第30話 ギルドクエスト

 ギルドクエストと言われるものは害獣扱いのモンスターを倒したり、街中でのおつかいだったりした。

 ほとんどがハルトやアルニエが無傷であっという間にこなすようなものだったので、わたしは役に立たなかった。

 でも、たまにある治療のクエストについては、わたし一人でもこなせたので、単独で治療しにいったりした。



「大丈夫ですか?」


 たいていは骨折したおじいさんの治療だったり、無茶をして腰を悪くしたおじさんなど怪我したものが多かったけど、その日は違っていた。

 わたしが声をかけた先には、年齢が十歳ぐらいの小さな女の子が苦しそうにベッドに横たわっていた。


「……とんだ病気にかかったもんだよ。この子は」


 と傍らにいたお母さんが娘さんを蔑むように見つめる。

 わたしはお母さんに返事をせずに娘さんを見ると……ハルトが以前にかかった呪いと同じ種類のもの。

 その子の場合は肩のあたりから腕や胸にかけて、黒いツルの模様が広がっていて、手はすでにモンスター化しているようで、黒い皮膚と長い爪に変わっていた。


「……」


 病状はかなり進んでいるようだった。

 アルニエに以前に教えてもらった話では、心臓もしくは脳にこのツルが広がって、血液に溶けるとモンスター化するとのこと。

 なので、この子はあと一日ぐらいでモンスター化するところなのかな。


 わたしは早速治療を開始する。

 とはいえ、ツルの根元だと思われる部分に自分の手を当て、そのまま治るように念じるだけ。

 いつもの怪我を治すときのように、簡単に治るものだと思っていた。



 グルルルル!!


 低い唸り声をあげ、娘さんは治療中のわたしの首をモンスター化した黒い手で締めあげてくる。


「キャアアアアア!」


「……っ!!」


 お母さんが悲鳴を上げる中、次第に苦しくなってくるわたし。

 だけど、治療の手は緩めなかった。


 わたしが意識を失う直前で、娘さんの手がゆるんだ。

 どうやら呪いは解除されたみたいだった。



 *



 気づくとわたしは、娘さんが寝ていたベッドにかわりに寝ていた。

 そのわたしを覗き込む、呪いが解けた様子の娘さん。


「……よかった、どうやら呪いは解けたみたいね」


 でも娘さんはわたしから視線を外し、そのまま下を向いてしまった。

 どうやら泣いているよう。


「ど、どうしたの?」


 わたしは起き上がり、娘さんを見る。

 ツルの紋様は毒々しい黒から、赤いあざのような色に変わり残っていた。

 そして目立ったのは手。

 そこはモンスター化したまま固定されたようで、肘から先が黒く爪が伸びた大きい手のままだった。


「お、お母さんにわたし……捨てられたの」


 家の中にふんぞり返っていたお母さんはいなかった。

 わたしが記憶を失っているときに、どうやらお母さんは逃げ出したようだった。

「あんたなんかわたしの子じゃない」と言い残していったというのは、娘さんが泣きながら話してくれた。


 そのまま女の子を一人にしておくのも問題があったので、わたしはとりあえずギルドにつれていくことにした。



「名前はなんていうの?」


「……エレン」


 色が抜けるよう白く、金髪碧眼の女の子。

 呪いの後遺症……エレンのモンスター化した左手は、わたしの治癒能力でも治すことができなかった。

 直せるかと思い、エレンの手に触れたとき、わたしの読心の魔法が発動しエレンの心を見てしまった。


 小さなときからずっと働き詰めで、母親にこきつかわれる毎日。


「そろそろあんたもいい歳になってきたねぇ。娼婦として売る時期が来たかしら。フフフ」


 貧乏ぐらしの中、毎日のように酔っている母親に楽しそうにそう言われたとき、目の前が真っ赤になり今回の呪いを発症したらしかった。

 わたしには想像できない、エレンのひどい生活が垣間見えてしまった。


 エレンの生活についてギルドへいく道中、あれこれと考えてしまったわたし。

 そんなわたしに黙ってついてきたエレンだったけど、ギルドの建物に入る前で、わたしの服をぎゅっと掴む。


「あの、おねえさん……」


 振り返ったわたしをキッとした顔で見て、言った。


「わたしをおねえさんの召使いにしてくださいっ!」


「ええっ!?」


 エレンが言うには、ギルドに引き取られると結局母親のところへ戻されるらしい。

 腕がモンスター化してしまったから、娼婦になることはないとしても、結局あの苦しい生活に戻ってしまうとかなり不安がっていた。


「今は旅をしている最中だから、わたし一人じゃ決められない……かなぁ」


 ギルドの建物の前で立ち話をするのもなんだし、わたしは拠点としている宿の部屋へとエレンを連れて行くことにした。



 *



「連れて行っていいんじゃないですか? その娘の母親は最低でしょうから」


 戻ってきたハルトとアルニエは、エレンの身上を聞いたあと、処遇をどうするか三人で話し合った。

 すぐにエレンを連れて行っていいと同意したのは、アルニエ。


 いろいろ質問をされたのか、それとも病み上がりなのかエレンは疲れて寝てしまっていた。


「俺は反対だな。これから魔王と熾烈な戦いをする旅なのに、こんな幼い娘は連れていけない」


 ハルトは以前の記憶のままだから、魔王がもういないことは知らない。

 だから反対するのかな。


 でもわたしは……。


「これからのこの娘の面倒はわたしが見ます。ここで見捨てることは出来ないから」


 モンスター化した手では、普通の生活は送れない。

 それにあの母親のもとではエレンが不幸になるのが分かりすぎていたから、わたしは責任をもってエレンを引き取ることにした。


「まあ、アリスがきちんと護るのなら、俺はなにも言わない」


 不機嫌なのかな? と思ってハルトを見ると、ハルトも少し安心した顔をしていた。でもまだ、わたしに対する態度はぶっきらぼうだったけど。

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