フェネック、アライさんを見つける

双海

アライさんが落ちてた

 私は冷めたフレンズなのだろう。

 一人が心地いいと、群れることが面倒だと、なにより他者が傍にいることを煩わしいと、そう思ってしまう。

 フレンズたちが集まって何かをしていても、羨ましいと感じたことはない。

 遊びに誘われても、角が立たないように断っていた。

 自分に利がない、と思えてならなかったから。

 だから私は一人で生きていた。

 そう、あの日、あのフレンズと出会うまでは。



 さばくちほー。私が暮らしているエリアがそこ。

 昼はとても暑く、夜はとても寒い。

 慣れない者にとっては、生き難いことこの上ないはず。

 自分がそんな場所に適していたことを僥倖だと思う。

 他のエリアに住むフレンズたちが避けて通るような場所だから、一人を好む私にとって、とても都合がいい。

 けれどそんなところに、あのフレンズは突然現れた。

「……」

 正確には、日中の猛暑に耐え切れず、私が住処にしている岩場の前で倒れていた。

 どうしたものかと、対応について考える。

 正直なところ、死んでいた方が楽だった。

 埋めるだけでいい。

 穴を掘ることが得意な私にとって、墓穴を掘る程度、苦にはならない。

 問題は生きている場合。

 その場合、私が介抱することになる。

 そうなったら面倒だなぁ。

 とはいえ、いるとわかってて放置した末に死んでしまったら、流石に目覚めが悪い。

 なんにせよ、生死の確認が先。そう結論に達した私は、そのフレンズに歩み寄り、屈んだ。

「……生きてるー?」

「……」

 反応はない。

 内心ほっとしつつ、最低限の礼儀として掌を合わせ、目を瞑る。

 成仏して下さい、と念じながら。

 次の瞬間、私の足に何かが巻きつき、驚きのあまり立ち上がった。

 見てみると、亡くなったと思ったフレンズの手が私の足首を掴んでいた。

 そして彼女は言う。

「……あついのだぁ……のどがかわいたのだぁ……しにそうなのだぁ……」

 彼女は生きていた。

 僅かに顔を上げて私を見つめる瞳には、涙が溜まっている。

 私は後頭部を指で掻き、やー……と口を開く。

「ここ、私の住処なんだけど、入るー?」

 彼女は頷いた。

 生きていた以上、仕方がない。

 埋めることを諦め、彼女を背負って住処へと引き返した。




「助かったのだ! ありがとうなのだ! 命の恩人なのだ!」

 岩場の奥の一番涼しいところへ運んだあと、蓄えていた水を与えると、彼女はあっという間に回復した。

 表情にこそ出さないが、たった数分で動き回れるようになったことに対して、私は内心驚いている。

 そんな彼女は今、小柄な私よりさらに小さな体を大きく動かして感謝の意を口にしていた。

「助かってよかったねー」

 心にもないこと、というほどでもないが、本心を隠して私は言う。

 元気になったのならさっさと出て行って欲しい、というのが本音だが、招き入れておいて数分で追い出すのは酷だろう。

 それに彼女を中心に波風が立つのは、よろしくなかった。

 嫌われて争いごとになるのは避けたい。

 と、不意に彼女は、自己紹介するのだ、と言い出した。

「アライさんはアライグマのアライさんなのだ」

「私はフェネックギツネだよー」

「じゃあ、フェネックって呼ぶのだ。アライさんのことは、アライさんって呼んでいいのだ」

 他人にはさん付けで呼ばせるのに自分は呼び捨てって。

 そんな考えを思い浮かべては払拭し、私は当たり障りのない話題を口にする。

「アライさんはどうしてさばくちほーに?」

 私を含め、大多数のフレンズが火を恐れるように、砂漠の極端な寒暖に適さない者たちは、本能でこのエリアを避けていた。

 とはいえ、例外は存在する。

 例えるなら、どうしてもさばくちほーを横断しなければならない場合。もしくはさばくちほー内に用がある場合。

 アライさんもその類だと私は考えた。

 その理由を聞けば、彼女に対する今後の方針も定まる。

 加えて、アライさんの理由を軸に話を広げれば、話題に困って沈黙するような場面も避け易い。

 そんな私の考えを、アライさんは見事に裏切った。

「そこにさばくちほーがあったから、なのだ!」

「……」

 あまりに予想外な返答に、私は思わず呆けてしまった。

 いや、アライさんが言いたいことは理解している。

 しているつもりなのだが、命を賭けるに値することなのか、それがわからない。

 わからないために、私は言葉を失った。

 それはきっと、呆れるという感情なのだろう。

 面倒と思う以外に、あまり感情を抱いたことがない私は、自分に少々困惑する。

 対するアライさんは不敵な笑みを浮かべ、満足そうに胸を張っていた。

「……それは要するに、散歩の延長ってことかなー?」

「散歩じゃないのだ! 冒険なのだ! アライさんはジャパリパーク中を回って、色んなお宝を見つけるのだ!」

 ジャパリパークにお宝なんてあったっけ?

 私は疑問を抱きつつ、アライさんを見つめる。

 ……眩しい姿。

 自分の行動に僅かな疑問も抱いていない。

 ジャパリパークに宝物があると確信していた。

 楽しそうに輝く彼女の瞳に一点の曇りもない。

 その瞳から私は目を逸らせられないでいた。

 少し考え、私はその理由に気づく。

 私にないモノを彼女が持っているからだ。

 目的。なにかを強く求める感情の到達点の一つ。

 あぁ、そうか。

 私はようやく理解した。

 今まで出会ったフレンズたちに関わりたいと思えなかった理由。

 それは、彼女たちに目標がなかったからだ。

 なになにをするためにどこどこへ行く、そう考え、動いていたとは思う。

 けれどアライさんのように、絶対にやり遂げてみせる、と言った意気込みはなかった。

 日々の退屈を紛らわせるためだけの遊び。

 そんな行為に、どうして心が揺り動かされるだろうか。

 なるほど。

 私は一人納得する。

 私に足りないのは刺激だったのだと。

 一人が好きだったのではなく、アライさんのようなフレンズを求めていたのだと。

「……アライさん」

「ん? どうしたのだ?」

「ちょっと提案があるんだよねー」

 この機を逃す手はない。

 アライさんに同行させてほしいと、私は頼んだ。

 その要求をアライさんは即答で了承した。

 とても――とても明るい笑顔を浮かべながら。

 曰く、フェネックは命の恩人なのだ、頼りになりそうなのだ、とのこと。

 ありがとう。私はお礼を言ったあと、今日はゆっくり休んで、明日出発することを勧めた。

 アライさんはそれにも頷き、翌日、私たちは私の住処を出た。

 



 冒険の途中、色々なことがあった。

 アライさんがハブのフレンズに噛まれたり、アライさんがセルリアンを枕にしたせいでセルリアンの大群に追われたり、イカダを作って川を渡ろうとしたらアライさんがオールを忘れていたり。

 あぁ、イカダの時はアライさんが途中から泳ぎ始めて、もう少しで岸に到着するって時に沈んだっけ。アライさんの背中に乗っていた私も一緒に。

 アライさんはたくさん失敗した。

 子供みたいに泣いたりもした。

 けど絶対にめげない。

 決して挫けない。

 どんなことがあっても、どんな目に遭っても、アライさんはどこまでも、誰よりも真っ直ぐ前を見つめて歩いている。

 ずっとアライさんの後ろで歩いていた私は、気が付くと、そんな彼女に惹かれていた。

 いつまでもアライさんの傍にいたいと、そう思うようになっていた。

「フェネック~!」

 遠くから涙声のアライさんが私を呼んでいる。

 どうやら崖に落ちてしまったらしい。

 さて、今日のアライさんはどんな行動に出るかなー。

 いつからか、自然と作れるようになった笑顔を浮かべ、私は今日もアライさんと共に行く。

 楽しいことで満ちているこのジャパリパークを。

 

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