3.

 遠くでサイレンの音が鳴っている。それに対し男が「やっと来たか」とつぶやく。どうやらこのサイレンは、望愛たちを迎えに来たものだろう。

 渚が逃がさないようにと望愛の両腕をしっかりつかみながら、彼女を立たせる。

「……直人や翔悟、他のメンバーは?」

「直人と翔悟のとこには別の人たちが向かってると思う。さっき陽が手配したから」

「それ以外の奴らは、順次見つけ次第、おそらく記憶だけ消されるんじゃね?」

「……そう」

 計画は頓挫した。能力者たちが住みやすい世の中を作る、そのための足掛かりとして創ったはずの組織が、野望が、あっけなく崩れた。

「私たちはどうなるのかしら。他の人たちと違って、中心にいたんだから、記憶を消すだけではすまないんでしょうけど」

「ごめん、そこまでは僕たちの管轄じゃないから分からない」

「記憶消される処分なら、いい方だと思うけどな。日常生活に戻れるんだから」

 つまり最悪の場合、日常生活に戻れない可能性もあるということか。

 望愛は小さく自嘲の笑みをこぼす。

 路地の表側が騒がしくなってきた。多くの声がこちらに向かってきているのが分かる。

「……望愛、終わりだよ。行こう」

 渚がそう言い、腕をしっかりつかみながら、望愛を歩かせる。望愛も大人しくそれに従う。その後ろに男が続いた。

「……抵抗、しないんだね」

 ぽつりと渚がつぶやいた。

「抵抗? この状況で? ここまでやられて勝ち目があると思わないわよ。引き際くらい分かってるわ。……でも」

「……でも?」

「私たち嵐という組織はなくなるけど、他の革命派の組織がなくなるわけじゃない。能力者たちの中にもこの社会の在り方に納得してない人たちはいるし、また新たに嵐と同じような組織が出てくるでしょうね」

「んなことくらい分かってるっつーの。だから俺らがいるんだろうが」

「そうね。でもね、考えてもみて。あなたたちがどのくらいの人数で動いているのか知らないけど、おそらくあなたたちの倍の数の人数がこちら側にはいるのよ。

 それに……私たちたちだって、一筋縄じゃないわ」

 力なく微笑み、そう言う望愛。だがその瞳だけは、鋭く渚たちを射ぬく。

「何ができんだか。ほとんどが烏合の衆だろ?」

「さぁね。違う組織だってあるんじゃないかしら。この日本にどのくらいの人がいると思ってるのよ」

 バタバタと数人の大人がこの路地裏へ入ってきた。彼らは渚と男に一言二言声をかけ、望愛の身柄を引き取った。

「……よろしくお願いします」

 渚は彼らに向かって言ったが、内1人が2人に軽く会釈を返しただけだった。そのまま彼らは望愛を連れて路地裏を出ていく。

「ケッ。関わりたくないってか」

「聞こえるよ」

 男に優しくさとし、渚は去っていった彼らの後を見つめる。

 望愛の言葉が、目が、頭から離れない。

「……本当に、終わり?」

 そう問いたい相手は、もう去ってしまった。

 底知れぬ不安だけが、渚の中に残っていた。


 数時間後、能力者組織の間で、ハヤブサによる嵐の粛清が行われたとの一報が走った。

 政府側の脅威が、1つ消えた。

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