第39話
後ろにいたネノンには、掴みかかったように見えた。
けれど実際には少しだけ違っていた。ふたりはハスラットの肩を払って、植えられたばかりの花へと歩み寄っていったのだ。
彼らが何をしようとするのかは、簡単にわかった。もちろんハスラットもそれをわかって、よろめきながらも止めようと手を伸ばしていた。だけどゴッスたちはそれより早く花を鷲掴みにするように手を伸ばしていて……
だけどそれよりももっと早く、ネノンがその腕を掴んでいた。
花に触れる直前に、両手を巻きつけるようにして手首を引っ張るのだ。
「あん? 何しやがる、てめえ!」
突然現れた妨害に、ゴッスは怒って腕を振り払った。体格が全然違うから、ネノンはそれで簡単に飛ばされて、「きゃぅ!」と悲鳴を上げる。
けれどなんとか倒れずに済んだのは、そこにハスラットがいたおかげだった。女の子を背中に隠しながら、ネノンの背中を受け止めて、「大丈夫?」と聞いてくる。一緒に、ネノンが現れたことに驚いていたようだけど。
ネノンは受け止めてくれたお礼や、自分がここにいる理由を話そうかとも思ったけど、それより先にゴッスたちの方へ向き直った。
ふたりもネノンの顔を見て、意外そうに眉をひそめていたけれど。
「お前、この前の奴じゃねえか」
「なんだあ? お前、こっちの味方になったんじゃないのかよ?」
「味方になんか……なってないもん」
ずいっと一歩詰め寄られて、ネノンは少し気圧された。
けれど怖いのをぐっと堪えて、言い返す。
「わたしは、困ってる人を助けたかっただけだから。だから、そのためにどうするのが一番いいのか、考えてただけ」
「あ? だったらなおさら、俺たちの方がいいだろうが」
「キヒヒ! 前にも言っただろ、偽善じゃない本当の人助けってやつをさ!」
手を差し伸べない方がいい。手助けなんかしない方がいい。助けたら相手が甘える。そんなの相手のためにならない。ゴッスたちは確かにそう言っていたし、ネノンも少し、その方が正しいのかもと思っていた。
それだけじゃない。今だって、それが全部間違ってるとは思っていない。
けれど、ネノンは言い返した。
「こんなの相手のためなんかじゃない。自分がなんにもしないために、言い訳してるだけだよ!」
ゴッスたちは顔をますます険しくさせた。けれどもう怖がったりしない。
「わたしはそんなこと、したくない。間違って、失敗して、怒られるのは辛いし、嫌だけど……そうじゃなきゃ、きっとわかんないから!」
今だって、ネノンはその時のことを思い出せば気持ちが落ち込んでくる。だけど、今は落ち込むだけじゃなかった。どこがダメで、どうしてダメで、どうすればよかったのか。どこまではよかったのか。それを少しずつ、考えるようになっていた。
「わたしはそうやって、困っている人を、正しく助けられるようになりたいの。そのために、なんにもしないことだってあるかもしれないけど、それが全部なわけじゃない」
助けられた人は、嬉しそうだった。それにネノンだって助けられた。ハスラットに助けられて、だけどそれで、なんにもしなくなったわけじゃない。みんなが自分と同じじゃないけど、みんながゴッスたちの言う通りの人なわけでもない。
「だから正しいことは一つじゃなくて……だから、みんな悩んで、困ってるんだもん!」
ネノンの言葉に、ゴッスたちは何も言い返さなかった。ただ表情を険悪にさせて、今にも掴みかかって、殴りかかってこようとしていた。
けれどそれを止めるように、ハスラットが前に進み出てくれた。彼も何も言わなかったけれど、真っ直ぐにゴッスたちを見据えていた。
そうして……少しすると、ゴッスはくるっとネノンたちに背中を向けた。「行くぞ」と隣のテリシシに声をかけて、歩き去っていく。
ふたりとも何か最後に罵倒を吐きかけてきた気がするけど、もうネノンには関係なかった。
ハスラットも同じだっただろう。ふたりが人混みの中に消えていくのを見送ると、ゆっくりと息をついてネノンの方に向き直った。
「ネノン、大丈夫?」
「うん。少しだけ怖かったけど……よかった」
答えながら、ネノンはそこでようやく、自分がすごく怖い、危ないことをしていたのかもと思い当たった。
ひょっとしたら殴られていたかもしれない。そうでなくとも、これからゴッスたちに何か嫌がらせをされるかもしれない。今までよりも、もっとひどいことを言われるかもしれない。
(でもきっと、そんなの大したことないよね)
もう自分は大丈夫だと、なんとなく思う。大人になったつもりはないけど、今までよりはちょっとだけ、子供じゃなくなった気がするのだ。
それがなんだか嬉しくて、ネノンはついニヤニヤしてしまった。するとそんな自分とハスラットの間に、ひょこっと小さな、ネノンよりも小さな女の子が現れた。
思わず「うわっ」とびっくりしそうになるけど、なんのことはない。その子はさっきからいた、花を植えていた女の子だった。
その子は嬉しそうな、恥ずかしそうな、まだ少し怖いのが残っているような顔をして、ネノンの前に立つと、照れ臭そうにお辞儀をしてくる。
「あの……ありがとう、おねえちゃん」
「ボクからも、ありがとう。ネノンのおかげで助かったよ」
「ううん。花が無事でよかった」
一緒にお礼を言ってきたハスラットも入れて、三人で足元に目を向ける。そこにはもちろん、噴水の脇に並んだ冬の花があった。ぱらぱらと跳ねる水飛沫を浴びながら鮮やかに揺れている。
だけどよく見ると、花壇の横にはまだ苗のままの花も置いてあった。それに花壇も、まだ少し土のままで空いているものがある。植えている途中だったらしい。
ネノンはそれを見て、もちろんすぐに申し出た。
「えっと。わたしも、手伝っていい?」
「いいの?」
と聞いてくる女の子の目は、ゴッスたちに言われた言葉がまだ少し残っているのかも、と思えた。だからそんなの吹き飛ばすように、強く頷いてみせる。
「うん! それにわたしも、花があった方がキレイだと思うよ」
ネノンの言葉に、女の子はパァッと、それこそ花が咲くように顔を輝かせ始めた。
「じゃあ、じゃあっ、家からもっといっぱいお花持ってくる!」
「あ、わたしも一緒に行くよ。その方がたくさん持てるもんね」
「もちろん、ボクもね。一緒にがんばろう」
ハスラットも入って、三人みんなで頷き合う。だけどそうしてからみんなで、思わず笑い出してしまった。
だってそれはとっても、嬉しかったから。
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