じゃぱりとしょかんの中心でからいを叫んだけもの

@bu_wa

第1話『ハカセが知らなかったこと』

「うむ『からい』」

「『からい』のです」


 ここはじゃぱりとしょかん。

 僕は今、大切な目的のためにこの場所を訪れている。

 僕が、僕自身が何の動物かを知るために。

 そこで出会ったのが『ハカセと助手』、今目の前で僕の作った『りょうり』を食べている二人がそうだ。


「食べてくれて良かったね、カバンちゃん!」

「うん、サーバルちゃんも手伝ってくれてありがとう」


 その場には僕と一緒に旅をしてくれたサーバルちゃんの姿もあった。

 彼女は先ほどから二人の様子を興味深そうに眺めては、「へ~」「わぁー」と感嘆詞を漏らしている。

 どうやらハカセたちの食べる『りょうり』が珍しいようだ。


「ねぇハカセ、『からい』ってな~に?」

「『からい』とは食べたときに、舌に『しげき』を感じる味のことなのです」

「我々も初めて『からい』を食べたのです」


 同じタイミングで食器を口に運び、『りょうり』を食べ進める二人。

 はたから見るとその姿は双子のようで、可愛らしい。

 だが……。


「へぇ~、ハカセたちにも知らないことあったんだ」


 そのサーバルちゃんの一言に、二人の食器を握る手が止まった。

 どうやら寝た子を…いや、食べた子を起こしてしまったみたいだ。


「話を聞いていたのですか? サーバル」

「我々は『からい』を知っていると言ったのですよ? 寝言は食べて言うのです」

「ええっ? でも『からい』を食べたのはじめてなんでしょ?」

「ですが我々は知っているのです、我々は賢いので」

「『からい』に関する『ちしき』はかんぺきなのです、我々は賢いので」

「わけわかんないよぉ~」


 繰り返される会話に、サーバルちゃんが頭を抱える。

 僕も何とか話についていくために頭の中で今の話を要約し、何とか伝わるように表現してみる。


「ええと、僕思ったんですけど…お二人は『ちしき』としての『からい』で、サーバルちゃんが言いたいのは『けいけん』としての『からい』じゃないでしょうか?」

「なるほど、きょうみぶかい考えかたをするのです」

「さすが『ヒト』なのです」

「えっ? 今『ヒト』って言った? 言ったよね?」

「言ってないのです」

「気のせいなのです」

「なんだそっか~」

 

 サーバルちゃんが聞き流したので、僕もとりあえず聞き流しておこう。

 

「ではカバンの顔を立てて、折れてやるのです」

「我々は間違いを認めることもできるのです、我々は賢いのでかしこ」

「…ですがその前に」

「はい、おかわり。ですね」


 いつの間にか空になった食器を下げ、もう一度『りょうり』を運んでくる。


「む、助手のほうが量が多いのです。交換するのです」

「いくらハカセといえどそこは譲れないのです、分別食べすぎれば愚に返るのです」

「ま、まだおかわりありますからっ~」

「まぁいいのです、それでは本題に入るのです」

「それではカバン、我々に『ちしき』と『けいけん』が違うという『しょーこ』を見せるのです」


 表情の少ない二人の眼光が、鋭く光った気がした。

 まるでそう、夜の闇にきらめく猛禽類のそれのように…


「『しょーこ』、ってなーに? カバンちゃん」

「えっと…何でそういうことになるのか、説明すればいいと思うんだけど…」

「我々は賢いので『ろんりてき』でないと納得できないのです」

「そう賢いので、我々は」

「『ちしき』と『けいけん』の違い、ですか…」

「だいじょーぶ! カバンちゃんならきっと分かるよ!」


 あくまで直観だけど、とても説明できる気がしない。

 そもそもこの二人を納得させられる自信もない。

 悩みながら二人の様子を観察すると、すでに皿の半分を平らげながら二人が『りょうり』を口にはこんでいた。

 その光景を見て、僕の脳裏に一つの考えが浮かぶ。


「カバン、次のおかわりをよこすのです」

「…むぐ、むぐ」


 また空になった皿が二つ、僕の前に差し出される。

 それを受け取り、もう一度『りょうり』を盛り受ける。


「はい、おかわりです」

「おや…これは」

「何だか様子が違うのです」

「えっ? えっ? 二人ともどうしたの?」


 サーバルちゃんが困惑するのも無理はない。

 先程とまったく同じ『りょうり』のはずなのに、二人は動こうとしない。


「なるほど、『香辛料』の配合を変えたのですね」

「…っ」

「はい、さっきより『から~く』してみました!」

「『こうしんりょう』って、カバンちゃんが『りょうり』に使ったやつ?」

「そうだよ、サーバルちゃん。これを一杯入れると、もっと『からく』なるんだ」

「まぁ少し物足りなかったのでちょうど良いのです。うむ、これも美味しいのです」


 ハカセが『りょうり』を口に頬張り、その無表情を緩ませる。

 ここまでくれば、あともう一息。


「ハカセ、ひとつ質問なんですけど…お二人の『ちしき』に差ってあるんですか?」

「もちろん我々は『ちしき』をきょーゆーしているのです。『からい』についても、同じだけの『ちしき』があるのです」

「…」

「む…? どうしたのです助手、先ほどから黙って…」

「…やってくれたのです、カバン」


 最初は同じタイミングで食べていた二人だが、少しずつタイミングがズレ始めたあたりから何となく察していた。

 そしてとうとう、ワンテンポ遅れて『おかわり』を要求してくるようになった。

 だから僕も助手さんの『りょうり』だけ、ごはんを

 なのでその分、ハカセから見ると助手さんのほうがのかもしれない。


「ええー? ハカセと助手の前にあるの、違う『りょうり』ってこと? カバンちゃんいつの間に別のやつ作ったの?」

「ううん、一緒だよ」

「じゃあなんでハカセは美味しいって言ってるの?」

「それは」

「それは、我々がそれぞれの『からい』を感じているからなのです」


 黙っていた助手さんがようやく顔をあげ、ハカセを見る。

 その視線の意味を理解したのか、ハカセも手に持った食器を置く。


「どうやら助手、『からい』という『けいけん』は、我々の『ちしき』とはべつもののようなのです」

「なるほど我々は同じ『ちしき』を持っていながらも、それぞれ違う『からい』という『けいけん』をした。ということなのですね」

「そうなのです、本当は同じ『からい』を感じるはずだったのです」

「では我々が間違っていたのです、間違いは認めなければいけないのです」

「良かったね、サーバルちゃん」

「うみゃ~、もう何が何だかわかんないよ~」


 僕も正直、話の半分も理解できなかったがなんとか納得してくれたらしい。

 それどころか、二人の話はここからさらに白熱することになる。


「つまりフレンズ化したさいに個別に『からい』を感じる『なにか』が生まれた、ということでしょうか?」

「と、なるとその個別の『なにか』は『ちしき』では説明できないのです」

「脳が感じる、舌への電気信号のようなものではないのですか?」

「それを脳がどう受け取るのか、というのは表現することができないのです」


 二人の長い論議はサーバルちゃんが飽きてお昼寝するぐらいには続いた。

 僕はというと…


「カバン、早くおかわりをもってくるのです」

「考えるにはカロリーが必要なのです、でも『からさ』は控えめにするのです」

「いや、もっと『からく』するべきなのです」

「『からさ』にも限度があるのです、起きて半畳食べて一畳なのです」

「ま、まだ食べるんですか~?」


 ひたすら給仕係をさせられたのでした。

 どうやら僕が何の動物か教えてもらうのは…まだまだ先になりそうです。

 

(おしまい) 

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