︎ 何事ですか⁉︎)


 急に抱きしめられた衝撃が全身にズドンとのしかかり、身体が硬直する。

 照れ? いやいやまさか。焦りで、だ。


 この男意味がわからない。もしかして言葉が通じていないとか? ノアの理解できる範疇を軽く超えている。

 正直、ちょっと引いている。


(高熱? 蕁麻疹? 結核? 吐血? 不治の病? 即死? あ。精神錯乱? 異常行動?)


 不穏な言葉がぽんぽん浮かんでくるノアに構わず、ファイは耳元で「痛いことがこれほど気持ちの良いものだとは」だとか何とか言っている。

 本当に意味がわからない。ドン引きだ。


(変態だ。気持ち悪い)


鳥肌が立ったノアの肌はしばらく落ち着きそうになかった。

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ノアの人生に大いなる幸せを! 夏平涼 @Ririricoco

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