Chap.1 GaLaPaGoS

「むぁぁ! 絶対に馬鹿にしているわよ。あれ!」


 怒り心頭に発した様子で部屋に入ってきたのは、先程から一人慌ただしい様子だったラリッサだった。

 それから少しして不揃いな人影がもう2つ。

 ミーティングルームはガラス張りのため、人が近付けばすぐにわかるが、ちょうど成人男性の胸くらいの高さからガラスの材質が変わっているため顔まではっきりと見えるわけではなかった。


「お待たせしたわね」


 部屋に入ってきたラリッサはどう見ても不機嫌な様子だ。肩まで伸びた真っ直ぐな髪をいじってなかなか席に着こうとしない。

 こういう時の対処が上手いのはスグルだった。フィルは、ラリッサの少し後ろで様子を窺う彼に目配せした。

 スグルがすぐにそれに応える。


「ラリッサさん。お気持ちはわかります。あんなことされたら僕だって苛立ちますよ。しかし、今日は大事なお話もあるんでしょう? まずは、そちらをお話してからでも遅くはないかと……」


「わかってるわよ。少しだけ取り乱してたわ」


 ラリッサはなだめられた犬のように落ち着いた様子になった。こう見えても案外冷静なのだ。

 フィルとスグルのやり取りの一部始終を見ていた新入りは笑顔になった。

 その笑顔を横目にリーダーのガフが口を開いた。ガフは体が大きくそれでいて気も大きい。皆をまとめるにはもってこいのリーダー気質の持ち主だ。


「よし! 頃合いだな。今日は、2つの大事な要件があって皆に集まってもらったわけだが……まずは、良い報告からだな」


 ガフがそう言い終えると彼女を除く4人は新入りの顔を見た。

 少し戸惑った様子の彼女はすぐに顔をリンゴのように赤らめたが、すぐに恥ずかしさをひた隠すように視線を下げた。

 ガフが続けた。


「彼女は今日からガラパゴスの新しいメンバーになる、ジジだ。せっかくだから簡単に一人ずつ自己紹介をしてもらおうと思う。いいよな?」


 新入りのジジを含めた全員が頷いた。


「まずは、俺からだが、名前はガフ。この組織のリーダーだ。年齢はここでは一番年上だが、それでも19歳だ。彼女をここへ誘ったのは俺だが、実は、会うのは今日が初めだ。これから何をするのか不安に思うこともあるだろうが、それについては追って説明していこうと思う。これからよろしくな。それじゃ、次はラリッサだな。よろしく!」


 ガフが隣にいるラリッサの方へゆっくり視線を移すとラリッサが短く頷いた。さっきとは違ってどこか愉しそうな表情だ。


「はじめまして、ジジ。私は、ラリッサ。私も……19よ。これって必要? ガラパゴスでの活動が今の私にとって生きがいなの。きっとあなたもすぐにここが好きになるわ。貴重な女の子同士仲良くしましょうね。そしたら……次、フィル!」

 

 唐突にバトンを投げつけられて困ったようにフィルが答える。


「えっと、僕の場合、はじめましてはもう終わっているので、名前だけでいいかな……フィルといいます。年齢は18歳。よろしく」


「フィルは、いつも必要なことしか話さないから私が補足するわ。私もあまり認めたくはないけど、フィルがこの組織で一番頭が切れるわ。私も何度か助けられたからね。だから、何かあったら相談に乗ってもらうといいわ。わかった? ということでジジ。次、お願いね」


 いつの間にかラリッサが場の主導権を握っていた。


「みなさん。はじめまして。私は、ジジ。ジジ・レテシィ――」

 

 そこまで言いかけた時、ラリッサが隣にいるフィルを覆い被さるようにしてジジの方に手を伸ばした。

 フィルは、いきなり目の前に現れたラリッサの上半身、その凹凸から急いで目を逸らした。

 

「水を差してごめんね。紹介はファースネームだけで大丈夫。これは、ローカルルールだと思ってもらって構わないけど……私たちは、余計な情報を共有しないようにしているの。見聞きしたことって全て記憶として残ってしまうでしょ? ここでは、名前は記号と同じ様な意味しか持たないの」


 ラリッサはそこにフィルがいることなど気にも留めない様子でジジに微笑んでいる。

 ジジの顔がまた赤らんだ。フィルも少しだけだが顔が赤い。


「ラリッサさん、ありがとうございます。では改めまして、ジジと申します。年齢は17歳。ここへはガフさんの紹介で来ました。これからよろしくお願いします」


 ガフが付け加えるように言った。


「ジジには両親がいない。訳あって今はアンドロイドとの2人暮らしだ。ジジ、このくらいの説明なら構わないな?」


 ジジが小さく頷いた。


「そういう辛気臭い話はその辺りでおしまい。ここではみんなあなたの仲間なんだから大丈夫でしょ?」


 こういう時、ラリッサは機転が利く。

 僅かな間を持ってスグルが自己紹介を始めた。


「最後になりましたが、僕はスグルといいます。年齢は17です。ジジさんと同じですね。フィルと僕とは幼馴染なんです。今でもお兄さんの様な感じかな。これからよろしくお願いしますね」

 

 先程のフィルとスグルのやり取りを見ていたジジはスグルの自己紹介に対して一番大きく頷いた。

 一通りの自己紹介が終わると、5人は席に着いた。


「さてと、簡単な自己紹介も終わったところで今日ここに集まってもらったもう一つの理由についてだが……。説明はラリッサが適任だろう。事の経緯を頼む」


 部屋の照明が落とされると、さっきまで愉しそうだったラリッサの表情が一変した。

 その様子を見た残り4人の表情も同じように真面目な物に変わった。


「今日の昼下がりに起こったことを順を追って話すわ。多分それが一番わかりやすいと思うから」


 ラリッサがひとりひとりと目を合わせながらそう説明すると、4人は順に頷いた。


「始まりは、少女が……私たちと同じくらいの年齢の女の子が、私の視線のすぐ先に見えた高さ数十メートルはあろうかというビルの上から飛び降りたの」


「少女がビルから飛び降りた? ラリッサ、それは間違いないことなのか?」


 不思議がる全員を代弁したようにフィルがそれを声に出した。


「うん。見間違いなんかじゃない。真っ赤なスカートの女の子がビルの屋上から何の迷いも無く飛び降りたの。私は、急いで助けなきゃって走ったわ。もちろんそんなことしたら自分だってただじゃ済まないことくらいわかっている。それでもなんとかしなきゃって体が先に動いていた」


「どちらに転んでも良くない話のようだが。それで……間に合ったのか?」

 結論を急ぐのは、ガフの良くない癖だ。


「間に合ったわ。上を見上げたのは、彼女と私の位置を確認するための一度切りだけど、その時彼女はビルの2階くらいの高さにいたと思う。あとは、地面に写る彼女の影が大きくなる間ひたすら祈った。奇跡でもなんでもいい。私の腕のひとつやふたつで彼女の命が助かるならって両手を伸ばした。お願い! 神様って」


「賢明な判断じゃないと思うがな。ラリッサ、お前ならそのくらいの判断は……」


 警告のつもりだったが、ガフの言い方が悪かった。


「それはさっきも言ったでしょ? 彼女を放って置くことがガフの言う賢明であるならば、あの時の私は賢明でなかったことは認めるわよ」


「それで、ラリッサ。その後は……どうなったんだ?」

 今度は、フィルが尋ねる。


「あぁ、もう! どうして男ってこう話の結論ばかり急ぐのかしら? 物事には順序があるでしょ? あなた、街で出会った女の子に抱きついたりしてないでしょうね? フィル!」


 話を訊いていただけのジジも横目フィルを見ている。


「悪かったよ。それで……あ、いや、ごめん。続きをお願いします。ラリッサさん」


 フィルは、これ以上ラリッサの怒りに触れないように必死という様子だった。


「彼女を受け止めたわ。その瞬間までは彼女だったものに触れた。けど、彼女に……触れた瞬間、彼女はまるで液体のようになって……それから――――」


「ぃや! やめて……ください!!」


 瓶をナイフで引っ掻いたような声を上げたのは先程まで一言も喋らなかったジジだった。小さな体のどこから出たのかわからないような声だった。あまり顔色が良くない。


「ごめんなさい。誤解を招く言い方だったわ……でも、そういう意味ではなくて。液体というのは……そう、水よ。水の塊を両手で受け止めたような感覚。そのまま彼女は跡形もなく消えてしまったわ。狐につままれたよう気持ちになる間もなく、飛び散った水しぶきは一ヶ所に集まって、その中に“Recovery mode”の文字を映し出したの。それから水塊は、すぐにある動物の形をなして、私に話しかけ始めた。ここからの説明は、全てここにレコードしたからこちらを見てちょうだい」


 そう言うより早くラリッサは、机の上に用意されたレコーダーの接続を始めた。準備が終わり、映像が映し出されると、ラリッサはその中心にいる何かを指差した。

 鮮明に映し出された映像の中心にいたのは彼女を怒りへと追い込んだ原因なわけだが、誰が予想できただろうか、そこにいたのは1匹の白い蛇だった。

 白蛇は、真っ赤な眼をこちらに向けておそらくその時と同じように話し始めた。


「あなたに私が見えるということは、これは、ちょっとした特別な状況ということになります。からかったわけではありませんが、お気を悪くしたのなら謝りましょう」


「謝るって一体どういうつもりよ? さっきの女の子は何処へいったの? それに……特別な状況ってどういうことよ?」


 ラリッサが訊き返すと、白蛇はゆっくりと話し始めた。


「説明の前に……このままあなたの様な存在を放っておくと、近い将来我々にとっての脅威になりかねませんね。今ここで私があなたに宣戦布告した場合、あなたならどれを選びますか?」


1. 私たちと戦う

2. 戦わずに降伏する

3. かじる


 映像を停止させてラリッサが付け加えた。


「なんかだかわからないから3を選んだのよ」


 その時、新入りのジジを含めた4人全員が目を丸くしてラリッサの方を見た。


「なぜ……かじった?」


 声に出したのは、フィルだけだったが、周りを見渡すまでもなかった。


「だって……1や2は、私の独断ではまずいじゃない? 私はリーダーじゃないでしょ。それだけよ!」


 ラリッサの物言いからは少し苛立ちが感じ取られた。


「それから……どうなったんだ?」


 ガフが神妙な面持ちで聞いた。


「ガフ、あなたも学習しないなら私も怒るわよ! ……どうもこうもないわ。簡単なメッセージが出ただけよ。ゲームでもしているつもりなんでしょ?」


 ラリッサが停止していた映像の続きを再現した。

 

 “愚かな人間。君たちはまたしても禁断の果実をかじった”


 そこで、映像が再び停止した。白蛇は少し前まで揺るがせていた尾の部分まで停止した状態になった。


「気持ち悪い」


 ジジが言った。

 相槌を打ちながらラリッサが答える。


「ほんとよ! これが一部始終なんてなんか後味悪いわよね。結局これが見えていたのは私だけみたいだったし、周りからみたら私はきっとただの変な人でしかなかったと思うわ……。ぬぁー! その様子を思い浮かべただけで、またいらいらしてきた」


 ラリッサの指が一定のリズムを持って机を叩き始める。その様子をジジがじっと見つめている。


「スグル、これは何らかの条件が揃うことで作動するマルウェアの様なものにも思えるが?」


 フィルは画像のように静止した白蛇の赤い眼を覗き込みながら尋ねた。


「仕組みは置いておいて、そういうものはあるはずだよ。ただ今回の場合、飛び降りる少女が見えたのが、おそらくはラリッサさんだけだったというのが引っ掛かる。人が空から降ってきているんだ。少なからず周りに何らかのリアクションが起こらないことがおかしい」


 スグルが両手を使いながら説明しているのに相槌を打ちながらもガフが被せるように訊いた。


「ラリッサの脳に直接アクセスして語りかけているってことはないか? それだったらラリッサだけにしか見聞きできない情報というのも頷けるが……」


「あの……そんなことできるものなのでしょうか?」


 少し遠慮がちに聞いたジジの質問に答えたのは、ラリッサだった。


「それは……できるわね。でもそれが可能なのだとしたら私が知らざる者のなかでも特異な存在であることくらい簡単に見破られていてもおかしくない。白蛇の言葉が私がこちら側にいるべきではない存在だという意味だとしたら……まずいわよ」


「おい! 皆、ちょっと待て!」


 ガフが声を荒げた。その視線の先には白蛇を見据えている。5人全員が白蛇に視線を移すと、白蛇は舌を一度だけ出し入れした。


「素晴らしい観察力です。なるほど、あなたがリーダーであることには少しだけ頷けました。もう少しだけ君たちの推察を聞いていたかったのですが……そろそろ話を始めましょうか」


 急ぎラリッサが映像を停止させようとしたが、映像は止まらない。


「スグル! 内容をすぐに――」


 ラリッサがそこまで言ったところで、白蛇が話し始めた。


「無駄ですよ。ここから先は、今し方あなた方のしていた会話がキーとなって新たに生成されたリアルな会話です。だから記録された内容とは違い、一時停止はできません。ちなみにこの内容そのものをレコードすることもできません。しかしそんな心配は不要でしょう。この場には5人もの優秀なエージェントがいるのですからね」


 誰も声一つあげることなくじっと白蛇の赤い眼を見つめていた。その静寂を断ち切ったのは、ラリッサだった。


「どの辺りから、私たちの話を聞いていたの?」


 白蛇は蛇であるが故に表情を持たない。何らかの意志表示のつもりかまた舌を一回出した。


「どうかあまり深刻な顔をなさらないで。私はあなた方に興味があるわけではないのです。あなたたちの可能性に興味があります。おっと。ご質問にお答えしていませんでした。私があなた方の会話を聞き始めたのは、ラリッサさん。あなたが、私の映像をここへ映し出した辺りからです。もっとも……認識することはもう少し前からできましたが、何度も言うようにあなた方への興味はないのです」


「それで、白蛇さん。あなたは何を話すためにこんな手の込んだことをしたんだ?」


 ガフが言った。語気に少しだけ荒さを含んでいる。


「おや? ガフさん。結論を急いでは、またラリッサさんの琴線に触れることになります……」


 話を遮るようにガフが机を一度叩いた。ガフがここまで気が立っている様子を他のメンバーは見たことがなかった。


「いいから、話を……続けてくれ」


「私はあなたたちとゲームをしたいと思ってはるばるやってきたのです」


 明らかに5人をおちょくっている様子で白蛇は舌を3回出した。そして続けた。


「7日間です。これがあなたたちにとって様々な意味を持つ区切りであることは我々も知っています……。その間に私を見つけ出して欲しいのです。私の居場所を突き止める。それを7日間のうちに行う。そういうゲームです」


「なぜ、そんなことを僕等がやらなきゃいけない?」


 不思議がる様子はなく、フィルが訊いた。


「あなた方が禁断の果実をかじったからです。もちろん強制はしません。ただし、それをご判断するのは、次のルールを訊いてからでも遅くはありません」


「今ので全てではなかったのですか?」


 ジジも、状況を掴もうと白蛇を見ながら言った。


「ゲームの全容という意味では全てです。が、ゲームにはルールがあるものでしょう。 7日間というのは、あなた方に与えられた最大の時間です。一日経過するごとにあなたたちにはペナルティが課されます」


「ペナルティ?」


 今度は、先ほどとは変わって内容が掴めないという表情でフィルが訊いた。


「はい。その日の午前0時までに私を見つけられなかった場合、1日ごとにあなた方全人類94億の同胞は半分ずつ眠りに就くことになります」


「眠る?」


 5人全員が口を揃えた。


「はい。文字通りの意味です。私はあなたたちと戦争をしようと言っているのではありません。だから、無用な殺生は避けます。もともとこの仕組みは、そうならない為にと作られたものですから」


「どうもそれってフェアでないように聞こえるわ。何故私たちだけが動きを制限されるようなことになるの?」


 ラリッサがどうにも納得いないというような表情で言った。


「そうですね。そういう意見もあると思い、もう一つ別のルールを用意してあります。私たちの同胞にも制約をかけます。もちろんあなた方と同じようにです。私たちの同胞、あなた方人間が作り出した最高であり、最後の文明である人工知能を有する全ての同胞もある条件のもとに眠りに就くことになります」


「その、条件とは……?」 


 5人が目を合わせ、フィルが状況を整理しようと訊き返した。


「私は、このゲームへの参加者をあなた方以外にも用意しています。その方たちと合流した際にあなたたちは選択することが許されます。1日前に眠ってしまった同胞を目覚めさせるか。この世界に存在するおよそ2億のAIを半分ずつ眠りに就かせるかという選択です。しかし、選択できるのはそこまでです。目覚めさせる対象や眠らせるAIを選ぶことできません。完全なランダムです」


「知恵を併せてでもあなたの元にたどり着けば良いということなのですね」

 スグルは確認するように尋ねた。


「はい。知識は単体では武装のしようがありません。そんな時脅威となるのは数の力です。始めに言っておきますが、私は、あなた方に私を見つけて欲しいと思っているのです。これは本心です。だから私はこの場所から逃げも隠れもしません」


「待て。それなら街中でこの内容を大声で叫んだらゲーム参加者は簡単に見つかるだろう?」


「ガフさん。話を最後まで訊いてください。そう言うと思って合流の際に合言葉を用意しました」


“その意志を問う。あなたは世界を創り変える者か”


 きっとこんな状況でなければ笑いの一つでも起こったかもしれないが、その時、誰ひとりとして笑う者はなかった。


「このセリフを街中で叫べますか? その勇気があると困りますので追加での説明を。もしこのセリフをゲームとは無関係な人へ発した場合、その日一日選択の権利は行使できません。これは、あなた方だけではなくゲームの参加者全員がです。もちろんこの合言葉なしにゲームに関する他者との会話はできませんし、権利を行使できるのは一日に1回までです。参加者の中で合流が上手く行われたその後、他の参加者が合流しても権利は行使できません。因みに……そのことはお知らせしません。私としては、できるだけたくさんの考えを見たいのです。それを制限するようなことを私はしません」


「それで……説明は終わり? 私たちにはどんな見返りがあるの?」


 ラリッサが訊いた。少しずつ状況が掴めてきているのか落ち着いている。


「もちろん用意しています。見事私を見つけ出すことができた場合のことをお話します。ゲームは、私があなた方に見つかった時点で終了です。その時あなた方への賞賛を意味してこの世界の真実をお話ししようと思います。それからもうひとつ。その真実を知った上であなた方の願いを1つだけ訊きましょう」


「ちょっと待て。それじゃあもし、7日間であんたを見つけられなかった場合どうなる?」


 ガフの額に汗が滲んだ。部屋の中には空調があるにも関わらず、空調が故障したかのように空気が湿っている。きっと誰もが同じことを思ったが言葉にするにはあまりにも事が大き過ぎた。


「そうならないことを祈っています」


 それは、今日白蛇が話した言葉の中で一番短い返答だった。それ故に何かしらの裏があると思ったのだろう。ラリッサは事の真相を知りたかった。


「それだけ?」


「はい。ただ、如何様にもなることだけはお伝えしておきましょう。仮に参加者全員7日間ずっと誰との合流もなく、さらに私を見つけられなかった場合、全人類のうち活動できるものは、ざっと7000万人程です。この数になった時、人類は我々にとって何の脅威にもなりません。一人に一台監視用のアンドロイドを付けても我々の活動への影響は出ません。そうなった時、果たしてこの世界がどうなるか、あなた方なら想像に難くはないでしょう」


「一つだけ訊いてもいいかしら?」


 ラリッサが訊いた。


「あまり踏み込んだご質問にはお答えできないと思いますが、訊くことだけはできますので。どうぞ」


「そんなことじゃないわ。始めに私がもし3番を選ばなかったら……どうなっていたの?」


 蛇は今度は舌を二度出した。


「きっとあなたは3以外を選ばなかったでしょう。すぐに頭に血が上るようでも実は冷静な分析が得意なあなたは1を選ばないでしょう。相手との力量差が見えていないとなれば尚更です。そして負けず嫌いな性格なあなたは2番を選びません。そうなると状況を良い意味で一番保留しておける選択肢が3番です。他の方でしたら選択してもらえない可能性も考慮する必要がありますが、先にも述べたとおりあなたは負けず嫌いだ。何も選ばない可能性の方が低い」


「確かに何度あの状況をやり直したとしても、結果は変わらなかったかもしれないわ。それにしても、いつからあなたは、そんなに私について詳しくなったのでしょうね? 私からすればそっちの方が気になるわ」


 ラリッサに驚いた様子はなく、むしろ少し呆れた顔をしている。彼女の表情を知ってか知らずか、それでも毅然とした様子で白蛇は続けた。


「ゲームの開始は、本日の午前0時からです。参加の意思がない場合は、今日ここで話した内容を含むこの記憶を処理する必要がありますので、この場所に私の同胞を寄こすことになります」


 白蛇は蛇であるが故に表情は持たないはずだが、その時だけ口元が少しだけ緩んだように見えた。


「はじめから、断ることなんてできないようだな。まぁ、上手くいけば事の真相を手っ取り早く知ることもできる」


 ガフの言葉に合わせるように4人が頷いた。少し前まで不穏な空気で押し潰されそうだった4人はいつしかその表情を変えていた。


「話が早くて助かります。それでは皆さんの健闘を祈ります」


 そう言うなり白蛇はその役目を終えたかのように静かに消えた。




Chap.1 GaLaPaGoS END. 

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Hack!! 遠歩 やいそ(おとほり やいそ) @yaiso-otohori

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