終章

終わりの始まり

 ――久しぶり、だな。

 たった2、3か月、留守にしていただけなのだが、かなり長く立ち寄っていなかった感覚に陥る。

「本当、久しぶり」

「たった3か月だろ」

「うるさいよ、陽」

 隣でぶつぶつ文句を言う陽を放り、渚は入り口のセキュリティを通って中へと進む。

 無機質な白い通路が目の前に永遠と続く。2人で他愛ない話をしながら、同じ景色の通路を迷うことなく歩いて行く。何度目かの角を曲がった先の先方に、壁に寄りかかる少女の姿があった。

「芽衣」

 渚が名を呼ぶと、芽衣はその声に反応し2人の元へ歩み寄ってくる。

「コケんなよ」

「段差ないのにコケるわけないでしょ。本当心配性だなぁ」

 くすくすと笑う芽衣と心配そうにため息をつく陽。その2人を見て、渚はようやく家に帰ってきたような安心感に包まれる。

「渚」

 名前を呼ばれ、芽衣を見る。

「おかえり、渚」

 ふわり、微笑む芽衣。

「おかえり」

 続くように隣にいる陽も、いつもの意地の悪い笑みではなく、優しく微笑み渚を迎える。

 ――……帰ってきた。

 渚は2人に向き直り、自然と笑顔になって言う。

「ただいま」




「そう言えば室長は?」

 一室のソファーでくつろぎながら、渚はふと思い出して尋ねる。

「室長? 今日は研究所の方に呼ばれたみたいだから、きっと戻ってこないよ」

 渚の隣に座る芽衣が答えをくれる。

「そうなんだ……報告、しようと思ったのに」

「戻ったばっかだろうが。別に急ぐ必要もねぇだろ。まじめだな」

「陽とは違うもの」

「おい」

 陽が入れてくれたコーヒーを飲みながら、いつものやり取りに苦笑する。

 そしてふと、この平穏なやり取りを見ていて、昨日の去り際の望愛の言葉を思い出す。

「一筋縄じゃいかない……か」

「ん? 何が?」

 口に出していたらしく、隣にいた芽衣には聞こえていたようだ。

「いや、ちょっと……ね」

「あれか。お前、嵐のあの女の子が言ってたことまだ気にしてんのか」

「言ってたこと?」

「うん……まぁね。何かこの先、起こるんじゃないかって思って」

 そう言ってから「気にしすぎかもしれないけど」とすぐに付け加えた。

 だがそうは言ったものの、このまま嵐が消えて平穏になるとは思えない。きっとまた別の革命派の組織が出てくるはずだ。その時、何かが起こる。そんな予感。

「僕より、芽衣の方が分かるか」

「分かるって……未来なんて、その時の人の感情や行動で簡単に変わるよ。例え予知で未来が分かったとしても、それが正しいものかなんてわからない」

 伏目がちに答える芽衣の頭を優しくなでる。彼女が言っていることは、何もこれからの革命軍のことだけではない。渚たち自身のことでもあるのだから。

「ま、どのみち俺らは上から言われたとおりに動くしかねぇんだ。それ以外、選択肢はない」

「……分かってる」

 彼らは政府のために生まれ、政府のために死ぬ。そのためだけの存在意義なのだ。彼らがこの世から消えるのは不慮の事故か、病か、それとも――。

「今は深く考えることねぇだろ。その時はいつだって、突然やってくる」

 陽が重くなり始めた空気を振り払うように「この話は終わり」と切る。

 渚も芽衣も、それ以上深く考えることをやめた。考えたところで、行きつく答えはいつも決まっているのだから。

「そうだね……ひとまず僕はしばらく休みたい」

「そうだよ! 渚は一仕事終えたんだから、少し休んだほういいよ」

「と言っても、学生の本分は学業だから、学校は行かねぇと」

「うわ。不良に言われるとは」

「おい、不良って誰のことだよ」

 にぎやかな声が部屋の中に響く。




 だがこれは、あくまで始まりだったのだ。

 彼らが自らの決断を下すまで、あと――。


                    ―続―

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

What is "right"? 碧川亜理沙 @blackboy2607

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ