2 さくせんかいぎ
「対等に見せる――というのはどういうことだ」
机に肘をついて、タイリクオオカミは怪訝そうに目をひそめた。
「簡単に言えば、イカサマをする、ってことさ」
オレはそう答えると、『じゃぱりかふぇ』に集めた面々の顔を見渡した。
タイリクオオカミ、博士、助手、フェネック。フレンズの中でも、それなりに頭を使えそうなところを選んできた。
「でもさー、そのトランプっていうのをやるのはサーバルなんでしょ? ズルをしても、あの子に嘘がつけるとは、思えないけどなー」
「そう。だからこそ、オレたちであいつを勝たせるようなお膳立てをするんだ」
「勝たせるって、そう簡単なことじゃないのです」
「博士のいう通りなのです」
「まあ待て。わざわざこうして集めたんだから、ツチノコにも何か考えがあってのことだろう。とりあえずはそれを聞こうじゃないか」
「話が早い」オレはトランプを広げた。「これが今回のゲームで使うものだ。ヒトの遺物で、これ一組しか存在しない」
「そして、これを使ったゲームはたくさんあるってことだよねー」フェネックが間延びした声を出す。「ツチノコは、かばんさんが言っていた、ヒトのやっていた賭け事をヒントにしたんだよねー。その賭け事にも、ツチノコのいうようなズルはあったの?」
「そりゃあ、たくさん聞いたぜ。カードに印をつける、カードの裏面の文様を少しずつ変える、ディーラーがグルだとか、いろいろとな。それだけじゃない。二組のカードを使う、ポーカーで使えるカードの量を制限する、とか、特殊なルールを付け加えることで、そういうイカサマを可能にした例もある。そうだな、例えば」
ツチノコは手を広げて見せた。
「じゃんけん、ってあるだろ? グー、チョキ、パーを出し合うやつだ。ただ単に運だけで勝負が決まるゲームだが、これをカードにすれば、出せる手の回数が定まってくる。枚数の操作に仕掛けをすることも可能だ。ヒトはこういう風に、運のゲームに新しいルールを付け加えて、そこに読みあいや駆け引きを生み出すのが好きだったらしい」
「でも、新しいルールをつけるのは難しいのです」
「そうなのです。そもそも『とらんぷ』での遊びは、われわれにとってあまりに難しすぎるのです」
「ああ。そうだな」タイリクオオカミは眉根を寄せた。「さっきツチノコから一通り説明を聞いたが、正直、理解しきれた気はしない。それに、ポーカーで勝負したとして、私たちが大勝ちすれば、かばんも怪しむだろう。ただでさえフレンズには難しいゲームで、これだけ偏りが生じるということは、何か仕掛けがあるに違いない、と……」
「ということは」フェネックが人差し指を立てた。「だんだんわかってきたよー。対等に見せる、っていうのは、運だけで決まるように見える簡単なトランプの遊びで、ズルをしようってことなんだねー」
オレは頷く。やはり、この人選は正解だった。
「そう。これ以上ルールを増やす、という手法はオレたちには取れない。だからこそ、簡単なゲームに策謀を張り巡らせる――」
「まず、そのゲームをどれにするか、だが……」
「考えはある。フレンズは文字を読めないが、数を数えることはできるだろ? ということは、絵合わせのようなことまでは出来る」
「かばんもそこまでは認めざるを得ないのです」
「われわれは『しちならべ』で遊んだのです。サーバルは文字を読めなくても、数を数えることで、順番に札を並べることはできたのです」
「かばんさんが認められる、ってことはー、『対等に見える』の条件にも使えるよねー」
「そういうことだ。そして、子供でもできるトランプの絵合わせには、ババ抜きと神経衰弱がある」
「神経衰弱は難しいのです。サーバルにそんな記憶力があるとも思えないのです」
「サーバルにイカサマの事実を伝えないなら、こっそりわれわれが教えることもできないのです」
「すると」タイリクオオカミがオレを見た。「ババ抜きか」
「そうなる」
「ババぁ? なんのはなしぃ?」
アルパカが人数分の紅茶を運んできた。いい香りが漂ってくる。わざわざこの高い山を登ってきてしまうほど、ここの紅茶はうまい。
「トランプという遊びだよ。ヒトが昔遊んでいたものらしい」
「へえ~ヒトが」アルパカはカードを手に取った。「この模様、なんかキレイだねぇ。こういうティーセット、あたしも欲しいな~」
「それでアルパカ。頼んでいたものは持ってきてくれたか」
「んぅ? ああ、アレね~。今出すからね~」
アルパカは戸棚から赤い花を取り出した。紅茶の色と相まって、卓の上が鮮やかに彩られる。
「これは?」
「アルパカに頼んでおいた、『こうざん』に咲いている花だよ」オレは花を手に取ると、鼻先に近づけてみた。「うん。かすかだが、特徴的なにおいがする。どんな花でもいいんだが、かばんにあまり馴染みのない花のほうがふさわしいのは確かだからな。それで『こうざん』の花だ」
「というと……」
「そうだ。これでカードに印をつける」
「なるほどな」タイリクオオカミが頷いた。「フレンズはヒトより鼻が利く。きみはその利点を生かして、イカサマをすることを思いついたわけだ」
「ああ。ババ抜きを選んだのは、ジョーカーに印をつけるだけで、圧倒的な優位に立てるゲームだからだ」
「最初に配られたとき、かばんの手にジョーカーがあれば、あとはそれを避け続ければよく……」
「逆に、わたしたちの手に回ってきたならー、私たちの中でどんどんパスしていって、かばんさんのところに届けちゃえばいいわけだねー」
オレは親指を立てた。
「なんだか、難しい話だね~。でも、花が役に立つならよかったよ~」
「ああ、本当に助かったぜ。ありがとうなアルパカ」オレはティーカップを差し出した。「今日もうまいぜ。おかわりをもらってもいいか?」
「私も頼むよ」タイリクオオカミも言った。
「わー! 大盛況だぁ。ありがとねぇ~えへへ」
アルパカは嬉しそうに二つのティーカップを受け取り、鼻歌なんて歌いながらカウンターに戻っていく。その鼻歌に耳を澄ましてみると、どうやらトキがいつも歌っている歌にメロディーが似ているようだ。
「しかし……気はとがめるな。サーバルとかばん。この二人を騙してまで、このゲームをやる意味はあるのか?」
「んー。でも、『としょかん』でサーバルに話した時も、あの子は乗り気だったんでしょー?」
――トランプでなら、私もかばんちゃんもケガしないし……。
――もしかしたら、遊びながらなら気持ちを伝えられるかも……。
オレはその時のサーバルの表情を思い出していた。お互い、一緒にいすぎて、あらたまって気持ちを伝えづらいということも、あるだろう。このゲームがお互いの気持ちを確認するキッカケにもなればそれは喜ばしいことだし、同時にサーバルの「本音」を叶える機会にもなりうるなら、悪い話でもない。
「まあ、かばんさんと一緒にいれるなら、アライさんも喜ぶだろうしね」
「われわれにもメリットがないでもないのです」
「そうですね博士。料理を作ってもらうには、この島にいてもらう必要があるのです」
「あの子がいると面白いことばかり起こって、創作のネタも尽きないね。そんな理由でもよければ、私も一枚噛ませてもらうよ」
「そうこなくっちゃな」
今ここに、フレンズたちが結託して、ヒトを騙すという後ろ暗い協定が結ばれたわけである。オレは笑みがこみ上げてくるのをこらえきれなかった。なぜだか、とても楽しかった。
しかし――というタイリクオオカミの声がオレを現実に引き戻した。
「ババ抜きとは、しょせん早上がりのゲームだろう。ジョーカーの位置を把握できたとしても、運がかばんに偏れば、勝負にもならない」
「そこが厄介だ。オマエたちを集めたのは、協力を求めるためと、その点について何かアイデアがないか聞くためだったんだ」
「それなら、われわれも速度を上げればよいのです」
博士の鋭い声に驚き、オレは彼女の不敵な笑みを見つめた。
「そのためには、三つの条件を飲んでもらう必要があるのです」
「博士の考えていることはわかります。一つ目は、ジャック、クイーン、キングの12枚を除いた、40枚の数字札だけでのババ抜きをするという条件を、かばんに飲ませることです」
「正解ですよ助手。二つ目は、『とらんぷ』を立てて置けるような器具を、ビーバーとプレーリードックに依頼して制作してもらうことです」
「さすがです博士。そして三つ目は……」
その条件を聞いたとき、オレは笑い出しそうになった。
ババ抜きなんていう単純なゲームで、そこまでするなんて考えもつかなかった――そしてそれは、ヒトの、つまりかばんの想像の埒外にもなるはずだ。
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