第38話

「あ!」

 と声を上げて。見つけたのは、噴水の広場だった。

 水の色と地面の模様と、空の色と空気の色と、そこを歩く人たちの色がごちゃごちゃに混ざる中で、ネノンはすぐにその人だけは見つけられた。

 フードの付いた黒い色のジャケットとズボン。今は背中を向けていて見えないけれど、下には白いセーターを着ているんじゃないかなと思う。だって最初に見た時はそうだったから。そのあとはちょっと違う色の服も着ていた気がするけど、今はきっと最初の通りだ。ネノンは特に理由もないけど、そう思っていた。

 間違いなく、ハスラットだ。

 彼は昨日の夕方に見た時と同じように、噴水の近くでしゃがみ込んでいた。今は通行する人がたくさんいるけど、その誰にも触られずに、しゃがみ込んでじっとしている。

 ひょっとしたら本当に昨日のままなのかも、とも思ってしまうけど、きっと違う。塞ぎ込んでいるのかな、とは思ってしまわない。だって彼は、きっと自分よりも少しだけ大人だから。

 だけどそう思うと少し、どうしていいかわからなくなる。何をすればいいのかなと、わかっているけど、わからなくなってしまう。

 いざやろうとすると緊張してしまう。やっぱり怒られるかもと思ってしまうのかもしれない。

(ううん。怒られたって、もう平気だから!)

 ネノンはそれでも一歩を踏み出した。ゆっくりゆっくりハスラットに近付いていこうとする。

 けれど。そんなネノンを追い越していく人がいた。

 他の見知らぬ大人の人ではない。自分やハスラットよりは少しだけ年上の男の子たち。何度も見た、ふたり組だ。

 ゴッスとテリシシ。ふたりがまた、ネノンを追い越していったのだ。

 そして真っ直ぐに向かうのは、ハスラットのところだった。

「よう、ハスラット。なにしてんだよ」

 ニヤニヤした馬鹿にするような声だ。ハスラットは最初、それに取り合わなかった。けれど少しして苛立ったゴッスが「聞いてんのか?」と怒鳴る頃に立ち上がる。

「ごめん。少し手が離せなかったんだ」

 平然としながら謝罪を言って振り返る。ふと見れば、彼の足元には別の人影があった。

 ネノンよりも小さな女の子だ。ハスラットの背に隠れるようにしながら、怯えた顔でゴッスたちを見上げている。その手は土で汚れていて、よくよく見れば彼女の後ろには花があった。

 いつか見た、そしていつの間にかなくなっていた、噴水の周りに植えられていた花だ。丸い噴水をぐるっと囲うように作られた花壇に、白い花が並んでいる。きっと、女の子がそこに花を植えていて、ハスラットはそれを手伝っていたんだろう。

 ネノンがそれに気付いて花を見るのと同じように、ゴッスたちも見下ろしていたらしい。そしてすぐに顔を上げると、また馬鹿にして笑う。

「せっかく全部抜いてやったってのに、また植えてやがるのか?」

「人のやったことを台無しにするなんて最低だなあ、キヒヒ!」

 いつだったか花が急に全てなくなっていたことがあったのは、ネノンも覚えていた。その時は、どうしてだろうと気にする余裕もなかったけれど。

「……!」

 女の子は、その犯人が目の前にいるふたり組だと知って、ショックと怒りと悔しさに、泣き出しそうな顔を見せた。自分よりもずっと大きな男の子がふたりもいるから、怖くて何も言えないみたいだけれど。

 ハスラットはそんな女の子を後ろに庇いながら、「お前たちがやったのか」と低く言うと、キッと視線を強くした。

 もちろん相手はそれで怯むはずもなくて、むしろ敵対心を向けられたことを面白がるように、声を一段荒いものにして言い返す。

「なんか文句でもあんのか? 迷惑なものを取り除いて、何が悪いんだ?」

「キヒヒ! そうそう。花なんて臭いし虫が寄ってくるし、迷惑なだけなんだよ!」

「ここに花を植えることは許可されている。それも、この子が自分で頼みに行ったんだ」

 すぐに、ハスラットは言い返した。小さな女の子の頭に、優しく手を添えている。女の子もそれに少し勇気付けられたのか、泣き出しそうな目を懸命に抗議に変えながら、ゴッスたちに立ち向かおうと口を開く。

「わ、わたし……噴水の周りに花が咲いてたら、キレイだなと思って……!」

 ゴッスはそれが気に食わなかったんだろう。余計に苛立って、激昂したように声を荒げて、女の子を威嚇し始めた。

「だったらそいつが、ひとりでやればいいことだ。周りを巻き込むんじゃねえよ!」

「ボクは好きでやっているだけだ。ひとりじゃ大変そうだったから、手伝いたいと言ったんだ」

「そのせいで、自分が言えば他人も巻き込めると思うようになるんだよ、そのガキは!」

 そうした剣幕に、女の子は「そんなことない」とも言えなくなってしまったようだ。完全に気圧されてしまって、顔を背けてハスラットの足の裏に隠れて泣き出してしまう。

 ゴッスたちが急に機嫌を良くして、声に余裕を取り戻したのは、それを見たからかもしれない。また馬鹿にした調子で言い始める。

「こういうガキには、将来のために厳しく“現実”を教えてやらないとなあ?」

「キヒヒ! そのために、本当の人助けをしてやるよ!」

 そうやって、ふたりはとうとうハスラットに掴みかかった!

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