万葉樹

木島別弥(旧:へげぞぞ)

第1話

 まったく何だってあんなところに! 惑星テンテンジクとは正直言ってまいったね。あそこは異質文化圏ベスト一〇に入るぐらいイッちまってる惑星だぞ。仕事だからって行きたいところと行きたくないところがあるんだよ。そこらへんを分かってくれよ。

 しかも、届け物が豆電球一個とは、あの爺さんの常識を疑うぞ。こんな遠いところに親戚をもつんじゃねえ。新築祝いを届けるぐらい自分で行け。わざわざ運送業者に頼むな。こっちは自営業者だぞ。なめるんじゃねえ、ちくしょう。

 ああ、まったく、この辺の宙域には面白いところがないからな。植物園に行っておれに何をしろっていうの。テンテンジクはそのなかでもいちばん狂った惑星だ。

“テンテンジクの人々は生まれた頃、自分の体に植物を植えつけます。”

 はっ、体に植物なんて植えて何が楽しいのかね。笑っちまうぜ。

“光合成をしてくれるから食事をする必要がありません。”

 だと。おかしいんじゃねえのか。人間がただ毎日ポカポカ日光浴だけしていて、そんな生活に誰も疑問を感じねえのか。

“残念ながら水だけは飲まないとせっかくの植物が枯れてしまいます。”

 くっ、もうついていけねえ。自分から進んで植物に寄生されるっていう発想が理解できん。仕事が終わったら、とっとと立ち去りたい惑星だ。

 はあ、こんな惑星に着陸しないといけないと思うと、せっかくの楽しい星間運送業者もやめたくなってくるよ。


 おっ、植物人間のくせに、いっちょ前に着陸案内なんてしてやがる。さすが体に椰子の木の生えてるやつは違うぜ。やっぱ、夏とかになると収穫とかするのかね。

「黄色い照明に沿って着陸してください。そのまま、そのまま、三、二、一」

 宇宙空港はなかなか立派だな。けっこう金持ちな惑星らしいからな。さて、もう船から下りても大丈夫なんだろうか。おれはこの星の規則なんて知らねえぞ。

 おっ、椰子の木の兄ちゃんが近づいてきた。あいつが入国管理官なんだな。

「ようこそ、テンテンジクへ。星間パスポートを提示願います」

「あいよ。なあ、ここは自分の船で惑星の中を移動してもいいのか。こいつで移動するのがいちばん早いんだけどなあ」

「いいえ、個人の宇宙船は宇宙空港内に泊めたままでお願いします。あそこの空港から飛行艇で地上に下りられますので、それをご利用ください」

「そいつの運賃はいくらかかるんだ」

「無料ですよ」

 ほう、葉緑体をもってるわりには気前がいいな。んじゃ、さっそく仕事にかからせてもらうとしますか。

「あ、それとおれのスペースハイ(星間高速船)は大事に扱ってくれよ。すんげえ金かかってんだから。傷つけたら、政府を訴えるよ」

「御安心してお任せください」

 うん、公務員のしつけがなってるね。感心、感心。


 しかし、飛行艇にはおれしか客がいねえじゃねえか。この惑星はそんなに訪問者が少ないのか。ま、分からんでもないがね。当然といえば当然だ。ぼけぼけ爺さんに豆電球の配達でも頼まれなきゃ、だれもこんなところに来ようとは思わねえよな。

 あーあ、運転手の頭にはサボテンが立ってるし。寝てるときに棘が刺さったりしないのかね。喧嘩は強そうだな。特に頭突きが。

 しかし、ん?

「気づきましたか、お客さん」

「あれ、さっきの宇宙空港?」

「そうだよ。上からだと分からないでしょ。万葉樹っていうんです。みんな、これに乗ってるときに気づくんですよ」

 やられたね。ここの宇宙空港は一本の巨大な木だったんだ。なんて高さだ。さすが植物工学宇宙一の星。空港まで光合成してるとは、まいった、まいった。つくづく葉緑体の好きなやつらだよ。

「あんまり知られてないけど、テンテンジクは建築技術も高いんですよ。ゆっくりしていってください。テンテンジクはいいところですよ」

 まあ、ちょっとついでに観光していくのも悪くないかもしれないな。この星のモットーは、人と植物と文明の調和だそうだ。


 さて、地上に着いたものの、どうしたらいいのかね。案内板とかないのかね。届け先はオオバのドンヨリ、どう行けばいいんだ。

 普通は宇宙空港のそばにその惑星の案内板があるもんなんだよ。じゃなきゃ、配達屋は一生荷物を届けられない。これだから運送業者に不親切な星は嫌なんだよ。

 おっ、レンタル屋があるじゃないか。しかたない。とりあえず、ここでエアスカイ(空式推進バイク)を借りるとするか。

「すいません。エアスカイを借りたいんだけど」

 ぐはつ。店員が日向ぼっこなんてしてんじゃねえ。やっぱ噂は本当だったんだ。この星のやつらは飯も食わずに日向ぼっこをしている連中なんだ。そりゃあ、健康にはいいだろうよ。さぞかしいいデンプンが作られているだろうよ。

「なんですかあ。借りたいんなら、勝手に持って行っちゃっていいですよ」

 たまげた。マジで頭までイッちまっているのか。それともこれは親切とうけとるべきか。こんなにやる気のない店員を雇ってて、経営者は破産しないのか。

 あっ、そうか。破産しても、光合成さえしていれば生きていけるわけか。それじゃあ勤労意欲もわかないよなあ。

「わたし、店員じゃないですよお。ただ気持ちいい場所なんで寝てるだけです。係の子はどっか行っちゃいました」

 いやあ、なんか、考えていた以上におおらかなところだなあ。これなら、別に荷物を期限以内に届けなくても、怒られないんじゃないかなあ。サボっちまおうかなあ。

「しかし、よく見るとすごい花が咲いてるなあ」

「そうですよお、やっと開花時期がやってきたんですよお。この花はいっぱい光浴びとかないと、すぐ萎んじゃうから大変なんですう」

 おいおい、花びら一枚八〇センチはあるぞ。そんなの肩に生やしてて、全開になったら前なんて見えやしねえぞ。

「それがこの星のオシャレなの?」

「ははあ、他の星から来た人なんですね。難しいんですよ、この色合い出すの。とても微妙な栄養バランスがあるんです」

 それを見てトウモロコシとかを生やした彼氏なんかが喜ぶわけだね。ダメだ。やっぱ、この惑星の文化には馴染めそうにないな。

「空港の飛行艇を運転してたサボテンの人、覚えてます?」

「ああ、さっき会ったばかりだけど」

「あの人がここの惑星代表なんですよ。知ってましたあ?」

 惑星代表っていうと、この惑星でいちばん偉いのか! サボテンが。なんて素朴な惑星代表なんだ。飛行艇の運転手をやってたのに。あの男がいったいどうやってそこまで登りつめたのか、その出世物語をぜひ聞いてみたいものだ。

「三〇年前の惑星代表選のとき、あの人が立候補して誰も対立候補に立たなかったんですよ。それ以来ずっと無投票当選してるんです。一度もちゃんとした選挙したことないし、一票も投票されたことないのに、三〇年間ずっと惑星代表なんですよ。すごいでしょう。だから、あの人が惑星代表だって知ってる人、この惑星ぜんぶで十人ぐらいしかいないんですよ。わたしはその貴重な十人のうちの一人なんです」

 そりゃすごい。同時にすごくない。やはりサボテンはたいしたやつじゃなかった。それより、この惑星の権力構造の方が不思議だ。どうやら惑星代表はたいした権限を持ってないようだが。

「それで、ここのエアスカイは本当にもってちまってもいいの? あとで警察とかに追われると困るんだけど」

「ここにあるのはぜんぶ公共物だから、自由に使ってもいいんですよ。それと、ここには警察っていうのないんです。あんまりもめごとのないところだから」

 どうも身も心も植物化しているようだな。そういうことならもらって帰っても問題ないだろう。自前のエアスカイが欲しかったところだ。五台くらい持って帰って近所に配ろうかな。

「ああ、それと、オオバのドンヨリってどう行けばいいのか分かる?」

「オオバですか。さあ、聞いたことないです。この辺じゃないですよ、きっと」

 どうも、この姉ちゃんに聞いても、分かりそうにないな。他をあたるとするか。


 お、向こうから人が来るみたいだな。あの人に聞いてみるとするか。相変わらず体に植物を生やしているが。

 うわっ、こいつはまた強烈な異文化衝撃だ。全身シダに覆われてるじゃねえか。いったい、どこが顔なんだ。いったい、どうやって話しかけたらいいんだ。

「あの、ちょっといいですか。オオバってどこか知りたいんですけど」

「ええ、なに、オオバ? どこだっけ。ええと、たしか、あっちじゃないかな」

 あっちって、そんな方向だけで小包は届かねえぞ。

「あっちって、どのへん」

 て、おい、行くなよ。待ってくれよ。そんな具体性のない情報だけ残して立ち去らないでくれよ。おい!

 くそう、本当に行っちまったよ。今日この惑星に着いたばかりの人を残して。ここはなんて不人情な星なんだ。

 いいのか。本当にあっちに行けば、オオバに着くのか。おれはシダ人間を信じてもいいのか。ええい、かまうか。あっちにあるなら、あっちに行こうじゃねえか。


 このエアスカイは、かなりものがいいな。この惑星の技術水準が高いのは本当らしい。空気はいいし、人が植物を体に生やして生活していることに疑問を感じなければ、案外住み心地のいい星かもしれん。

 飛べども、飛べども、同じような風景がつづいている。上空にそびえたつ宇宙空港はまだ見える。ここの建物のほとんどは、生きた植物を誘導加工してつくってあるんだな。木造建築の文化ってのは案外多いが、ここのは極め付けだ。植物そのものに住んでいるんだから。建築技術が高いっていうのは、こういうことか。

 おっ、何か植相が変わってきたな。葉っぱのバカでかい植物が多くなってきた。そろそろシダ人間のいうところのあっちに着いたのかもしれん。あそこで屯しているおばさん連中に聞いてみるとするか。

 おばさんでも体に植物を植えている。右から、ナス、大根、トマトだ。

「すいません、オオバを探しているんだけど、どう行ったらいいですか」

「オオバっていったら新しい湖のことかね。あんたもまた、物好きなところを探してるんだねえ」

 おっ、反応ありだ。なんと、シダ人間のいってたことはあっていたらしい。あっちにきたら、見つかった。

「オオバは湖の名前だったのか。じゃあ、ドンヨリっていうのは湖の上にあるんだな」

 なるほど、水上生活者か。

「湖の上かもしれないけど、たぶん、中の方だとあたしは思うね」

 中? 水中住宅か。光合成の必要な連中がなんでそんなところに。

「まあ、兄ちゃん。試しにこれ食べていくかい。今期のトマトはできがいいでね」

 おばちゃんの体を栄養にして育ったやつだろ。悪いけど、なあ。

「遠慮しんでいいんよ。まだいくらでもあるでね」

「それじゃあ、遠慮なく」

 一つだけにしとこうかな。ん、うまいかも。

「うまいね、これ」

「自信作だでね。もう、二、三個いくかい」

「いや、仕事中なんで、このへんで」

「ありゃあ、仕事してる人には久しぶりにあったよ。偉いねえ、兄ちゃん。ただものじゃないと見たよ。いったいどんな仕事してるんだい」

「宅配便だよ。オオバの行き方を教えてくれると嬉しいんだけど」

「宅配便?」

 うわっ、マジか。このおばさんたち、宅配便を知らないらしいぞ。宅配便を知らない人にどうやって宅配便について説明したらいいんだ。これだから田舎ものは……。

 ともかく、おれはそんな面倒なことはしたくない。オオバの行き方だけ教えてもらおう。

「オオバはあっちに行って、デッカい三段シイタケの、すぐ隣にあるデッカい湖。はいはい、どうも。助かったよ。トマトありがとね。それじゃあ」

 水中か。エアスカイじゃ入れないな。それでも、まあ、行けば何とかなるだろう。


 これがオオバ湖か。凄えところだな。水草だらけなのに、水は完全な透明だぞ。この中に人が住んでんのか。なんか景色は最高だな。この星が観光業を始めたら、けっこういけると思うんだけどなあ。まあ、問題は一日三食菜食主義になることと、住民がまるで働かないってことだな。

 さて、どうやって水の中に潜ったものか。

 おっ、ははははは、あそこの爺さん、足から根が生えて動けなくなってるぞ。

「どうした、爺さん。大丈夫か。肥料の摂りすぎか?」

 まったくこの星の連中は、進化したいのか退化したのか、どっちだよ。

 何だよ、爺さん。不思議そうな目で見るなよ。

「そろそろ寿命を感じてな。大地になろうと思っておるんじゃよ」

「大地になる? なんだ、それ」

「この星では、みんな体に木を植えるのだ。栄養は体に植えた木から摂り、木とともに生きておる。だが、わしの体に植わっていた木がわしの体を突き破るほどに大きくなってしまったのだ。木は大地に根を下ろし、やがて立派な大木となるだろう。わしはそれを待つことにしたのだ」

 ひょっとして、安楽死のことをいっているのか。これがここの風習か。最後は植物にのっとられるのか。植物信仰だ。

「ここのやつらはみんなそうやって死ぬのか」

「いや、好みによる。まあ、全体の三割ぐらいじゃな」

 ふうん。地方信仰っていうのは、よく分からん。まあ、ここの連中にふさわしい最後か。

「それより、おれ、湖の中に入りたいんだけど、潜水用の道具ってどこに行けば借りられるんだ」

「潜水用の道具? ひょっとして、あんた自分の植物を枯らしたのかね。いかんぞ。宿主としての役目を果たさんのは植物に対する傲慢だぞ」

「おいおい、爺さん。おれは外の星から来たんだから、体から木が生えてるわけないんだよ」

「ほう、あんた、移住希望者かね」

 くっ、何をいってやがんだ、この爺さんは。

「違う。ただの運送業者だ。小包を届けに来ただけだ。それで、受取人がこの湖の中に住んでるらしいから、どうすれば潜れるのか聞いているわけだ」

「ほう、それはまた仕事熱心なことだな。だが、潜水の道具といわれても、普通は水に入るのはそういう植物を寄生させとる者だけだからな」

 何! 水中にすんでいるのは、水棲植物を体に寄生させているからなのか。どうしてここの連中はそこまで植物至上主義になれるんだ。

「しかし、水草を植えているからって、いったいどうやって水の中で呼吸するんだよ」

「いや、宿主が呼吸する必要はない。植物がやってくれるからな」

 なるほど、植物も呼吸する。水棲の植物なら、水中でも呼吸できるんだろうな。しかし、エネルギー補給どころか、酸素供給まで植物に頼っているとは。やつらはもう新種の生物だな。

「本当に潜水道具はないのか。何かあるだろう。エアスカイがあるくらいなんだからさあ」

「わしはエアスカイなどめったに使わんのでなあ。昔、空を飛ぶ植物が流行ったことがあったが、それ以来、機械で飛ぶのは若者に敬遠されるようになってなあ」

「空を飛ぶ植物なんてのがあるのか」

「まあ、飛ぶというか浮かぶというか、凧や気球のようにだがね。最近はあまり見なくなったなあ。最近流行っているのは、ほれ、あんたのいう水の中だ。この湖がつくられたのも、水中希望者が増えて湖が足りなくなったからなんじゃよ」

 こんな田舎惑星にも流行があるとは、驚異的な発見だ。

「始めから水中生活者を念頭においてつくった湖はここが初めてらしい。ここは流行の最先端というわけだから、潜水艇なんて置いてあるわけないだろうなあ」

「じゃあ、おれはどうやってこの荷物を届けたらいいんだよ」

「わしの知ったことではないな」

 荷物は直接手渡しってことになってるけどなあ。こんなことじゃ、豆電球を届けられない。なんとか方法を考えないと。

「ドンヨリっていうのは、オオバ湖のどの辺にあるんだ。そこまで何とかして行って……」

 おれだって泳ぐことぐらいできる。船でドンヨリの上まで行って、そっから潜ったっていい。いくらなんでも、そんなに深いところには住んでいないだろう。

「悪いが、ここには船だってないぞ。丸太にしがみついて泳ぐんだな」

 くそっ、そんなことでおれの勤労意欲がそこなわれてたまるか。こうなったら根性で泳いでいってやる。

「いいから、ドンヨリがどこにあるか教えてくれよ」

「わしは知らん。水中のやつに聞いてくれ。時々、陸に上がってくるやつらがいるから、そいつらに聞けばいい」

 くそっ、人間が住んでいるんなら住所をちゃんと整理しておいてくれ。普通はやっぱ、地図ぐらい作っておくべきだろ。地元民に聞き込みして地名を調べなければならない宅配業者の身にもなってみろってんだ。


 おっ、やっと湖から人が出てきた。長いこと待ったなあ。まあ、いい昼寝ができたから、よしとしておこう。この惑星は昼寝に最適の星だ。

 四人の水草を生やした若者たちだ。体にたくさんの種類の植物を植えている。複雑な組み合わせはやつらなりのオシャレなのだろう。

「なあ、きみら、ドンヨリのモナコさんって知ってるかな? 探してるんだけど」

「知ってるけど。モナコに何の用?」

 おお、知っているかい。やった。これで仕事が終わる。

「実はモナコさんに届け物があるんだ。だから、ちょっと呼んできてもらうと嬉しいんだけど」

「呼ぶってここへ?」

「そう。頼むよ」

「そりゃ、ムリだよ、おっさん。モナコは深海に住んでるんだ。だから、水から出てくるのはモナコの健康に悪い」

 だあああ、モナコめ。なんて面倒なところに住んでるんだ。ここからまだ深海まで行くのか。こんな仕事やめたくなってきた。こんな惑星に住んでるやつに新築祝いなんて必要ない。店の信用なんて知ったことか。だいたい、この星は電気なんて使ってないじゃないか。豆電球なんて新築祝いもらってもしょうがねえじゃねえか。あのクソ爺いめ、孫の星の文化ぐらい調べとけ。機械は使わないんだよ、この星は。

「おれら、深海植物を植えるんなら手伝うけど」

「いい、いい。そんなもん植えてられるか」

「いや、深海っていうのも面白いところだよ。一度は行ってみるべきだよ。ヒカリゴケが敷きつめてあって、上より下のが明るくしてあるんだ。いいとこだよ。ちょっと暇ってのはあるけど」

 黙れ。こうなったら、本当に泳いでいってやる。人に不可能はない。植物人間どもに正統派人類の凄さを知らしめてやる。

 問題は呼吸だ。酸素さえ補給できれば水の中だって恐れることはない。方法を考えれば何とかなるはずだ。何か方法があるはずだ。酸素濃度の濃い水。人工湖。植物のための湖。巨大な水槽。植物園。やはり植物が鍵だな。水ゴケ、浮き草……。

「きみら、この湖には蓮も生えてるのか」

「蓮だったら、あっちにたくさん浮いているけど」

 それだ。蓮の水茎を使って呼吸できるかもしれない。深海まで根のとどきそうな長い蓮を探して、水茎に切り込みを入れて空気を吸えばいいんだ。

 よし、これで宛先まで泳いでいけそうだ。さっそく蓮の生えてるところまで連れていってもらおう。頼むぞ、きみたち。


 どうでもいいけど、これは蓮じゃねえよ。何だ、この花は。まず、デカすぎる。くすんだ色してるし、煙みたいなのを吐き出している。グロい。

「ここにある植物は完全に水の中に住んでいるやつらのためのものだから、外はあんな不気味な感じなんだよ。水面の花と水中の花とで繋がっていて、中の方はけっこうまともな花なんだ」

「おっさん、本気で蓮で酸素とるつもりなのかよ? 水に潜るなら、植物と共生するのがいちばんてっとり早くて楽なんだけどなあ」

 うるさい、植えないっていったら植えないんだ。

「じゃあ、おれたちは先に行ってるよ」

 ドボン、ドボン。やつらはどんどん潜っていく。若いやつらは元気があっていいね。ま、あいつらは密林のごとく水草を生やしてるし当然か。しょうがない、おれも行こう。

 ゴボゴボゴボ、スー、グボッ。すげえ。海面が一面植物に覆われてやがる。なんて空気のいい水なんだ。それに水の中なのにやたら明るい。空気を吸わなくても、当分潜っていられそうな気がする。生い茂った植物が群れている。どれが人だ。

 蓮の水茎はどこだ。

 うわっ、海面が浮き上がった。違う。あれが蓮か。花が球形だぞ。変な蓮だ。

 うわっ、何かでっかい茂みが近寄ってくるぞ。何だ、あれは。

 グボッ。ゴボゴボ。もうダメだ。息が苦しい。あがろう。

 水面はどこだ。苦しい。

「ぷはー。おい、さっきのでかい茂みは何だ。泳いでたぞ」

「鮫だよ、鮫。大丈夫、襲ってきやしないって。観賞用に動物に植えたりするんだ。動物も喜ぶんだよ。ああいうの、陸にもいたんだけど」

 なんてことだ、鮫まで植物の苗床になってるのか。この惑星のやつらは、思いつくものすべてに植物を植えないと気がすまないのか。鮫にとっては、いい迷惑だろうに。

 ここの住人たちも農耕民族っていわれてるのかね。そこらじゅうに植物を植えまくっているから。

「それより、おっさん、やっぱり蓮の水茎から酸素を摂ろうなんて失敗だったろ。蓮を使うのはあきらめて、水草を植えたらいいんじゃないの」

 何でそうなるんだ。ここの連中は人の体に植物を植えないと気がすまないのか。

「あんまり気にすることないよ。植物との共生は悪いもんじゃないし」

 うーん、どうするっかなあ。

 なんとかなるかと思ってたけど、どうも植物を体に植える以外にモナコ邸に行く方法はにらしいなあ。よし、プロの根性を見せてやろうじゃないか。たくっ、どこまでも運送業者に手厳しい星だ。

 おれも今日から植物人間の仲間入りか。しょうがない。失業するわけにはいかないしな。おれにも運送業者としての誇りがある。依頼された荷物は何があってもちゃんと届ける。この仕事は特別料金を大量にもらってるからなあ。

「頼むよ、きみら、おれに植物を植えるの手伝ってくれるか?」

「まかせといてよ」

 うーん、こいつら、遊び半分だから心配だな。


「本当は種から育てるのが一番なんだけど、おっさん、そんなのんびりしたのはダメだろ。そうすると株植えがいい。オオバ湖生息の並列栽培でいこう」

 株植え? 並列栽培? 何だ、それは。専門用語を使われると、おれにはさっぱり意味が分からん。

 大丈夫なのか。そんなことをして、危険じゃないのか。

「大丈夫だって。株植えに失敗しても、おっさんが死ぬことはないから。ただ、失敗すると植物はあっという間に枯れちゃうけどね。ショックだよ。疲労するし」

 後遺症が残らなければ別にかまわないけど、心配だなあ。

「深海に行くんだから、山椒ゴケと赤岳キノコで妖しげに光らせてみるか……」

「それいいね。斑模様に繁殖させて、隙間にススキを流して、たるみ調でまとめてさ」

「前に失敗したときは、消毒作用を忘れてたんだっけ。山椒ゴケの組み合わせって、どれだけもつかなあ」

 いったい何の話をしているんだ、こいつらは。どうしておれが斑模様に光ることになってるんだ。おれはそんなこと一言も頼んでないぞ。

 ううっ、ダメだ。おれの中で不安がどんどん広がっていく。大丈夫なのか、お前ら。

「あのさあ、見てくれはいいから、とにかく安全で早く枯れるやつを頼むよ。ほんの数時間潜ってられたら、それでいいんだから」

 きみらは自分の体に五種類も植物を植えているから何やっても平気なんだろうけど、こっちは初心者なんだよ。意味もなく過激なファッションしたって、しょうがないだろ。

「でもさあ、二、三日で枯れるような草を植えるやつはこの星じゃめったにいないんだよ。短くても年単位だし、普通はうまく育てれば一生もつってのを植えるんだって。だから、おっさんの希望どおりは難しいんだよ」

「例えばさあ、早く枯れるのがいいんなら、ミズボウ草ってのがあるんだけどさ、あれはカリウムを食事でとらないとダメだし、光合成率もいまいちで、あんまりおっさんにおすすめできないんだな」

「あんな小さいのじゃ、窒息するかもしれないしね」

 まあ、植物の移植はきみらの専門だから、おれは素直に従うけどさあ。


 あああああ、おれの背中にコンブが生えている。体長五〇メートルにも及ぶすごいやつだ。おれはコンブに寄生されている。おれの細胞と一体となったコンブがせっせとデンプンを作っている。おれは今、水中を漂っている。この苦しみを誰かになすりつけてやりたい。

 おれはどんどん深海に潜っていく。気にしてないさ。ちょっとコンブが生えているだけのことさ。ひたすら沈む。沈む。沈む。深海なのに水はそれほど冷たくない。ひんやりと気持ちいい。水圧も苦にならない。これもやつらの環境工学のおかげだ。

 光を帯びた水底が見えてくる。巨大な貝殻のような家に人が住んでいる。ウニのような格好の深海人間が出てくる。

 ゴボゴボゴボ、ゴボゴボゴボ。水中じゃ会話ができない。モナコさんはどこだ。

 んっ。向こうは身振りで話しかけてきた。こっちも身振りで応じる。何いってんだか分からない。無駄な努力だった。

 貝殻の家にでっかく“スキクワとモナコ”と書いてある。夫のスキクワも姿を現した。

妻のモナコと同じウニのような格好だ。夫婦で異様な植物を植えている。

 この人が、テンテンジクのオオバのドンヨリのモナコだ。間違いない。やっと会えた。

 ジュボボボボボッ、ジュボボボボボッ。

「しんじくおべべぼ、もなご、おぐばっばべばば、げこんびわをばべべ、ばべべびょい(新築おめでとう、モナコ。遅ればせながら、結婚祝いを兼ねて、ラセベより)」

 水の中じゃ折角の煙幕が広がらない。当店自慢のサーヴィスなんだがなあ。まあ、いいか。こんな遠くの惑星で評判とってもしょうがねえし。届けただけでも凄いとしておこう。こんな惑星に孫を嫁にやったラセベ爺さんの苦悩も分からないでもない。孫はもうすっかりウニみたいになっちゃってるしね。

 さ、届け物の豆電球です。使ってやってください。ラセベ爺さんからの伝言付きです。

 いやあ、そんなに喜んでもらって。おれもコンブ生やしてまでやってきた甲斐があるってもんだよ。でも、何に使うんだよ、豆電球なんて。

 あ、この植物は電気を流してるんだ。なるほど、深海でも強い灯が欲しかったわけね。やっぱ、あんたも電化製品が忘れられないんだな。同じ文化圏出身者として同感だよ。

 さあ、仕事も終わった。地上に戻って、宇宙空港へ行って、スペースハイに乗って、故郷へ帰るとするか。これで植物惑星ともおさらばだ。それじゃあ、モナコさん。今後ともファクシ運送サーヴィスをよろしく。


「どうでしたか、テンテンジクは」

 帰りぎわの飛行艇でサボテンが話しかけてきた。ここの惑星代表だという噂のおっさんだが、どっちかっていうと町内会代表という感じだ。おれのコンブを見てにやにや喜んでいる。無責任な若者たちの移植のせいで、これが枯れるのに一ヵ月くらいかかるらしい。話がずいぶん違う。おれのコンブは陸上では干上がって苦しんでいて、ちょっとした商売ができるほどの塊をつくっている。実はちょっと昨日から食べている。

「地図ぐらい作っておいてくれよ。場所探すのに本当に苦労したよ」

「いやあ、そうしたいんですけどねえ、ここの地形は日に日に姿を変えるもんだから、なかなか難しくって」

「腹が減ったよ。食堂がどこにもないからさ。トマトとコンブしか食ってない」

「道端の果物を食べなかったんですか。食べ放題もテンテンジクの売りなのに。栄養過多で太りすぎちゃうから、テンテンジクの人はあまり食べないですけど。でも、味には自信があるんですよ。輸出しようと計画したことがあるくらいです。だれも働かないんで中止になりましたけど」

 いや、ともかく自分の家に帰りたいよ。住み慣れない惑星は疲れるんだ。とっとと帰って寝よ。

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万葉樹 木島別弥(旧:へげぞぞ) @tuorua9876

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