其の参「密室の二人」

 或日あるひの放課後のこと。瑛子が生徒会室に呼び出された。

 突然のことに、流石の彼女も狼狽うろたえた様子で生徒会室へと向かったが、数十分後には浮ついた様子で帰ってきた。

 何を言われたの?と聞く間もなく、瑛子はきらきらと目を輝かせながら、生徒会長から聞かされた話を語ってくれた。

 どうやら瑛子は正式に部活動として認めて貰うべく、学校に申請をしていたようだ。しかし、人数が少なく活動内容も不明瞭な我が研究会は、残念ながら却下されてしまった。

 しかし、生徒会長は私達のことを面白がっているらしく、条件付きで同好会として正式に認めて貰えるようだ。

 その条件に私は困惑した。

「ええ?オカルト研究部…?」

「うん。この学校に五年くらい前まであったらしいの。でも、不吉な事件が起こって部員が全員居なくなってしまった。それで、その事件の真相を調べて欲しいと」

「五年前の事件の真相を調べるって……」

「とっても面白そうじゃない。わたしはこれ以上に良い話は無いと思うの。それに、ね」

瑛子はふところから鍵を取り出して、おもむろに私に見せ付けた。

「これはかつてのオカルト研究部の部室の鍵…五年間閉ざされている、開かずの扉の鍵よ。中の物は当時のままに保存されているらしいわ」

「えっ…」

「なんでもね、後継部員の居ないオカルト研究部は廃部になって、部室も閉鎖され、空き教室になることが決定されたんだって。それで部室内の道具を処分しようとした。そうしたら毎度あれこれと良くないことが起こってしまって…、例えば、先生や生徒が体調不良で次々に辞退してしまったり、決行の直前になって突然鍵が消えてしまったり、大嵐で学校が休校になってしまったり…等々と。そんなことがあって、皆気味悪がって放置され続けているようだわ」

 よくありがちな如何いかがわしい話だ。

 しかし、校舎の二階の隅に生徒から「開かずの扉」と呼ばれている教室があるのは事実であった。その教室の周りは薄暗く、空気がひんやりとしていて皆あまり近づきたがらない。

 しかして、この先、瑛子がどういった行動を起こすのかと、何となく想像が付いてしまい、私はすっかり不安になってしまった。

「ねえ、瑛子…そんないわく付きな場所に行くのは止めておいたほうが……」

「何を言っているの?これからその部室を我々の植民地にするのよ」

「え…?」

「我が現代オカルト研究会の同好会室にするの!」

 結局、瑛子にぐいぐいと引っ張られて、二階の隅にある、外側から冷たい南京錠で鍵が掛かった「開かずの扉」こと「旧オカルト研究部室」の前まで来てしまった。

 本当に五年間一度も開けられていないのであるならば、中は想像するだけでも身震いするような、大変悍おぞましいことになっているだろう。

 しかし、彼女はそれを、いとも簡単に開いてしまった。

 その先に広がっていたのは暗闇だった。夕暮れ時だが、まだ日は落ちていない。この部屋には窓が無いのだろうか。

 瑛子はつかつかと中に踏み入って部屋の電灯を点けた。

 果たして、そこは予想とは裏腹に埃一つ無い程に綺麗だった。

 十二畳程の広さの室内には、真ん中に長机がありそれを挟んで向かい合うように椅子が二つずつ置かれていた。両側の壁には棚があり、いかにも怪しげな道具が並べられていた。窓には木版が覆うように打ち付けられていて外から除かれないようになっているようだ。空気はとても澄んでいて、逆にそれが不気味でもあった。

 私はそっと瑛子の後ろに付いて棚に整然と並べられている物を見て廻った。様々なオカルトに関するであろう道具が沢山あったが、どれも用途のよく分からない物ばかりであった。その中でも片隅に置かれていた小さな木箱に、瑛子は興味を示した。

「だいたい、外観で分かるような物ばかりなのに、こういう物が一番気になるのよ」

「あまり触らない方が良いんじゃない…?」

「でも、勇気を出して開けてみるのが、わたし達の務めでしょ」

 そう言って瑛子は恐る恐る箱を開けた。

 中には綿が詰められていて、真ん中にちょこんと赤瑪瑙あかめのう勾玉まがたまが置かれていた。

「わぁ、綺麗…」

「勾玉はね、古くから邪霊から身を守る物として作られてきたんだって」

 心を吸い込まれる様に、丸みを帯びた深紅の勾玉を、しばらく二人で眺めていた……。

 その時だった。部室の扉がバタリと閉まった。

 音も影も無く起こった突然の事に、吃驚びっくりしてお互いに顔を見合わせた後、急いで扉に駆け寄って開けようと試みたが、扉はびくともしなかった。

「しまった!この扉は外側に南京錠で鍵が取り付けられていたから、内側から鍵を開けることが出来ないのよ…」

「通り掛かった誰かが、鍵を閉めちゃったのかな…」

「扉は開けっ放しだったから、わたし達が居ることぐらい外から確認出来たと思うの。それに…」

 瑛子は手に持っていた南京錠を見せた。

「え…、それは…」

「この通り南京錠はわたしが持っているのよ。もし、鍵を掛けるとしたら新たな南京錠が必要となる……」

「そうすると、誰かが意図的に私達を閉じ込めたということ?」

「うん。常識的に考えたらね。でもこの案件、最初から最後まで常識だけで通用すると思う?」

 私は首を振った。

「廊下に人影は一切無かった。誰も居ないのに扉が勝手に閉まるのを、あなたも見たでしょう。もし手を使わずに静かに扉を閉める手品があったとして、そこまで手の込んだことをする動機が分からない。従って、これは怪奇現象と考えるべきよ!」

 怪奇現象と断定してしまって良いのか疑問が残るところだが、この状況にあって冷静に分析出来る瑛子はとても頼もしかった。

「さて、まずはここから脱出しましょう。何か連絡がとれる物は無い?」

「あ、あそこに…」

 部屋の片隅に校内電話が在るのを発見した。幸い、内線がまだ引かれているようだ。

「職員室に掛けるのは嫌だなぁ。そうだ、生徒会室ならまだ会長がいるはずよ」

 しかし、何回か呼び出し音が鳴るものの、電話は繋がらなかった。

「おかしいな…。仕方ない、職員室にも掛けてみよう。…………こっちも繋がらない」

「まさか、もうみんな帰ってしまった…?」

「そんなまさか…。今何時?」

「ごめん、時計持ってない…。さっき教室にいた時は午後四時三十分だったけど…」

「まだ体感十分程度しか経ってない感じだけどなぁ…」

「も、もしかしたら、この部屋にあるかもしれない…」

「そうね。二人で探してみましょ」

 そして、もともとの目的でもある部室探索が続行されたが、出てくるのは今の状況には役に立ちそうにない物や、そもそも用途がよく分からない物ばかりだった。

「瑛子、この置物は何…?」

「これはマトリョーシカとって、露西亜ろしあという国の人形よ。中には何重もの同じような人形が入っているんだ。他にもだるまとかこけしとか色々な人形があるわね。この部には人形好きでも居たのかしら?」

「瑛子、この液体は…?」

「容器に“Hg”と書いてある。これは水銀ね。西洋では錬金術とかに使われるらしいわ。化学室から盗み出して来たのかしら。有毒だから気を付けて」

「瑛子、これは…」

「蛇の抜け殻ね。お財布に入れておくとお金が溜まるかもよ」

「瑛子、これはもしかして…」

「これは、懐中時計だ!今は……午後九時!?もうそんなに時間が経っていたの…?流石に親に心配さちゃうかも…。あなたは大丈夫?」

「私は大丈夫だけど…でも、もしここから出られなかったらどうしよう」

「……こうなったら扉か窓を壊すしか無いのかしら」

「それは無理かな……」

 長時間この部屋に閉じ込められていたことを実感した途端にどっと疲れが出てきて、瑛子と私は床にへたり込んでしまった。

「ここで一晩過ごして、明日の朝になったら出られるのかなぁ。ねぇ、蘭」

「うん…。瑛子はお腹とか空かないの?」

「…我慢するしか無いわよ」

「……少し寒いね」

「…我慢するしか無いわよ」

「………」

 瑛子はちらりとこちらを見た。

「…もうちょっと寄って来ても良いのよ」

「え…?」

「その方が暖かいでしょ」

 そっと体温が感じれる距離まで近づいた。

「これもあげる」

 瑛子は制服の内側に着ていたカーディガンを脱いで私の肩に掛けてくれた。

「…ありがとう」

「なんかごめんね。元はといえば、わたしがここを同好会室にしたいと言い出したのがいけないんだよね…。あなたを巻き込んで、こんなことになっちゃって…本当にごめんなさい」

「…謝らくていいよ。私は大丈夫だから」

 瑛子が弱気になってしまったら、こちらまで余計に不安になってしまうから…。

 落ち着いて、部屋の中を眺めながら瑛子は話し始めた。

「実はね。旧オカルト研究部の最後の部長は、知り合いなんだ。五年前に行方不明になってしまって、当時から心配だった。そして、同時に興味が湧いた。何か手掛かりを掴めればと探し回った。彼の背中を追い続けた結果、わたしはオカルト好きになってしまったのかもしれないね…」

 瑛子は苦笑いした。

「そうだったんだ…」

「だから、今はまたとない好機だと思ってる。現に窮地に立たされてるし、そう簡単には上手くいきそうにないけど…」

「なんとかして、事件の真相を一緒に突き止めましょう」

「ありがとう…蘭」

 ほっと場の空気が暖かくなった気がした。

 ふと、瑛子は扉を見て何かに気が付いた。

「なにこれ?」

 扉を内側から塞ぐようにお札が何枚か貼ってあったのだ。

「もしかして、わたしが扉を開けたことによって何者かの封印が解かれてしまった?それが原因で閉じ込められてしまった?」

「でも、そうすると切らない様にして扉の外に出るのは不可能よ。御札は元から切られていた…はず」

「それもそうね。この御札、ちょっと気になるわね…。剥がしたら外に出れたりして」

「大丈夫?ばちとか当たらないかな」

「また、新しく貼れば大丈夫よ!」

 そう言って瑛子は躊躇ためらいもなくお札を剥がしてしまった。

 すると扉はあっさりと開いてしまった。

「やった!やっと出られた!」

しかし、喜びも束の間、扉の向こうに広がっていたのは鬱蒼とした山の中だった。

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現代オカルト綺談 邪霊探偵 金模糊 @gold

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