終章:おわりのはじまり
――久しぶり、だな。
たった2、3か月いなかっただけなのだが、かなり長く立ち寄っていなかった感覚に陥る。
「本当、久しぶり」
「たった3か月だろ」
「うるさいよ、陽」
隣でぶつぶつ文句を言う陽を放り、渚は入り口のセキュリティを通って中へと進む。
無機質な白い通路が目の前に永遠と続く。
2人で他愛ない話をしながら、同じ景色の通路を迷うことなく歩いて行く。何度目かの角を曲がった先の先方に、壁に寄りかかる少女の姿があった。
「芽衣」
渚が名を呼ぶと、芽衣はその声に反応し2人の元へ歩み寄ってくる。
「コケんなよ」
「段差ないのにコケるわけないでしょ。本当心配性だなぁ」
くすくすと笑う芽衣と心配そうにため息をつく陽。その2人を見て、渚はようやく家に帰ってきたような安心感に包まれる。
「渚」
名前を呼ばれ、芽衣を見る。
「おかえり、渚」
ふわり、微笑む芽衣。
「おかえり」
続くように隣にいる陽も、いつもの意地の悪い笑みではなく、優しく微笑み渚を迎える。
――……帰ってきた。
渚は2人に向き直り、自然と笑顔になって言う。
「ただいま」
* * * * *
「そう言えば室長は?」
一室のソファーでくつろぎながら、渚はふと思い出して尋ねる。
「室長? 今日は研究所の方に呼ばれたみたいだから、きっと戻ってこないよ」
渚の隣に座る芽衣が答えをくれる。
「そうなんだ……報告、しようと思ったのに」
「戻ったばっかだろうが。別に急ぐ必要もねぇだろ。まじめだな」
「陽とは違うもの」
「おい」
陽が入れてくれたコーヒーを飲みながら、いつものやり取りに苦笑する。
そしてふと、この平穏なやり取りを見ていて、昨日の去り際の望愛の言葉を思い出す。
「一筋縄じゃいかない……か」
「ん? 何が?」
口に出していたらしく、隣にいた芽衣には聞こえていたようだ。
「いや、ちょっと……ね」
「あれか。お前、あの女の子が言ってたことまだ気にしてんのか」
「言ってたこと?」
「うん……まぁね。何かこの先、起こるんじゃないかって思って」
そう言ってから「気にしすぎかもしれないけど」とすぐに付け加えた。
だがそうは言ったものの、このまま嵐が消えて平穏になるとは思えない。きっとまた別の革命派の組織が出てくるはずだ。その時、何かが起こる。そんな予感。
「僕より、芽衣の方が分かるか」
「分かるって……未来なんて、その時の人の感情や行動で簡単に変わるよ。例え予知で未来が分かったとしても、それが正しいものかなんてわからない」
伏目がちに答える芽衣の頭を優しくなでる。彼女が言っていることは、何もこれからの革命軍のことだけではない。渚たち自身のことでもあるのだから。
「ま、どのみち俺らは上から言われたとおりに動くしかねぇんだ。それ以外、選択肢はない」
「……分かってる」
彼らは政府のために生まれ、政府のために死ぬ。そのためだけの存在意義なのだ。彼らがこの世から消えるのは不慮の事故か、病か、それとも――。
「今は深く考えることねぇだろ。その時はいつだって、突然やってくる」
陽が重くなり始めた空気を振り払うように「この話は終わり」と切る。
渚も芽衣も、それ以上深く考えることをやめた。考えたところで、行きつく答えはいつも決まっているのだから。
「そうだね……ひとまず僕はしばらく休みたい」
「そうだよ! 渚は一仕事終えたんだから、少し休んだほういいよ」
「と言っても、学生の本分は学業だから、学校は行かねぇと」
「うわ。不良に言われるとは」
「おい、不良って誰のことだよ」
にぎやかな声が部屋の中に響く。
だがこれは、あくまで始まりだったのだ。
彼らが自らの決断を下すまで、あと――。
―続―
What is "right"? 碧川亜理沙 @blackboy2607
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