第31話 エレンという仲間

 エレンを引き取る手続きは簡単だった。

 冒険者ギルドに行き、母親にそのことを通達してもらうだけ。

 どうやら住民票的なものはなく、人がどこに所属するのかも個人の自由だった。


「いろいろ複雑な手続きとかないのね」


「ああ、ここは都合のいい世界だが、自分の責任でどうとでもなる世界だな」


 アルニエはエレンの格好をどうにかしないと! と張り切って買い物に行ったので、宿にはハルトと二人きりだった。


「だからこの世界は危ない、とアリスには言ったはずだが…………っ!」


 少しこめかみを抑えたハルトは、なんだか頭が痛い様子だった。

 なのでわたしは治療をしようと、ハルトに歩み寄ったのだけど。


「……いい、怪我とか病気ではないから」


 と断られてしまった。

 少しの沈黙のあと、ハルトがわたしの格好について話す。


「その服も似合ってるな」


 わたしの服は、治療術師特有の白いローブ。

 ボリュームのあるフードつきの、腕が着物みたいな感じに広がっている形。

 ウエストは革のベルトで止めていて、付属のポーチに短剣ともしものときの魔力補給剤を入れている。おしりのあたりからふわっと広がったローブの下には、ワイドパンツの裾を絞ったものをはいている。

 靴は歩きやすい革の靴で、細かな刺繍がお気に入り。


「そ、そうかな。ドレスよりは着心地がいいから楽だけどね」


 クスッとハルトが笑った気がした。

 なんだか以前のような空気に戻ったのかも。


 ちょっとわたしがそう思ったときに、ハルトがシッ! と言い、窓から外を伺う。

 外からくぐもった声がしばらく聞こえていたけど、わたしたちが静かになったのを察知したのか、静かになった。


 それから数十分は緊張感を持ったまま二人で黙っていたけど、その沈黙は戻ってきたアルニエとエレンにかき消された。



「ただいま……って静かにしてどうしたの?」


「いや、外に俺たちのことを探っていた誰かがいたような気がしてな。外には誰かおかしな奴がいなかったか?」


 ハルトがアルニエに聞く。

 だけどアルニエは首を横に振った。


「いいえ、町の人はいたけど、怪しげな人はいなかったと思うわ」


 そうか、とハルトは警戒を解く。

 ハルトの話では、最近わたしたちの動向を調べている貴族のような輩がいるということだった。


「それって……!」


 アルニエを見ると、アルニエも気づいたように頷く。


「皆様、急いでこの宿を引き払いましょう。ここは危ないです」



 *



 とりあえずある程度のお金が貯まったので、気づかれないよう夜に一台の馬車を借りて出発する。

 辺りを確認しながらひっそりと。


 わたしは目で追っ手がいないか確認しながらで、アルニエはあたりに気配遮断の魔法をかけてもらっている。

 ハルトは馬車を操作していて、エレンはそんなハルトの隣に座っている。


「大丈夫。このあたりには誰もいないよ」


 エレンがハルトにそんなことを言っていた。



「アリス、あの娘……エレンは特異な能力を持っています」


 馬車に乗って落ち着いたころ、エレンは再び眠り、わたしとアルニエは馬車の中で話していた。


「エレンの今までの生活はアリスから聞きました。それに元々の魔力量が多かったということもあって、辺りの人の気配を察知する能力が非常に高いのです」


 確かにエレンの心を覗いたときに、母親の足音がする前にエレンはすでに恐怖を感じていた。あれがそうなのかな。


「まあ、わたしが教えます。エレンに魔法を」


「ん、そうだね」


 そして気になったことをアルニエと話す。


「貴族がわたしたちを追っているっていうことは、つまりハルトに呪いをかけた人たちに関係がある人だよね」


「そうです。多分レオンハルト様がモンスターになってそれを討伐すれば、レオンハルト様が死んだということがわかりますからね。それにそのほうが……」


 真っ当な理由でハルトを王子の座から引きずり下ろせる、ということだった。


「まあ、俺の命を狙う連中は、そこらじゅうにいる。だがなぜ……魔王討伐をする旅はあいつらの策略でもあったはずだが、ここまで直接的なのはおかしい」


 気になることをハルトが言う。

 それを補足してくれたのは、アルニエ。


「そうなんです。レオンハルト様は完璧な王位継承者なのに、そのままでは自分の権力を伸ばせない輩が、レオンハルト様に魔王討伐させるよう暗躍したのです」


 でも、魔王を倒しちゃったんですよ。とアルニエはわたしに囁く。

 くふふふ、とそのあと楽しそうに笑った。


 魔王の城までは観光気分だったわたしだけど、これから先、色々な妨害が待っているのかと不安になった。


「大丈夫ですっ。アリスもなかなか強いですし、わたしも張り切りますから」


 アルニエが大きな胸をボンっと叩く。


「だがどんな手を使ってくるかわからない。これから先は飲み水ですら気をつけないといけないな」


 ハルトはわたしとエレンにも用心深くしているよう、注意するようにと言ってくれた。わたしは湖での件もあってハルトには信用されていないらしく、そのあとの行動についてずっとハルトからレクチャーを受けることになった。

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新卒女子の受け持つ仕事は異世界を治めることでした。 東江 怜 @agarie

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