第7片 優しさのカタチ

 私は駿くんの病室の前にやってきた。隣には駿くんのお母さんがいて、心配そうにこちらを見ている。


「では、行ってきます!」


 私は力強い言葉を残し、ドアをノックして駿くんの病室に入った。

 すると私の姿を見た駿くんは一瞬、目を丸くした。でもすぐに敵意に満ちた眼差しに変わって睨み付けてくる。


「なんでお前がいるんだよっ? 帰れっ!」


「駿くん、話を聞いて。私は駿くんをイジメたことなんてないよ。むしろ私たちは付き合っていたの。恋人同士だったの」


「そんな戯れ言、信じられるかっ! どこまで俺をバカにする気だっ!」


「私は駿くんのこと、世界中の誰よりも好きだよ。幼い時からずっと。もちろん今もその気持ちは変わらない」


「ふざけるなっ! 俺はお前なんて、嫌いだっ!」


「……何度でも言うよ。私は駿くんが大好き」


「ちょっ!? 近寄るなっ、沙耶っ! ――んんっ!?」


 私は駿くんに駆け寄って、有無を言わせずキスをした。すごく胸の奥が熱くて、ボーッとしてきて気持ちいい。


 それは数秒だったのか数分だったのか、時間の感覚は麻痺していて分からない。

 いずれにしても長く感じたその時間のあと、私は駿くんから離れてジッと瞳を合わせる。


「私が本気だって分かった? 少しは記憶が戻った?」


「ふ、ふざけるなっ! こんなことで誤魔化され――」


「もう嘘なんかつかなくていいよ、駿くん。私、分かっちゃったから」


 そう、私は全てを理解した。

 駿くんは嘘をつくと鼻の穴がヒクヒクと動く。それが昔からのクセ。今までは包帯で隠れていたから気付かなかったけど、こうしてすぐ近くで見て気が付いた。


 そしてキスする直前に駿くんが咄嗟に叫んだ私の名前。さっきまでは名字で呼んでいたのに。それで私の予測は確信に変わった。


「駿くん、酷い態度をとって私を遠ざけようとしてたんでしょ? バカだなぁ、あんな程度で私が駿くんを嫌いになるとでも思ってるの? 駿くんに対する大好きな気持ちは、子どものころからの筋金入りだよ?」


「…………」


「きちんと話してよ。全て受け止めてあげるから。私は駿くんの彼女なんだぞっ?」


「……う……うぅ……沙耶ぁ……沙耶ぁあああああっ!」


 ついに駿くんは私を抱き寄せて号泣した。温かくて、すぐ近くで駿くんの匂いがする。つまりこれは私の指摘を肯定したって受け取っていいんだと思う。


 ホント、昔から強がりの泣き虫なんだから。でもそんなところも含めて、大好きなんだけどね……。


 やがて落ち着いた駿くんは静かに口を開く。


「俺、利き腕がなくなっちゃっただろ? だから俺と一緒にいたら、沙耶に迷惑ばかりかけちゃうんじゃないかって……。そんなこと、嫌だったんだよ……」


「駿くん……」


 やっぱり駿くんは優しい。あの言行は私のことを想ってくれた上でのことだったんだ。駿くんなりの優しさのカタチだったんだ。

 ちょっと分かりにくくてすれ違いは起きちゃったけど、こうして真意を知った今は嬉しくて胸がいっぱいになっている。


「沙耶は可愛いから、新しい彼氏だってきっとすぐにできる。俺なんかと付き合って、苦労させたくなかったんだ。俺と別れる方が、沙耶にとっては幸せだと思って……」


「バカねぇ! 私は駿くんが一番好きなの! 駿くんと一緒にいることが私の幸せなの。十何年も一緒にいて、そんな単純なことも分からないの? ちょっとショックなんだけど?」


「分かってる! だけどその気持ちが今後もずっと変わらないとは限らないだろ?」


「そんなの、当たり前じゃない。永遠の想いなんてないに決まってるでしょ? 想いはその一瞬一瞬に生まれては消えてを繰り返してる。変わらない想いっていうのは厳密には正確じゃなくて、その代謝を継続させているに過ぎないんだよ」


「じゃ、やっぱり沙耶の想いは……」


 駿くんは悲しげな瞳で私を見つめていた。また今にも泣き出しそう。

 私は小さくため息をついて、苦笑いを浮かべる。


「そんな顔しないの! 私は今の駿くんが駿くんでいる限り、この想いは続いていくって信じてる。それだけ私は駿くんのことが好きなんだから」


「俺だって同じ気持ちだ! 俺も沙耶がずっと大好きだ! 何があったって沙耶のことをっ、思い出をっ、記憶を忘れるもんか! 今回以上の事故に遭ったって、沙耶のことだけは一瞬だって忘れない!」


「っ!?」


 私を見つめながら真顔でそんなこと言われたら、胸がキュンとしちゃうよぉ。

 でもやっぱり私は駿くんのことが好きなんだなぁってあらためて思うし、好きになって良かったって心の底から思える。


「だったらもう二度とこういうバカなことはしないこと! 次はホントに愛想を尽かしちゃうかもしれないからね?」


 私はペロッと小さく舌を出すと、指で駿くんのおでこを突いた。

 まぁ、私が駿くんに愛想を尽かすなんてこと、きっとないだろうけど。駿くんの全てを受け止めて、一緒に歩んでいくんだもん。



 ――それが私の優しさのカタチ!



(了)

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優しさのカタチ みすたぁ・ゆー @mister_u

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