夢の異世界に来たらフレンズにされた件

小鳥遊咲季真【タカナシ・サイマ】

第1話「ようこそ、ジャパリパークへ」

 昨今、空前のブームとなりつつある異世界は誰でも行けるわけではない。何か資格を得た人が行けるわけでもない。いきなり、突然異世界に行っていたのだ、と経験者は皆そう語る。テレビでも連日特集が組まれ、写真や動画を取ってきた者には毎日取材が絶えないという。一昔前は動画を投稿することが流行していたが、今は現実ではない現実である異世界に行くことに皆夢見ていた。それは宝くじを買うのと同じような心境である。可能性はゼロではなく、もしかしたらいつか自分もなれるかもしれない。その対象が億万長者か異世界渡航者の違いである。

 

 異世界などばかばかしい、下らないなどと日頃から言いふらしていた俺だが、いざ自分がその対象に選ばれたとなると話は別である。ある日目覚めたらそこは草原であった、という体験から始まる俺の異世界探検を少しだが話すことにする。興味があれば聞いて行ってくれ。



 昨夜自分の部屋の自分のベッドで就寝したという、この記憶は確かである。はっきりと覚えている。ただ、ここがどこなのかさっぱりわからない。分かるのは気が付けば自分自身と自分のベッドがどこかの草原の真ん中に置かれていたということだけだ。


 俺はこの状況に対して三通り考えた。一つ目は夢だ。これはただの夢で、ちょっとリアルなだけ。オチは特にないやつ。二つ目は巧妙なドッキリ。素人に対してここまでするとはなかなか悪質だが、一応この状況が生まれた筋は通っている。三つめは異世界転生。ついに俺にも異世界への渡航が許可されるという機会が与えられた。以上の三点だ。


 と冷静に分析しつつも、心は正直なもので布団から出られずにいた。こえーよ、ここ何処だよ。夢なら早く醒めてくれ。俺が欲しいのは安眠だけだよ。


 と思考を巡らせていた最中だった。俺の上に何かが乗っかってきたのだ。


「がおー」


 反射的に布団を頭から被るが、すぐに剥がされてしまう。俺の上に乗っている何かが何か光る爪のようなものを持っているように見えた俺は、


「食べないでくれ、お願いだから殺さないでくれ」


 と命乞いを始めた。言語が通じるとは思えなかったが、現状の俺には他に手段がなかった。だから、相手が話し始めた時は驚くよりも、安心よりも、ただただ困惑した。


「たべないよ!」

「動物が……言葉を話している……」

「ごめんね! 私、狩りごっこが大好きで。あなた、狩りごっこがあんまり好きじゃないケモノなんだね?」

 

 何を言ってるんだ、こいつは。狩りごっこってなんだ。なんだその物騒な遊びは。あと俺はケモノではない。れっきとした人間で、名前だって、なま、え、だって……。


 なぜか名前を思い出せなかったが、とりあえず目の前の奴に集中した。


「おまえはここの住人か? ここは一体どこなんだ?」

「ここ、ジャパリパークだよ。私はサーバル。この辺は私の縄張りなの」


 ジャパリパーク? 聞いたことがない。となると、ドッキリの線は消えたな。これは夢か。それとも、異世界か。


「なあ、その耳としっぽは……」

「あなたこそ、しっぽと耳のないフレンズ? 珍しいね。どこから来たの? 縄張りは?」


 縄張り? なんともケモノらしい単語だが、そんなものは俺にはない。強いていうのならばこのベッドだろうか。


「サンドスターで生まれた子かな? 昨日、あの山から吹きだしたんだよ!」


 サンドスター? またよくわからない名称がでてきたぞ。ここまで何も理解できる要素は一切ないが、設定があるということは本格的に〝ジャパリパーク〟というのが異世界だという線が濃厚になってきた。終に俺も流行に乗ったというわけだな。


 するとサーバルは俺を調べ始めた。


「そして何の子か調べるには……鳥ならここに羽! ……ない。フードがあればヘビの子! ……でもない」


 悪いが俺は鳥でもヘビでもない。人間である。


「あれ? これは?」


 さきほどサーバルが俺から引きはがした掛け布団を見て言った。


「それはフトンだ」


 俺は答えた。するとサーバルは一秒ぐらい考えたが、すぐに諦めた。


「わかんないや! これは図書館に行かないとわかんないかも」

「図書館! ここには図書館、本があるのか」


 それは貴重な情報だ。仮にここが異世界だとしても、俺はあまりにもこの世界を知らなすぎる。図書館が書物を蔵している場所を指すのであれば、それはこの世界で生きていくための重要なアイテムとなるだろう。


「図書館って、どこに行けばいいんだ」

「途中まで案内するよ。行こ行こ! そういえば、それまでなんて呼べばいいかな?」

「申し訳ないが、名前が思い出せないんだ。適当に、好きな呼び方で構わない」

「じゃあ……フトンちゃんで!」

「フトン……ちゃん?」


 まあ、俺に特徴がないから持ち物から名前を付けるというのは百歩譲っても良いだろう。しかし、〝ちゃん〟とはなんだ、〝ちゃん〟とは。俺は男だし、そこまで幼くはない。


「あのさ、フトンっていうのは、まあ、いいんだけど、その〝ちゃん〟をつけるのは……」

「広くて見晴らしいいでしょ? サバンナ地方っていうんだよ。図書館はサバンナ地方の先だからサバンナの出口まで案内するよ」


 まったく聞いていなかった。まあ、いいだろう。フトンでもマクラでも好きに呼ぶがいい。俺は心が広いから許してやる。


 こうして俺はこのサーバルとサバンナを脱出するために動き出した。途中、崖を滑り降りるのに苦労したが、けがをしなかったので問題はない。問題はむしろその後に出てきた〝セルリアン〟とかいう生物の方だった。


「これは……スライムか?」


 ようやく異世界らしくなってきた。冒険初心者にはまずこいつだろう。だが、俺は今はマクラしか持っていない。何も手に持たないのは心細かったので咄嗟に手にしたのだが、心細い。


「だめ! それはセルリアンだよ、逃げて!」

 

 そう言うとサーバルは得意の跳躍を披露し、その爪でセルリアンを倒した。俺はただマクラを抱きかかえているだけだった。


「あれはセルリアンっていうんだ。ちょっと危ないから気を付けてね。でもあのくらいのサイズなら、自慢の爪でやっつけちゃうよ」


 さすがサーバルキャットである。しかし残念ながらピンチは続く。


「囲まれた……」

「なんでこんなに……普段この辺は少ないはずなのに」


 サーバルは爪で何とかセルリアンを退けていたが、俺は完全に防戦一方だった。唯一の救いはマクラが縦の役割を担ってくれたこと。一体何の法則が働いているのか分からないが、衝撃を吸収してくれる。ありがとう、俺のマクラ。


 状況は芳しくなかった。サーバルも体力を消費していた。


 (くそう……どうすれば……)


 セルリアンの一撃をマクラでやり過ごした時だった。なんとマクラに穴が開いたのである。焦った俺はそこから綿を引っ張ってしまい、そのままマクラは剣に変化した。……剣?


 考える暇はなかった。セルリアンが再び襲い掛かってきた。俺はその剣をただ必死に振るった。


 結論から言えば、俺はこの剣でセルリアンをすべて倒した。無我の境地に陥りそうだったが、サーバルの声で何とかなった。


「すごーい! なにあれ? セルリアン切り裂いちゃった、すごーい!」

「正直、俺にもわからない」


 剣は宙で一振りするとまたマクラに戻った。サーバルは相変わらず元気で俺の周りを跳ねていた。図書館へはまだまだ長い道のりになりそうだと思いつつ、俺はサーバルと歩き出した。



 



 たぶんつづく。

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夢の異世界に来たらフレンズにされた件 小鳥遊咲季真【タカナシ・サイマ】 @takanashi_saima

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