きみにさちあれ

殻半ひよこ

よるのうみにて


 夜半、何気なく、目を覚ました。


 まどろみながら寝返りを打ち、そこで気付く。

 いない。

 隣の寝床、「おやすみ」を交わした相手が、ぽっかりと消えている。


「――――、」


 珍しいことではないし、不安がるようなことでもないのだ。

 先日、ロッジでの例もある。普段一緒に行動しているが、そもそも夜行性――夜はどうしたって元気が湧き出てくるのだろう。あの、お昼寝が好きで、おひさまの匂いがする、かけがえのないともだちは。

 その姿を思い浮かべると、なんだか無性にあたたかくて、


『心配ないヨ、かばん』

「わぁぁぁぁあっ!?」


 突然のふいうちに、胸をどきどきさせられた。


『サーバルなら、ちょっと出かけたみたいダネ。いつもみたいに、朝になったら戻るから、だいじょうぶ』

「あ、そ、そうなの、ラッキーさん?」


 先日の【パークの危機おおさわぎ】以来、一緒に旅をしていたラッキービーストは随分となり、今は彼女の手首に身に着けるブレスレットとなっている。

 ……のを、忘れてはいないけど、それでも突然話しかけられると、びっくりする。マスコットの姿ではなく、四角くて透き通った薄い板のような形なので、以前より会話の心構えが作りづらいのだ。


『眠れないなら、いい場所があるヨ。かばん、行ってみようカ』

「えっと。いえ、はい、そうですねっ」


 驚いたためか目も冴えていたし、それよりも、提案に好奇心がうずいた。

 かばんはかるく身支度を整えると、友人たちが作ってくれた木の家を出て、


「――――わぁ、」


 知らず、声が漏れた。


 慣れなんてものはない。

 何度見たって胸を打つ。


 海辺の潮騒、満点の星。

 パークの夜を優しく照らす、まんまるのお月さま。


『これだけ明るかったら、ライトはないほうがいいネ。それでも一応、足元には気をつけながら歩いてネ』

「はいっ、ラッキーさんっ」


 数日前まで黒い溶岩が浮かんでいた沖を少しだけ眺め、ヒトの少女は星降る夜、砂を踏んで歩き出す。


 軽快な音、楽しい心地。

 昼とはまるで違って見える夜の景色に目を奪われ、彼女サーバルはいつもこんな気分で歩いているのだろうか、と羨ましく思いながら。



     [□]



 ラッキービーストに案内ガイドをされてやってきたのは、キャンプ地からほど近くの岬だった。


 木製のベンチに座る。海の遠く、水上を跳ねるシルエットが浮かぶ。

 なんでもあれはマイルカのフレンズらしく、ここは、水の中に住むフレンズたちをじっくりと見られる場所なのだとか。


「ラッキーさんは本当に、フレンズさんたちのことが好きなんだね」

『ボクはパークガイドだからネ。フレンズたちを見守って、あぶないときには保護するのも役目なんダ』


 声のトーンは、いつもとさして変わりはない。

 それでもどこかその言い方は、


「すごく、誇らしそう」

『――うん。ミライがボクに、任せてくれたことだかラ』

 

 ……旅を続けた中で。

 あるいは、このラッキービーストが、かばんを【暫定パークガイド】に認定してから。

 時折、フレンズやパークのこと以外に、自分の話をしてくれるようになった。


「ラッキーさんは、いっしょにおしごとしてたんだよね。ミライさんって、どんなひとだったの?」

『よだれ』

「え?」

『よく、よだれを出していたヨ。フレンズと一緒にいる時、触れあっている時ほど、その傾向は強くなるヨ』

「……た、食べちゃわないよね、フレンズさんのこと」

『食べないヨ』

「……ほっ。だよね」

『食べそうなくらい好きだったんだヨ』

「そ、それはそれでこわいよ!?」


 ジャパリパーク、パークガイド、ミライ。

 幾度もその影を見てきた相手のことを、なんだかかばんはよく知っている気がしていた……のだが、改めて話を聴くに、それはまだまだ、思い込みだったようだ。


「――ねえ、ラッキーさん。ぼくはこの帽子に残っていた、たぶん、ミライさんの髪の毛から生まれたフレンズなんだよね」

『アライグマの話をきくかぎり、その可能性がとても高いネ』

「でさ。ラッキーさんは、ミライさんに、パークガイドとしての、いろいろなことを教わったんだよね」

『うん。ぼくのけものデータベースにある情報の多くは彼女が入力したもので、プログラムにも一部、関わっていたヨ』

「それじゃあ。……こういうのって、なんか、変かもしれないけれど」


 かばんは、ブレスレットについている板を、額に当て、


「ぼくたちって、なんだか――ミライさんの弟妹きょうだいみたいだよね、おにいちゃん」

『どうかな。兄弟というのは本来、血の繋がった同じ種族を差す、生まれた時に決まるもので、』

「ぼくたちは」


 ううん、と首を振る。


「ぼくと、ラッキーさんだけじゃなくて――フレンズのみんな。一緒に遊んで、一緒に笑って助け合った、ジャパリパークっていうおっきな家に住んでる、家族なんじゃないかな。ぼくは、そっちのつながりが、後からどれだけだって結べるそんな関係が、きれいだなって思うんだ」

『……そうだね。それはすごくたのしくて、すてきな考えかただよ、かばん』


 波の音を聞く。

 少しの間、二人は言葉を交わさず、海の向こうを眺めている。


「ラッキーさん。ぼく、ずっと思ってたことがある」

『なんだい、かばん』

「やっぱり、この島の外に出て見たい」

『――それは、』

「やりたいことがあるんだ。ヒトのナワバリを見つけるのもそうだけど――」


 こつん、と。

 指先が、ブレスレットの板を叩く。


「ミライさんに会ってみたい。おはなしがしたい。お礼が言いたい」

『お礼?』

「あなたが育ててくれたパークガイドのおかげで、ぼくたちは、パークのみんなは助かったんですって」

『……』

「ね。ラッキーさんは、ミライさんに、会いたくない?」

『会いたい』

「――――あは。うん、やっぱり、そうだよね」


 そう。

 なんで生まれたのかもわからなかった少女が、自分の意味を探す旅は、ひとつのゴールに辿り着けた。


 けれど。

 ここに、まだひとつ。

 やりかけなことが、残っている。


「ラッキーさん。ぼくがしたのは、ぼくだけの旅じゃなくって、ぼくらの旅だ。だから、次は、ぼくの番」

『――――』

「ぼくが、サーバルちゃんに助けてもらったみたいに。今度はぼくが――ラッキーさんを、ミライさんのところまで連れていくよ」

『……かばん、』

「まかせて。だってぼくは、ミライさんが育てた、自慢のパークガイドに認めてもらった、暫定パークガイドなんだから」


 帽子の羽が、夜風にそよぐ。

 その表情は――ラッキービーストの知るミライの、やさしさに満ちたそれとも違う、自分の旅を歩き抜いた、自信に溢れた人間の顔。


「それじゃ帰ろ、ラッキーさん! 今日は一か月ぶりにみんなに会えるゆうえんちのパーティだし、ちょうどいいよ! そこで、もう一度旅に出たいって――ううん! 途中だった旅を続けたいって、相談してみよう!」


 勢いよく立ち上がる。

 その足取りに迷いはない。

 困ったことがあるとすれば、これからまた眠れるかだ。


『ねえ』

「はい?」

『…………ありがとう、かばん』

「そんなの、ずっとずっとこちらこそ! これからもよろしくね、ラッキーさん!」


 東の空に陽が上る。

 新しい一日が始まる。

 海の向こう、これから先に、何があるのかわからないけれど。

 きっとまたそこは、素敵な出逢いに満ちている。

 ――そう。



 夢が心にある限り、楽しい旅は終わらない。

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きみにさちあれ 殻半ひよこ @Racca

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