1章:南の森の綴り人
1-1.噂話
「南の森の綴り人が、珍しい容姿の女の記憶を掘り起こして綴ったらしいぜ。白い髪に薄紫の眼をした女の話なんだと」
アルザと呼ばれる港街の小さな酒場で、旅の路銀を稼ぐ為に日雇いの仕事をしていた時の事だった。
賑わう酒場の一角で、小さく囁かれたそんな噂話を、僕は聞き逃すことは出来なかった。焦燥に突き動かされるまま給仕の手を止めて、その噂話を発した商人らしき男に詰め寄る。
「あのっ!その話は、本当でしょうか!?」
「あん……?なんだい兄ちゃん、その話ってのはどの話だい?」
「白い髪に、紫の瞳の女性の記憶が、綴られたという話です!」
食らいつくような勢いに、彼等は驚きつつも話を聞かせてくれた。
それらは紛れもなく、僕が五年の間探し続けて、やっと見つけた彼女への手掛かりだった。
「やっと……やっとだ、レティ」
五年前、意に沿わぬ見合いの帰りに盗賊に襲われ、そのまま行方不明になってしまった僕の恋人。
彼女を失ってから五年、彼女を探す為に国中を歩き回った。
諦めろ、と諭されたこともある。窘められたり、馬鹿にされたこともあった。けれど、どうしても、彼女を諦める事なんて出来はしなかった。
酒場の仕事を終わらせて、旅支度を始める。目的地は、王国南方の国境沿いに広がる南の森だ。そこに住むという綴り人が、彼女の記憶を綴ったらしい。
もう一歩で、探し求めた彼女の情報に手が届く。
出発は明日からだ。焦り逸る心臓を抑えて、僕は眠りについた。
アスターの揺れる森で 白洲 夏瀬 @blue_aster
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