第29話 ギルド登録

「この街からか。魔王城まではかなり時間が掛かりそうだな」


 ハルトが街をぐるっと見回して言う。


「ここで冒険者ギルドに登録してお金を稼いでから、馬車かワイバーンで移動すればすぐだと思います」


「うーん、ここのギルドって賞金が安くなかったかな? 馬車代だけ稼いでこの先の街のほうが効率がいい気がするけど」


 ハルトが提案してくる。

 わたしはまったくこの世界の仕組みがわからないので、おとなしく二人の話を聞いているだけだった。


「身分証明書的なものも俺とアリスは持ってないし、一度冒険者ギルドに行って証明書を作ってもらったほうがいいな」


 アルニエは身分証明書として魔術協会で配布しているペンダントを身に着けているけど、それはギルドでは使用できないらしい。なのでわたしたちと同じように、お金を稼ぐ目的で冒険者カードを作ってもらうことになった。


「懐かしいですね。この世界では魔法でその人の能力を読み取ったカードを使うんですよ。なのでアリスの能力もそのとき明かされますから、皆さん驚きますよ。くふふふふ」


 楽しそうにアルニエは笑った。

 わたしはそのシーンですら想像がつかなくて、首をかしげるだけだった。



 *



「いらっしゃい。今日はなんのようだい」


 ごついおじさんが冒険者ギルドのカウンターに座っていた。

 愛想がよく人懐っこい感じのおじさんだけど、日焼けした肌と筋肉隆々な腕に大きな頬の傷が印象的だった。


「全員のカードを作りたいんだが、大丈夫か?」


 ハルトが受付のごついおじさんに話しかける。

 おじさんはすぐに隣にいる痩せたローブを着た若い男性に「カード作成だとよ」と伝えると、その男性が受付を変わる。


「は、はい。そちらの三名様ですね。こちらにどうぞ」


 カウンターの隣りにある電話ボックスぐらいの小さな小屋にわたしたちは案内される。なんとなく教会にある懺悔室みたい。

 全体が木の板で囲われている簡単なパーティションで区切られた一角に、一人づつ入るようだった。


 ハルトが真っ先に入り、数分で出てくる。



「アリス、先にどうぞ」


 アルニエがわたしをグイグイ押して小屋に入れる。

 小さなテーブルの前に椅子があり、そこに座るようにさっきの男性に指示された。


「ではわたしの右手にあなたの左手をあわせてください。すぐに終わりますので」


 男性の手に触ると、小さなテーブルにおいてあるカードに載せてあるほうの男性の手が光り、何も記入されていなかったカードに何かが記載される。

 その文字はわたしにも読める日本語で書いてあり、男性に促され小屋を出たあとハルトに報告する。


「すごいですね、別の世界と思ったら日本語だったんですよ」


「それは、そうだよ。異世界とはいえご都合主義で出来ている、つまり俺たち転移者にとってはエンターテイメントな世界だからね」


 どうやらこの世界の細かなことは、ハルトとわたしにとっては都合よく進むらしい。そのあとのハルトの説明もそうだった。


「……俺もこの世界に来てなにもわからなかったのに、王子という地位が初めからあり、それをわかりやすく説明してくれる人々がいて、ブルーノとアルニエがすぐに仲間になった。今しているこの旅も苦労もなくあっさりしたものだったよ」



 ん、あれ?

 わたしは気づいてしまった。

 ブルーノがいないことはハルトも気にしていないことに。

 だからわたしはブルーノが向こうの世界にいることを知っていながら、ハルトに問いかける。


「あの、ブルーノは今どこにいるんですか?」


「さあ、でもこのメンバーでも旅に問題はないだろう」


 いつの間にかわたしのカードを勝手に見ていたハルト。

 わたしも一緒に覗き込むと、そこには『救世の女神グラナティス』と書かれていた。


「これは治癒能力を持つ転移者の称号だ。わかりやすいように神ってついている」


 そう言ってハルトは懐からカードを取り出す。

 そこには『冷徹な戦神オーニクス』と記載してあった。


「この称号はその人個人の地位になる。簡単な身分証明書として使えるんだ」


 ハルトとカードを見ていたとき、アルニエが戻ってきた。


「レオンハルト様は剣士としての転移者の称号です。そして神とつくのは最高位の称号なので、お二方とも転移者という証ですね」


 と、カード作成を終えた様子のアルニエはカードを差し出す。

 そこには『セリノリュクスの魔女』と書かれていた。


「わたしたちは職業の記載しかありません。なのでわたしも魔女という括りになりますね。そして転移者は莫大な力を持つと言われています」


 どうやらハルトの言っていたとおり、この世界はわたしたちに都合のいいように出来ているらしかった。



 そのあとわたしたちはお金を稼ぐべく、さきほどのおじさんから仕事をもらうことにした。

 カードを見たおじさんはわたしとハルト、そして魔女のアルニエですら珍しいのかアルニエの姿とカードを何度も見比べたあと、ヒエェ! と情けない声を出したのだった。

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