メリーの場合
あの人形が現場の写真に写りこんだ当日。刑事課では会議が開かれていた。
「まずあり得ないことが起こっている」
署長の南が重要なことを告げようとしていた。
「あの人形が現場の写真に写りこんだ。知っての通り、あの人形は現場を写した初期の時点では存在しないし、写ってもいなかった。だが、こうしてまた写りこんでいる。万能包丁だと思われていた最初の金柳健太殺害に使われていた包丁も、いつの間にかおもちゃの包丁に変わっており、今回の再び起こった事件では最初からおもちゃの包丁だった」
南の一言に全員苦い表情を浮かべた。
「署長、今後どうするおつもりですか?」
「……」
真剣に聞く新堂の言葉に南は少し黙り込んだが、すぐにこう切り返した。
「何が何でもこのふざけた事件を解決するしかない。事の発端は二村に関係がある。その二村の身辺調査をした結果、二村には精神科への通院記録があったことが分かっている。だが、軽度のうつ病だったらしく、すぐに完治した上に、それは高校生のころだけだったと調べがついている。それでも今回の事件は明らかに迷宮入りになる可能性がある。この捜査にまだ時間を使えるという者がいるなら、このまま会議室に残ってくれ」
数分後、会議室には署長含め、四人ほど残った。
「いいのか? 新堂。ストレスが増えるぞ?」
「未解決ほどストレスになることはないですよ、署長」
南の言葉に返す新堂。横で村田がもう一人と話していた。
「確かなんだな?」
「ええ、あの人形は国産のメリー人形シリーズの一つだという事だけですが――」
そのやり取りを聞いていた新堂が村田と話している同僚に話しかける。
「尾形君、君はまだ新人だろ。この事件は結構時間が掛かるし、犯人の手口が分からない。非常に危険だぞ。君、奥さんいるのだろ?」
「大丈夫です。妻には、いつも遺書を残してますから」
そう言う尾形の決意に南は言った。
「新堂、気持ちを汲んでやれ」
署長がそう言うならと新堂が答えると、新堂、村田、尾形の三人は事件現場へと向かった。
その頃、一言SNSの二村のアカウントとされる場所で、金柳の次に殺害された被害者とみられる人物の殺害をするまでの約二分間の動画がアップロードされていて、話題となっていた。その一言メッセージには、わたしメリーさん。という一言だけ添えられていた。一言SNSでのその動画は一部加工されてメディアに報道されていた。二村のアカウントの投稿は拡散され、ネット掲示板などでも話題となっていた。
「くそっ! 二村の奴!」
事件現場から帰ってきてから知って、苛立ちを抑えきれない村田が自分のデスクに拳を打ち付けていた。
「落ち着け、村田君」
「落ち着いてられませんよ! あいつ生きてたんじゃないですか! しかも一言SNSの運営に問い合わせても、現在地を特定できるように作られていないと言われましたし!」
「村田君、とにかく落ち着け」
新堂はそう言うものの、自分も半ば頭にきている事は同じだった。二分間とはいえ、一部始終が映りこんでいたからだ。
「それにしても、あの動画変ですよ」
尾形の一言に、そうだなと同意する新堂。
「この動画、あの人形が映っているのは判りますけど、明らかにこの人形浮いてますよね。浮遊でもしてるみたいに……」
「やっぱりメリーさんなんですかね」
少し落ち着いた村田が言う。答える新堂。
「まだわからんさ。ただ、あの二村のメッセージが拡散されている上に、酷い騒ぎになっているからな。早く収拾をつけないとまずいだろうな」
尾形がさらに続ける。
「加工どころか無編集みたいですからね。どこまで本当なのかって疑いたくもなりますよね」
「そこが問題だよなー、あー胸糞悪い」
村田はまだイラついているようだったが、それは三人とも同じ気持ちだった。そして、今回の事件で殺害された被害者は、二村と面識のない者だったということで、署長の南に無差別殺人事件として二村の件を追うように命じられ、拳銃の携帯を許可された。
一人署から出て新堂は考え込んでいた。なぜ今のタイミングになって二村は殺害の一部始終を投稿したのか。調べによれば相当真面目な性格で殺しなんてするはずがないと二村の両親に泣かれたほどだった。その二村がやるにしては行動が猟奇的ではないかという事も含め、たった数ヵ月でそこまで人間は変われるものなのか? そんな疑問だけがどうにも新堂のストレスになる一連の出来事だった。
そのまま新堂は溜息をつくと、車でもう一度二村の住んでいたマンションへ行くと村田達に連絡を入れてから向かう。
マンションの管理人に鍵を開けてもらい、部屋を歩きながら眺める。一言SNSで上がっていた動画は、この二村の自宅だったからだった。映像の照合をした結果、場所はここで間違いなかった。しかし、少し埃をかぶっているが、綺麗に整頓されている部屋だった。下着や服の散らかった部屋だったあの動画とは異なる点が多すぎる。
「迷宮入りか」
諦めのような言葉をつぶやいたその時――
ジリリリリン!
どこかで電話の音が鳴っていた。すると、マンションの管理人が申し訳なさそうに自分の携帯だと言って話し始めた。話終わって新堂に話しかけようとしたが、新堂は忽然と姿を消していた。確かに自分のすぐ後ろにいたはずだと思いながら、管理人は不思議に思い、電話の相手だった村田に再度連絡を取った。
「……」
信じることが出来ないというよりも、なぜこんな所にいるのか? 自分は確か、二村の自宅にいたはずだ。そう思いながら周りを見回す。
「一体どこだ……ここは……」
そう一言呟いた瞬間だった。
「わたしメリーさん」
後ろから動画でも聴こえていた二村の声がした。恐る恐る後ろを振り返る。そこには、赤いワンピースを着た二村らしき人物がいた。
「……二村……なのか?」
「アッハッハッハッハッハッ! ヒャーハッハッハッハッハッ!」
突然高笑いをする二村。その変貌ぶりは、調べで知っている二村とは異なった。そして、この場所がどこか考えていたが、自分の記憶にも聞いた記憶にもこんな場所はない。真っ暗な平原で新堂は銃を構えた。ここは常軌を逸していると思う恐怖が先立た。二村の右手には包丁が握られていた。恐らく自分を殺して行方をまたくらませようとしているのだろうが、それでもまだ動機が分からない。そして、二村の隣でメリー人形が浮遊している。そして二村は新堂に近づく。
「動くな! 一体どういう事態だ……!? 動くな!」
二村は近寄ってくる。そして包丁を持った右腕を振りかざそうとした瞬間、銃声が鳴った。確かに足を狙って新堂は撃った。しかし、弾丸は貫通したはずだと確認したが、二村は何事もないように近づいてくる。
「動くな!」
もう一度後ろに下がりながら銃を撃つ。しかし、右腕を狙ったはずが、右腕には傷一つなかった。撃った足にも傷はない。
「どうなってる!? くそ!」
銃を構えつつ後ろへ下がっていく。平原で何もない場所で、訳の分からない場所で自分は殺されようとしている。その恐怖心が新堂を襲っていた。
勢いよく近づこうとした二村に対し、次の銃弾は頭をすり抜けた。混乱しかなかった。二村は笑い声をあげて、右手に持った包丁を新堂の心臓めがけて刺そうとしたその瞬間。新堂は混乱で銃を何発か乱射した。その乱射が終わったころ、新堂の心臓に包丁を刺されていた。そして――
「アアアアアアアアアアアアアッ!」
絶叫を放ったのは新堂の声でも二村の声でもなかった。その声は頭部を撃たれた人形のものだった。
その瞬間、意識のまだあった新堂は、あり得ないものを見た。二村の服や体が砂のように崩れていき、そしてメリー人形だけが残った。気が付くと、銃を構えたまま、二村の自宅へと戻っていたが、そこまでで新堂の意識はなくなった。
「こんなのありかよ!」
村田は怒号を飛ばしていた。新堂の通夜に出ていた尾形も泣いていた。署長の南も涙を流すしかなかった。
「息子さんは、本当に優秀な刑事でした……!」
涙を流しながら新堂の両親に伝える南だったが、通夜が明け、一連の事件が収まったのだ。それで新堂が少しでも救われると考えていた。ただ一つ気掛かりなのは、新堂を刺していた包丁は、やはりおもちゃの包丁だったこと。そして、現場に残った銃で頭部を撃たれた後のメリー人形があったこと。さらに未だ二村は行方不明であることだった。
「本当に、終わったのか……?」
そう一言南は呟いていた。メリー人形は今でも署内で厳重に保管されている。
この事件は、二村メリー事件としてネットで騒がれたそうです。
あなたがもし、大切にしている人形をなくしてしまったら、どんなことが起こるでしょうね。
本当に、こんなことが起きるかどうか。それはあなた次第です。
この事件は、メリーさんの都市伝説として、語り継がれているそうです。
あなたもネットで検索すれば載っているかもしれません。
拡散メリー、と。
終
拡散メリー 星野フレム @flemstory
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