第4話 人影と牛男

 とある島のとある迷宮。暗闇の中、アステリオスは目を覚ました。やけに喉が渇いている。そういえば、昼に二度寝決め込んでから一回も起きなかった。小腹も空いているし、何か軽く食べよう。

 アステリオスはろうそくに火を灯すと、角の重さに気を付けながらベッドから降りた。


「確かミルクパンがまだ少し残っていたはず......」


 アステリオスは眠い目をこすりながら部屋の奥の食料棚しょくりょうだなへ行く。揺らめく光を頼りに歩を進めていると、不自然な音が聞こえてきた。

 いや、自分の足音や呼吸音が怪しく聞こえるだけだ。暗闇では神経は自然と張りつめるものだ。そう思ったが、念のため一旦歩くのをやめ、呼吸も止めてみる。

 すると、がさごそと、明らかに自分のではない音が彼の耳に入ってきた。食料棚の方だ。


 ははーん、さてはあのテセウスとかいう女だな? 昼間は無理だったから僕の寝込みを襲おうっていう訳か。で、その前に腹ごしらえ、といったところかな?


「おーい、そこの戦士(笑)さん。僕を退治しに来るのは構わないんだけどさ、どうせなら正々堂々しておくれよ。君が今やっているのはセコい泥棒と変わらないよ?」


 アステリオスは棚の方へ若干大きめの声で言う。

 彼の声に反応したのか、音はピタリと止まる。


「よしよし、それじゃあ相手なら後でしてあげるから、まずは棚から退いてもらおうか。少しお腹を満たしたくてね」


 アステリオスは僅かな光で棚を照らす。暗闇に加え、もともとあまり目が良くないため分かりづらかったが、そこには確かに人影があった。

 彼の声は届いているはずだ。だが、人影は動く様子がない。


「あのねえ.......僕にとっては最後の晩餐になるかもしれないんだから、とっとと退いてくれないかい?」


 アステリオスはイライラした様子で言うが、それでも人影は動かない。


「ああ、もう! 退いてって言ってるでしょ!」


 空腹、そして暗闇で相手の顔がよく見えないというのもあっただろう。しびれを切らしたアステリオスは、普段の彼なら絶対にやらないことをした。人影に近づいたのである。


「はいはい、僕の負け! 後で殺されてあげるから、僕が食事を終わらせるまで少し待っててよ、三流戦士さん」


 嫌みを言いながらアステリオス人影を押し退け棚を漁る。


「うわ、ミルクパンがなくなってる。結構ストックしていたはずなのに......。なにも全部食べることないだろ!」

「......」


 人影は何も言わない。


「いつもは威勢良いくせに、だんまりかよ。せめて謝罪くらいしたらどうだ、い......⁉」


 彼は人影の方を向くと、固まってしまった。手に持ったろうそくの炎で、人影の人物ははっきりと顔を照らされていた。

 女だ。だが、その顔の女は彼の知っている者ではなかった。

 

「......こんばんは」


 自分の顔を見られていることに気付き、女は照れ臭そうにアステリオスに微笑みかけた。




 その夜、アステリオスは人生で一番の悲鳴を上げた。

 

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ミノタウルスは出られません! 法空絶汰 @HawkZetta

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