わんわんわん!!!【一日一本お題二つでSS/新興宗教・腹痛/17/3/26】

ふるふるフロンタル

にほんすごーい!

 日本わんわん党、そして日本にゃんしん党といえば、かつて日本で最も幅を利かせていた二大政党であることは間違いないだろう。


「ワンワン!(いただきます)」


 ――というのも今は昔。現在日本で唯一の政党になった日本わんわん党は今や生活の隅々にまで行き届いている。


「ワンワン!(おいしいね~今日の給食)」

「ワンワン!(そうだね、おいしいね。確か新しいメニューだよね)」


 そう、それは例えば、平凡な学園生である僕――名前をAという――の食事にだって現れる。

机を囲んで給食時間。小学校の頃から続く昼休みの食事風景だって、わんわん党が法律で定めた決まりごと。


――学園生は必ず、周りの席と机をくっつけて食事を食べること。


そうすることによって、社会に出てから円滑な仕事がこなせるようになるという……これはもちろん、わんわん党の調べである。

 この画期的な本案は日本中の『とある層』から絶大な支持を誇っており、これのおかげで今の日本があるのだと言っても過言ではない……というのはもちろん、わんわん党の調べである。


 これのおかげで、『ひとりぼっち』なんていうのはなくなった。


 ――実は僕も、これで助かってたりして。

 そう、何を隠そう、子供の頃からコミュニケーションがうまくない僕は救われた。


「ワンワン!(これ……なんだっけメニューの話だけど)」

「ワンワン!(えーと……なんだっけ、たしかお肉と……)」

「ワンワン!(なんだっけ……忘れちゃった)」

「ワンワン!(はははっ、もう、Aくんったらおっかしー)」


 そんなこんなで、今日もなーんの理由もなく、ひそかに思いを寄せている女の子――Bちゃんと食事を満喫する机にあるのは新メニュー。

 机の上には大きな陶器のお皿が一つ。そこに乗っかった今日の昼食はひき肉……ミンチ……


 どっちだろう。


 そのどちらにも見える代物で。


「ワンワン!(じゃあ……僕からもらうね)」

「ワンワン!(うん、お先にどうぞ)」


 僕は顔を近づけ、思い切り更に押し付けた。


 ――すごいっ! なんか……なんか、においがすっごくきつい! こんなの食べたことないよっ! ほんとの生肉みたいに血のにおいがして――それなのに全然くさくないっ!


「ワンワン!(どう? おいしい?)」

「ワンワン!(うん! すごくおいしい! 新鮮なお肉ってどんどん血があふれてきて、それもくさくないんだねっ!)」

「ワンワン!(そうなんだ~でも、これもやっぱり箸なんて使わずにお口で直接食べるスタイルのおかげよね)」

「ワンワン!(まったくだよ)」


 そう――僕の食べ方――更に口を近づけて直接食べる――は今の日本ではスタンダードとされている。

 世界の最先端を行く日本のトップ――日本わんわん党の打ち出した独自のカルチャースタイルである『犬食べ』は世界中から


『やっぱり日本人はイってるな!』『最高にクールだぜ』


 など、賛否両論を巻き起こしたものの、国内では圧倒的な支持を受けている。


 ――なんだか野生に還った気分!

 ――食べ物の味がイキイキ感じられる!


 などなど――これはわんわん党が独自にとったアンケートに基づいた日本の総意である。


 でも、実際こういった意見はクラス中で毎日聞いているし、僕自身そう思う。

 ――やっぱり犬ってすばらしい。


「ワンワン!(あ、Aくん、今わんちゃんのこと考えてたでしょ!)」

「ワンワン!(ばれちゃったかな……)」

「ワンワン!(当たり前よ! においでわかるもの!)」

「ワンワン!(ははっ……やっぱりわかっちゃう?)」

「ワンワン!(ばればれだよ)」


 Bちゃんは鼻をヒクヒクさせながら僕が食べ残したお肉に鼻を近づけ、豪快にじゃぶりつく。

 ――なんだかドキっとする。

 当たり前だ。

 好きな女の子がこんなに近くにいる。

 同じものを食べている。

 ――これって……間接キス……!? ああ、わんわん党様、ありがとう! 孤独な僕に、人並み以上のコミュニティーをプレゼントしてくれてありがとう!


 わんわん党のスローガン、『みんなおなじで、ハッピーに』。


 にゃんしん党を破ってついに日本唯一にして最大の政党となったわんわん党は国会が開催されるとすぐさま百以上の法案を提出し、そのすべてを通過させ、一年ちょっとで日本の暮らしは激変した。


 シンプルで汎用性のある独自の言語――わん語。

 正しい知識と、正しい暮らしを発信、提供するメディアの整備――わんチャンネル。


 そしてこれが最も重要で、わんわん党のあがめる『かみさま』のわんわん社会を手本としたまったく新しい国のあり方を提案するわんこ義務教育――


 つまり今、僕がクラスでひとりにならずに昼食を食べられているのも、こうして意中の女の子と話しを出来ているのも全部、わんわん党のおかげってことになる。

 

 ほんと、日本の政治には感謝しかないんだよなぁ……


「ワンワン!(皆~休み時間はあと五分だぞ~食べ残さず、完食しろ~)」


「ワンワン!(はーい!)」

 クラス中で大合唱。

 机の上に座った先生の号令に従ってクラスの皆はラストスパートだといわんばかりに、ものすごい勢いでお皿にがっついた。


 ――よっし……僕も!


「ワンワン!(いくよ! Bちゃん)」

「ワンワン!(ええ、望むところよ)」

 

 ガツガツガツガツガツガツ!


 肉汁が飛び散ったって構わない。

 顔中を肉片まみれにしながら――それにBちゃんとおでことおでこをくっつけながら給食をさらってゆく。


 おいしい! おいしい!

 

 皆もブツブツつぶやきながら食べている。


 ――なんか、皆で『おいしい!』って思いながら食べてると一層おいしくなっちゃうな。


「……」

「ワンワン!(ふふっ……私もそう思う)」


 自慢の嗅覚で嗅ぎ取ったのか、Bちゃんがつぶやいた。


 教室中が騒がしい。

 毎日毎日、学園生活で一番の盛り上がりを見せているのはこの時間。やはり給食タイムだろう。

 なんてったって『健全な食生活は健全な日本わんこ社会を創る』ってことだから……あ、もちろんこれもわんわん党の教えである!


「さて……あと一口――うっ!!」


突然、雷みたいな衝撃が僕のお腹を直撃する。思わず立ち上がってそのまま手を挙げた。


「ワンワン!(先生!)」


「?」


「ワンワン!(先生! お腹が痛いです!)」


「ワンワン!(実は俺も)」

「ワンワン!(わ、私もです……)」


 あれ、クラス中?

 僕が名乗りを上げると同時にクラスの何名か――男女を交えてざっと十名くらい――が立ちあがる。


「ワンワン!(腹痛か、よし、許可しよう。他の皆は大丈夫か?)」


 私も……俺も……と結局クラスのほぼ半数がもよおしていたらしく、次々に自分の座っていた椅子の下からトレー――机と同じ大きさで、中に砂を敷き詰めたもの――を持ち出し、そこにしゃがんでゆく。


 これだって、昔はできないことだった。

 トイレに行く。ただそれだけのことだっていうのに、からかわれたり、いじめられたりして――


「ワンワン!(あ、Bちゃんって足上げてするタイプなんだ)」

「ワンワン!(うん、昔は下着とかつけてたんだけど、ほら、もう今時、服はもちろんだけど、下着つけてる人だってほとんどいないじゃない?)」

「ワンワン!(たしかにそうだよね)」


 僕はクラスを見渡した。

 Bちゃんを含めてほぼ全員が全裸になっている。


 皆トレーを持ち出し、そこにしゃがみ。

 あるものはBちゃんのように足を上げ、あるものは普通にしゃがみこみ。

 中にはお尻を思い切り持ち上げて用を足す人間もいる。


「ワンワン!(でもやっぱり足は上げるほうがいいよね。なんかすっきりする)」

「ワンワン!(あははっ……そう思う? わかってもらえて嬉しいな)」

「ワンワン!(そ、そんなっ――あ、出るっ)」

「ワンワン!(私もっ)」


 僕らは人一つ。

 気持ちも一つ。

 だから、仲間はずれもいじめもない。

 男子も女子も、同じ教室で、生まれたままの姿で用を足したって笑われない。


 みんなみんな、仲良しだ。


「ワンワン!(皆、終わったか~?)」


「ワンワン!(はーい!)」

 

 またまたクラスで大合唱。

 机の上に座った先生は鼻をひくひくさせながら皆が排泄を終わり、トレーを片付けたのを確認し……


「ワンワン!(よしっ! 皆よくやった。それじゃあ午後の授業に備えてよーく体を動かすように!)」


 それだけ言って机から飛び降り、尻尾を振り振りしながら出て行った。



「「ワンワン!(すっごーい!!)」」


 そしてこの大合唱である。

 

「ワンワン!(なんか慣れてきたね)」

「ワンワン!(ほんとにね)」


 新任の先生――ゴールデンレトリバーのC先生がやってきてからクラスの皆はことあるごとに感動し、この有様……というわけである。


 わんこ新教育法――これは『もうぶっちゃけ、我々があがめる『かみさま』であるわんこ自身に教育を任せてしまえばいいんじゃないか?』という画期的かつエキセントリックな日本独自の教育スタイルであり、我が校で試験的に取り入れられたものである。

 衣服の着用は現代日本ではすでに時代遅れであるが、下着を着用しない文化はまだまだ浸透しておらず、わんこ様じきじきの教育が行き届いた我が校だけのものだろう。


「ワンワン!(時代先取りって感じでさ~なんか俺達最強じゃん? みたいな)」

 ――立派なモノを持ったDくんがEちゃん――クラス一の巨乳――の肩を抱く。


「ワンワン!(だよね~っていうかわざわざトイレまで行くとかそっちの方がはずかしいっしょ)」

 ――EちゃんはDくんに答え笑っている。


「ワンワン!(C先生さすがだわ~さすがゴールデンだわ~大型犬は器が違うわ~)」

 ――そして、導き出された結論がコレだった。


 こうして、クラス中が集まってじゃれあいながら、語り合う。

 そんな光景だって、きっと一昔前の日本じゃ見られないものだった。

 クラスカーストも、男女の違いもなくなった。

 みんなおなじで、しあわせだ。


「ワンワン!(やっぱり、わんわん党は違うわね)」

「ワンワン!(うん。そう思う)」


「「ワンワン!(わんわん党ばんざーいっ!)」」


 わんわん大国日本。

 時代の先を行く、この国の爆走はもう、誰の肉球によっても、止められない。 


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