第1話 私の日常
ジリリリリ……
今日もうるさい目覚ましが、気持ちよく寝ていた私を起こしてくる。それを手探りで止めた私は、ベットの中でグイっと背伸びをした。
今日も、朝から講義を入れている。ゆっくりしている暇はない。すぐに準備をしないと。
若干寝ぼけてふらふらしながら台所へと足を進め、いつも通りに朝ご飯の支度をする。トースト一枚くらいなら、まだ下宿を始めて半年が経たないような一人暮らし初心者の私でも簡単に作れる。
出来上がるのを待っている間に、テレビをつけ、ニュースを観ながら着替えに取りかかる。もう、テンプレになってしまったTシャツにジーパンという格好は、女子大生らしくはないのだと分かっているのだけど、大学に行くのにはこれでいいのだと割り切っている。
というよりも、化粧さえすれば、少しは大人っぽくなるのだと思っているだけ…いや、思いたいだけなのだが…
どうにもおしゃれに関心が持てないというのが本音であり、一人暮らしでお金が他の物や旅行費に消えて行ってしまうというのが建前である。
チンという音が部屋に響きわたる。どうやらトーストが焼けたようだ。トーストにお気に入りのイチゴジャムを塗り、もぐもぐ食べながらニュースを観る。
最近は神隠しが多いという人の関心を引くための特集を見ながらパンを完食した私はさっさと歯磨きをし、手早く化粧をし、少し長くなってしまった髪をとかす。
今日は早めに用意が終わったので、しばらくはテレビに集中できる。
『……この現象は太古の昔からあるもので、世界各地で確認されておりますね。早く見つかると良いのですが……』
ニュースの司会者がわざとらしく悲しげな顔をする。どうせ、そのように言ったことすら1時間後には忘れているのだろうに。
そもそも神隠しにあった人なんて本当にいるのだろうか。本当は今の状況から逃げようと自分から消えたのをその家族が騒ぎ出したのではないか。
私は神隠しという考え方は否定的なのだ。前世は信じるのだが、神隠しは信じない。
ちなみに異世界は信じている。行ってみたい。
元々、二次元世界は大好きである。アニメも観る方だと思うし、ゲームもする。小説もジャンルに問わず一週間に一回は絶対に読む。
その中でも異世界物は大好物で、私が異世界に行ったらとよく妄想したりするのだ。もし、神隠しがあるとしたら、それは異世界に行ったのではないだろうか。
神隠しは異世界への扉だったら、私も異世界に行きたい。そして、体験記を小説にして印税で暮らしていきたい。
大学3回生という時期は、かなり自由である反面、将来のことも考えさせられる時期なのである。これくらいの妄想くらい抱いてもまだ許されるだろう。
そんなことを考えている内に、講義の時間が迫ってきた。急いで教科書が沢山入ったリュックを背負い、家を出る。
夏の初めでまだセミも鳴いていないが、梅雨明けということもあり、ジメジメとした暑さがある。少し歩いただけで、もう背中がしめってきたのを感じる。
それでも、1本、道を曲がると川が近くにあり、かなり涼しくなるのだが、なんせ、そこは小学生の通学路であり、あまり使いたくないのだ。朝からうるさいのは耐えられない。
この暑い道の方が近いし、まあ良いだろう。小学生がうるさいし。
ちょっとした諦めでもあるが、この道を選び続けて3年目の私には、それほど苦痛でもないのだ。
春になれば桜でいっぱいの道の脇の木も、夏の間は緑色の葉が沢山ついて、他の桜以外の木と遜色なく見える。
なんだか、桜は特別好きだ。元々、桜が好きな国民柄の日本人だからであろう。花見をするのも楽しいが、道に咲いている桜を見ながら歩くのも好きだ。
夏の桜はそれほど好きではないが。ただの葉っぱではないか。
桜の木の道を抜けると、大学が見えてくる。今時珍しくもない、ビルのような校舎では、生徒が一つの校舎で勉強をしている。ここだけの話、あまり、授業を真面目に聞く生徒もいないのだが。
校舎に入ると、予鈴はとっくに鳴り終えたはずなのに、未だに教室に入っていない生徒がちらほら見える。今日は少しだけ遅れている私を含めて。
エレベータは混むので階段を選ぶ。運動系の部活には入っていなかった私からすると、4階まではかなり体力が削られる時間である。それでもエレベータでもみくちゃになるよりはマシなので我慢である。
やっとのことで、登り切り、ぜぇぜぇいわせながら、教室にたどり着いたタイミングで本鈴が鳴った。それを見計らったように教授が中に入ってくる。それに気づいているのか気づいていないのか、教室はガヤガヤしていて、教授が講義を始めても、彼らは話を止めない。
そんなことは日常茶飯事であり、慣れっこの私はさっさと教科書を出し、授業に集中しているつもりなのだか、どうにもこの講義はつまらなく、気づいたときにはうたた寝をしてしまっていた。
夢を見た。
いつもの夢である。
銀髪の少女とファンタジーのような、この世界のような丘の上で向かい合っている。
そして彼女は私に、いつものセリフを口に出すのだ。
「いつか、また会おう。この丘で」
あぁ、私は、貴方に逢いたい。
「……優……優!桜木優!」
名前を呼ばれて目を覚ました。顔を上げると、友達の桂木日向だった。彼女は今日も、元気そうである。
「……うん……起きた……」
対して私は少々寝ぼけ気味であり、元気とは言えない状況であるが、彼女を見て安心する。
なんだか、日向はそばにいて落ち着くのだ。
「もう、優?さっき教授、テスト範囲言ってたんだからね。今回の講義で言うって言ってたじゃん」
そんな寝ぼけた私にため息をつき、日向はノートを見せてくれた。あたりをみると、生徒は殆ど居ず、教授も居なかった。
ノートをぱらぱらとめくると、流石日向と言いたいくらいに沢山の綺麗な文字が見れた。
きっと、板書以外も書いているのだろう。おまけに講義の日付まで書いてある。
「ありがとう。このノート、借りても良いか?」
夏の初めはテストもある。ましては日向のことだ、勉強もしたいだろう。
申し訳なく思いながらきくと、日向はきょとんとした顔をした。
「そんなのいいに決まってるでしょ?いつも寝ているわけじゃないし、私も見せてもらうこともあるし。それにだって…」
日向は少し照れた様子で口ごもると、
「私たち、友達じゃない?」と恥ずかしそうに言った。
いつか、また会おう。この丘で。 神村 @kamura1022
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