第40話

 女の子の手伝いを終えて、噴水の周りが花でいっぱいになったのは、夕方になった頃だった。

 朱色に染まった花をみんなで見て、みんなで喜び合ってから、女の子は元気に手を振って家に帰っていく。

 ネノンもハスラットも、それを一緒に見送っていた。

 それで女の子が見えなくなって、ハスラットとふたりきりになってから。ネノンはそれまで忘れていたわけではなかったけれど、ハスラットの方に向き直った。

 「どうしたの?」と首を傾げる彼に、ネノンはいきなり、勢いよく頭を下げた。

「ごめんなさいっ」

「えっ!? な、なに? どうしたの?」

 いきなり謝られて、ハスラットは慌ててまた聞いてきた。周りの視線が気になったのか、キョロキョロするのがわかる。夕方だけど、まだ広場には人がいて、その何人かがこっちを見てきたかもしれない。

 だけどネノンは気にせず顔を上げると、二歩くらいあった距離のうち、一歩分を詰め寄って。

「あの、昨日のこと……わたし、ひどいこと言ったから」

 言われても、ハスラットは少しの間、わからなかったらしい。やっぱり首を傾げて、昨日のことを思い出して……ようやく理解して、ぽんっと手を打った。

 だけど怒るわけでもなくて、優しくネノンに笑いかけて。

「謝ることなんかないよ。ボクだって全部が正しいわけじゃないし、ネノンが間違っていたわけでもないから」

 だから、とハスラットは続けて言う。やっぱり優しく微笑みながら。

「これからも一緒に、がんばろう。困っている人の力になれるように」

「うんっ!」

 ネノンは元気に頷いて。

 その時だった。

 またいつもみたいに、足元に真っ暗な穴が空いた。地面が急になくなって、一瞬だけ空を飛んでいるみたいな気持ちになる。もちろんすぐに落ちてしまうのだけど。

 けれど今日は、いつもと少し違っていた。だって穴が大きくて、隣にいたハスラットの足元まで広がっていたから。

 もちろんふたりは一緒に落ちた。一緒に落ちて、一緒に暗闇の中を転がって……一緒に、ころんっと管から飛び出す。

 そこはやっぱりネノンの家。布の壁にぼふんっとぶつかって、ふたり一緒に逆さまで止まる。

 きっと最後の管から出てきたんだろう。そしてネノンは逆さまのままで「あ!」と驚いたような声を上げた。目の前には、とうとう管がなくなっている。

 逆さまじゃなくなっても、やっぱりない。管が生えていた壁は、すっかり元の壁のまま。茶色の木みたいな布の壁で、ぽんぽんたちが飛び跳ねてぶつかる遊びをしている。

 見てみれば、ぽんぽんたちはまた増えていた。広間にたくさん、ネノンの身体を全部使っても抱えきれないと思うほど、たくさんの仲間ができている。それがみんなで、また楽しそうに踊っているのだ。

 ネノンは隣のハスラットと顔を見合わせた。ハスラットは初めて見るネノンの家と、初めて見るぽんぽんたち、それに初めての落とし穴にびっくりしていたようだった。

 けれどネノンが笑いかけると、一緒になって笑ってくれた。そしてぽんぽんたちも合わせて、みんなで一緒に踊り始める。

 あれが正しいことだったのか、大人になるってことだったのかはわからない。

 だけどネノンは楽しくて、涙が出ちゃうくらいに嬉しくて、きっとまた今までみたいに、元気に遊べるような気がした。元気に遊んで、困っている人がいたら、きっと元気に助けられる。

 地面の下から聞こえていた這いずる音は、なんだかゆっくり遠ざかっていく。笛や太鼓は聞こえないし、獣の唸りも聞こえない。家が軋む音はしないし、いつの間にか元通り。どころか前よりちょっと大きくなっているかもしれない。家の周りの尖った石は引っ込んで、原っぱは夕焼けを浴びて、草や花を輝かせている。

 ネノンはそれに包まれながら、強く心に決めていた。

 明日になったら、まずはみんなのところへ謝りに行こう。

 そしてもしも困っていたら、自分がみんなを助けよう。

 ネノンはそうして空を見た。窓から見える白い雲が、夕陽で真っ赤に染まっている。

 ただその上に、一つだけ――大きな管が、にょきっと生えているのまでは見えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ネノンの童話 鈴代なずな @suzushiro_nazuna

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ