我々は賢いので、知らないことは無いのです

うにねこ

我々の知性を見せるのです

「うぎゃー! お腹……お腹が痛いのだー!」


 ジャパリカフェでの食事会。

 そこのオーナーであるアルパカに招待されて、私と助手はこのカフェでしか食べられないジャパリカレーに舌鼓を打っていたのです。

 食事会には我々に加え、アルパカと仲の良いトキ、そしてアライグマとフェネックが参加しています。

 そんな中、我々と同じくカレーを食べていたアライグマが、いきなり床を転がり始めたのです。


「痛いー! お腹! お腹痛いのだー!」

「博士、アライグマがうるさいのですが」


 助手であるワシミミズクのミミちゃんは、私も丁度思っていたことを代わりに言ってくれました。

 みんなでワイワイ食べるのは楽しいですが、暴れまわるアライグマを見ても鬱陶しいだけなのです。


「お腹がー! あ……あー! 痛いのだー!」

「もしかして、お歌の練習? 声を出すための訓練なのかしら」


 不思議そうに見つめるのは、歌が大好きなトキです。

 しかしアライグマのそれは発声練習では無いでしょう。

 というか声の出しすぎで喉を傷めそうです。


「痛いのだー! ああああ! 痛いのだー!」

「食事会を楽しんでもらって嬉しいけどもぉ、そんなに元気いっぱいだとすぐ体力無くなちゃうよぉ」


 オーナーのアルパカはそう言いながら紅茶を運んできてくれました。

 ふわりと漂う紅茶の香りは、なんだか気持ちをホッとさせます。

 アライグマもこれを飲んで落ち着いた方が良いのです。

 ついでに喉も癒されるでしょう。


「ああああ! 痛い痛い! お腹がー!」

「アライさーん。紅茶が来たよー。一緒に飲もうよー」


 落ち着いた様子で声をかけるのはフェネックです。

 さすがはアライグマのお世話役。どこか手慣れているのです。

 ……というか、いつまでアライグマはジャパリバスのタイヤみたいにゴロゴロと転がりまくっていやがるのですか。


「フェネック、アライグマをそろそろ黙らせるのです」

「ごめんよー博士。ほらほらアライさーん。博士も怒ってるよー。どうしてそんなに暴れまわっているんだい?」

「お腹が痛いのだ! お腹が! 痛い! のだぁー!」

「ええ、アライさん、お腹が痛いのかい? 早くそれを言いなよ」

「さっきから言ってるのだー!」


 腹痛ですか。

 それならそうと早く言うべきなのです。

 私は紅茶を飲みながらアライグマに視線を向けます。


「アライグマのことですから、どうせ拾い食いでもしたのでしょう」

「そ、そんなことしてないのだ……!」

「拾い食いはしていないと思うよー。アライさんがそんなことをしてたら、まず私が気づくだろうしー」


 フェネックがそう言うのなら、その線は無いのでしょう。

 だとすると、カレーの材料が腐っていたか……いや、我々もカレーはおかわりまでして食べていますが、腹痛どころかまだまだ腹八分目というところです。

 ならば……。


「助手、これはもしかするとアレですかね」

「博士、アライグマなら有り得るかもしれないです」

「おー、博士たち、アライさんがお腹痛い理由、分かったのかい?」

「フェネック、カレーの材料を言ってみるのです」

「えっとー、確か……ジャガイモ、ニンジン、タマネギ……」

「それです」


 言って、私と助手ははゆっくりと椅子から身を起こし、ふわりとアライグマの傍に向かいます。


「タマネギというのは、多くの動物にとって毒なのです。アライグマの腹痛はそのためだと思われるです」

「えー? でも博士ー、私たちは何ともないよー?」

「それが当たり前なのです。なぜなら我々は動物ではなく、動物のフレンズだからなのです」

「そうなのです。博士の言う通り、我々は動物がヒト化したフレンズなのです」

「ヒトにとってタマネギは普通の食材なのです」

「つまり我々がタマネギを食べたとしても問題は無いはずなのです」

「えー……じゃあどうしてアライさんは……?」

「自覚が足りない、ということなのです」


 私はそう言って、うずくまるアライグマの耳元に、そっと口を近づけます。


「アライグマ、あなたはフレンズなのですよ。だからタマネギを食べても平気なのです」

「うぅ……平気……なのだ?」

「そうです。フレンズという自覚を持つのです。ほら、タマネギはカレーという素晴らしい料理に必要不可欠なとても美味しい食べ物なのです。だから食べても平気なのです」

「平気……タマネギは……食べ物……なのだ!?」


 フレンズは身にまとっているものを服だと認識することでそれを脱ぐことが出来ます。

 食べ物もそれと同じということでしょう。

 それが食べても平気だと自覚することで、動物のときには毒だったものでも食べられるようになる、ということなのです。

 フレンズだから大丈夫のはず、という気持ちが無ければ、我々も初めてカレーを食べたとき、アライグマと同じようになっていたかもしれないです。


「うわー! お腹治ったのだー! カレー美味しいのだー! もぐもぐ! 美味しいのだー!」


 自覚をすればこの通りなのです。

 賢い私や助手、それにアルパカやトキとフェネックは、自身をフレンズだと認識しているから平気、ということでしょう。

 いや、この場合、アライグマがただのアホという結論の方が正しいのかもしれないですね。

 というか腹痛が治ってもうるさいのです。


「博士ありがとうなのだ! やっぱり博士たちはすごいのだ!」

「……当然なのです」

「我々は賢いのです」



 そして無事に食事会は終わり、我々はお鍋に入った余りものカレーを手に入れたのです。

 ……しかし、安易に料理を広めるのも考え物かもしれません。

 アライグマのように、本能が食材を拒否してしまうフレンズも、他に居るかもしれないです。

 食べられる物と、そうでないものの区別。

 我々にとっては簡単なのですが、そうではないフレンズだって居るのです。

 おそらく、そういう懸念や心配事を払拭するために、ラッキービーストがジャパリマンを配給してくれるのでしょう。

 我々は賢いので、そんな心配無いのですが……。

 そんなことを思いつつ、我々の寝床である図書館を目指して空を飛びながら、私は手に持ったお鍋を見つめる。


「……助手、一日寝かせたカレーはとても美味らしいですね、じゅるり」

「えぇ博士、味にコクと深みが増すそうなのです、じゅるり」

「思ったのですが、一日寝かせて美味しくなるというのなら、一か月寝かせたら物凄く美味しくなる、ということではないですか?」

「さすが博士なのです。賢さが溢れ出ているのです」

「一日寝かせたカレー我慢するというのは辛い試練ですが、我々は賢いのでそれも我慢できると思うのです」

「私もそう思うのです。ならば一か月後の一か月寝かせたカレーを待つべきなのです。我々は賢いので」



 しかしそれから一か月後、更にそこから一か月間、我々が寝込むことになることは、賢い我々でもまだ知らなかったのです。

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我々は賢いので、知らないことは無いのです うにねこ @mahoge

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